第2話 3度目の夏
結論から言えば、2度目の夏は呆然としているうちに終わった。なんせ人生初のタイムループである。初めから慣れているほうがおかしい。
40日まえと同じ献立、40日前と同じ会話を持ちかける親と横峯、40日前と同じ天気、ニュース、街の噂。全てが繰り返されていた。
8月31日の深夜、俺はベッドに正座して祈っていた。神様仏様、どうか9月1日が来ますように。刻一刻と時を刻むデジタル時計。8月31日11時59分55、56、57、58、59……そして来る……7月25日0時00分。がっくりと頭を敷布団に沈める。はぁ。誰を呪えばいいんだ。しんどいつかれた。寝る。思考の放棄である。
起きる。3度目の夏が来る。
俺は一念発起した。これ以上無為な時間を過ごしていても仕方がない、脱出する算段を立てよう。
思いついたことから紙に書き出してみる。
まず、神仏に祈る。昨日もしたけど、きっと念の込め方が足らなかったにちがいない。
そんでから……なんだろう。もう弾切れだ。普段思考方面に脳みそを使っていないツケが今来た。っていうかなんだよ神仏に祈るって。一発目から非科学的だ。もうだめだ。溶ける。
しばらく机に突っ伏して路上に捨てられたアイスの気持ちを想像する。……意外と気持ちいいかもしれない。
ま、俺にはシリアスは似合わない。のんべんだらりと生きるがモットーの人間らしく、ここは昼寝でもしてミューズを待とう。おやすみなさい。
トントントントン……
……なんの音だろう。母親が包丁を使っている?そんな時間だっけ?あるいは階段を
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!俺が……来た!!!」
うるっせ。鼓膜が死んだのでふて寝します。
「ちょおぉ〜横峯氏だよ?君の大親友よ??ちったぁ嬉しそうな顔してくれたっていいじゃない???」
「嫌だ」
「シンプルに拒否られた……でもめげない!それがアタイの長所なんだもん!」
「何しに来た」
「そりゃあ、立花の顔が見たくて」
「出てけ」
「相変わらず塩だねぇ。ま、俺はお前のそういうところが好きなんだけど。」
「どうせなんか言いたくて仕方なくなって俺んとこ来たんだろ」
「わお。千里眼をお持ち?……君には隠し事はできないねぇ」
横峯はたぶん笑おうとして、ぼろぼろっと流れたそれにぎょっとして動きを止めた。
俺もぎょっとした。な、泣かれた……俺の部屋で。親が入ってきたら修羅場と思われるだろうこの状況、というか俺は他人の涙にオロオロしてしまう質なのだ。えっえっどうしよう。あの横峯が泣くなんて。
「……うぉっほん、うっゲホゲホ、えー横峯くん、どうされましたかな」
「はーーー!すまん立花、なんか俺……一旦出直すわ、さいなら」
「待て待て、そんな顔で外なんか出たら小学生に冷やかされるぞ。まずは呼吸を落ち着かせて、それから訳を聞こうじゃないか」
口調がおかしいのは勘弁してほしい。混乱を取り繕おうとするとこうなるのだ。
普段の騒がしさが嘘のように黙って感情の波が収まるのを待つ横峯の背中をさすりながら、俺は疑問が頭をもたげるのを感じていた。
こんなことは1度目も2度目もなかった。何が起こったというのか。
「……立花、ありがとう。もう大丈夫。」
横峯はそっと俺の手に触れて、いつものように笑った。
「……で、」
「いやぁ、情けないねぇ!女の子に振られちゃった!」
ずこー!と心の中で吉本モーションを決めてみる。なんやそんなことかい!よかった身内に不幸とかじゃなくて!まぁ横峯としては地面が崩れ去るような悲しみが胸の内を吹き荒んでいるのかもしれないが、大人になってから振り返るといい思い出になるんじゃないかな。周りの大人はよくそんなことを言うし。もしかしたら大人も強がっているだけかもしれないけど。
「みーちゃんか?」
「そうそう、聞いてくれよ俺の散々な夏休み前日をさぁ……」
まとめると、こういうことらしい。喫茶店でいつものように調子良く口を回していると、失恋ソングが流れてきた。突然立ち上がるみーちゃん。「ごめん、もう疲れちゃった。私、横峯くんが思ってくれるような明るい人間じゃないの」「え?急にどうし」「さようなら」完。
まとめるほどの内容がなかった。
「でもさぁ、君みーちゃんのことそんなに好きだった?お互い遊びって割り切ってるとかなんとか言ってなかったっけ」
「うーん……思うに、俺は遊びといいながら何か女子は普通こうだろう、みたいな像、まぁ理想像とまではいかないけど、そういう虚像を彼女に投影してたのかもしれない。んで、彼女がその像の通りに動いてくれているうちは安心していられた。でも本当の彼女はもちろんその像そのものではない。それを抑圧と感じるようになり、俺を振るに至った。俺はだからたぶん、自分の中のエゴを知覚しショックを受けた……のかもしんない。わかんね!アホには自己分析むずい!」
「いや十分過ぎる自己分析だろ。」
といいつつも、なぜか横峯は釈然としない顔をしている。なんだなんだ。
「なーんかもやっとするんだよねぇ。……ま、いっか」
「おうおう、過去の女のことはさっさと忘れてアイスでも食え」
「やったー!俺チョコミントね」
「そんなゲテモノはこの家にはない。抹茶味な」
「非情だ!侮辱だ!風評被害だ!」
「うるせえ口に小豆ぶちこむぞ」
「あ、小豆ならウェルカム」
横峯はよく喋りよく笑い、あの涙が嘘のように元気に帰っていった。なんだったんだ、嵐のような奴め。あれはああ見えて繊細なので、もしかしたらまだ傷は癒えていないのかもしれない。でもそこまで俺は踏み込む気はなかったのでアフターフォローライン(なんだそれ)はしなかった。
しかしなぜだ?これまでの夏で奴の口からこの告白を聞いたことはない。……パラレルワールド。いやまさか。でもそうとしか考えられない。俺は無数の夏休みを平行移動しながらタイムループしているのかもしれなかった。
仮説として紙に書いておこう。どうせ数十日後にはそのメモ書きもなくなってしまうのだが。
3度目の夏はそれ以上の収穫はなかった。2度目の失敗から学び、開き直って夏を満喫した。主に横峯と夏祭りにも花火大会にもプールにも海にも行った。横峯は驚きのカナヅチなので浮き輪を常用していた。俺はそれをひっくり返して遊んだ(後で殴られた)。横峯の名誉のために言い添えておくと、彼は短距離に秀でており、細身ながら筋肉質である。だからなんだという話だが。
8月31日の夜、俺は心の底から満足を感じつつ床についた。神様仏様、楽しい夏休みをありがとうございました。もう十分堪能した。だから、わかってますよね。俺に9月をください。
眠りが俺の意識を連れ去る。
そして4度目の夏が来る。
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