リピート・サマー
はる
第1話 2度目の夏
その話、もう30回は聞いたって。うんざりしてため息をつく。
俺は夏休みを繰り返していた。
なぜかって?そんなもん神様に聞いてくれ。
なんで全ての人間が一回は思いつくような使い古されたネタがよりによって俺の身に振りかかったのか、俺が一番聞きたいんだから。
俺にわかるのは、今日という日が56回目の8月1日だということ、そして隣の横峯という男がする、夏休み序盤に彼女に「疲れた」の一言で振られた話を約30回は聞かされていること(つまり奴は56回振られ、約26回はそのことを夏休みの終わりまでは俺に黙っていることになる。……世界一どうでもいい引き算をしてしまった)くらいである。
蝉の声がうるさい。求愛も大概にしろと思う。横峯、お前もだ。一人に何回も振られやがって。まぁ理由が理由だけに可愛そうと思わんでもないが。
それにしたって暑いな。暑さにはいつまで経っても慣れない。それどころか繰り返すたびに我慢できなくなってきている。
……愚痴っていてもしょうがない、帰ったらもう何百回とやったがこれまでの経緯を整理して紙に書き出し、脱出方法でも探るか。おわかりの通り、何百回とやってこのざまなので、もはやその行為は精神安定が主目的となっている。
「でさぁ……立花聞いてる?俺の哀切な訴えをさぁ、もっと気を入れて聞いてよ。暑さで意識を海王星まで飛ばしてんの?ねぇ」
横峯は若干巻き舌でまくしたてる。
「わかったわかった、その後みーちゃんは失恋ソングの「私たち、出会わなければよかったね」のところで席を立って出ていったんだろ?ありふれたラブソングに雰囲気のまれて物事を進めるような奴とそれ以上付き合わずにすんでよかったと思えよ」
「それもそうだな……ってお前、なんで知ってんの?俺そこまで言ったっけ?」
しまった、つい。
その後、なんとかお茶を濁して奴と駅で別れる。ホームで肩を落とす姿が哀愁を誘った。
――そのことに俺が気づいたのは2回目の7月25日だった。
俺は華の高校1年生かつ帰宅部、さらには成績中の中というスペック持ちゆえ、夏休みは宿題以外の勉強も部活もしなくてよかった。ついでにいうと趣味に金がかからないのでバイトもしていなかった。端的に言えば手持ち無沙汰だったわけだ。クラスでつるんでいる男どもは部活かバイトに忙しく、恋人は空から降ってこず、遊び相手さえいない毎日は最初は本を読めばいいと余裕綽々だったものの、次第にモノクロ色を帯びてきていた。唯一連絡が取りやすかったのが他クラスの帰宅部部員横峯であり、うるさいが気のいい人間なので結果的に奴とばかり遊ぶことになった。
奴との出会いは全く予期したものではない。俺が移動教室か何かで廊下に出たとき、奴が偶然通りかかって「あ!」と声を上げるなりすごい勢いで距離を詰めてきて、「君帰宅部だよね!俺も帰宅部なんだ〜同じ部活同士仲良くしようぜ!」とわけのわからない自己紹介をされ、気がつけば勝手に手を取られて腕がもげそうなくらいぶんぶん振られていた。
10人中9人が初対面の奴に思うように俺も「うるせえ奴だな」と、思うだけじゃなく声に出した。すると奴は「いやぁ」と照れ、「そんなはっきり言われたの初めてでなんか嬉しいなぁ」と笑った。屈託のない笑顔だった。まぁ、なんというか、俺はこういう底抜けに明るい人間が嫌いではなかったので、結局友人同士になった。
日割りにした宿題が予定通りに消化されていく。横峯と2日に一度会って友達の珍事件だの最近読んだ漫画だのの話をする。近所で祭がやっていると聞けば、2人でひやかしにでかけてりんご飴を買う。そんなこんなであっという間に8月31日の夜がやってきた。
部屋の電気を消し、ベッドに寝転がって天井をしばし見つめて今年の夏を振り返る。
今年はしかしあまり夏らしさに参加しなかったな。花火大会やプール、海とか。思い返してみると、今年に限らず去年も受験やなにやらで夏を満喫していなかった。初々しい高校1年生がこれでいいのか。……まぁ、こういう夏休みも悪くないだろう。それなりに楽しかったし。
俺は夏休みに未練を残してはいなかった。これだけはいえる。だから次の日、部屋で制服に着換え、なぜか誰も起きてこないリビングで朝食をとり、昨日とは打って変わって過ごしやすい気温の中を高校まで歩いていき、授業開始時間になっても一向に開かない正門前で呆然と立ち尽くしてからケータイに表示された7/25という数字を見たあとにとぼとぼと家まで帰り、自室でどさりと荷物を降ろして(半ば落として)から絞り出した文句が「俺はこんな願い事してない」だったのだ。
超常現象――だよな、これ。うん、一介の男子高校生に対しここまで手の混んだドッキリを仕掛けるような暇な奴はいない。それは早い段階でわかった。で?俺は知らんよ?「もう一度夏休みをください」なんて小学生がするような願い事してないよ?こーゆーのって普通本人にそういう願望があって引き起こされるんだよね?いやあくまでフィクションだと、だけど。ん?待てよ、じゃあ俺の深層意識氏はそう願ってたってこと?
ここまで読んで画面の向こうのあなたはおや?と思うかもしれない。なんでこんなに状況を受け入れるのが早いんだこいつは?と。そう思われるのも無理からぬ話。答えは至極簡単、俺がそういう性格をしているからだ。
昔から夢と現実の区別がついていないような子どもだと散々言われてきた。幼稚園児の俺に公園の絵を描かせれば恐竜や妖精が跋扈するトンデモ世界が出来上がり、小学生の俺に作文をさせれば電信柱の神様と3丁目でお話してきただの、冷蔵庫の中にうさぎさんの王国があって餅をもらってきただのといったファンタスティックな世界観を繰り出し、先生は困り顔で「本当のことを書いてね」なんて少しかがんで僕に教え諭したものだった。自分でいうのもなんだが成績は良かったし授業態度も真面目ということで、先生方もどう扱っていいか決めかねていたんだろう。
当の俺視点から見れば、嘘を書いているつもりはなかった。空想と現実を同列に扱っていて、その全てを書き込まなくてはすまないような性分だったのだ。
くわえて、俺には野心やら競争心といったものがみじんも備わっていなかった。勉強がそれなりにできたのも、必死に覚えようとしたのではなく、なぜかぼんやりしているとすっと頭に入ってきてたまたま残っていたから、という勉強家に殴られそうな特性があったからだ。
未来への期待に瞳を煌めかせた同級生が夢を見つけ勉学にはげむ傍ら、俺はのんべんだらりと人生を過ごし、気がつけば地元の中堅公立高校に進んでいた。
友人関係ぼちぼち、勉強はほどほどに、とやっていると、自然にそれ相応の立ち位置になる。つまり、ほどよく話しやすい普通の子。
間違われては困るのだが、俺は現実と空想の区別はしっかりついている上に、年齢が上がるにつれところ構わず空想する癖はなくなっていたので、人から奇矯な目で見られることはほとんどなくなっていた。空想の羽を寛がせるのは趣味に没頭しているときだけ。それでよかった。
……べらべらと自分のことばかり書いてしまった。失恋中の横峯じゃあるまいに。あぁ、上述したと思うが恋人はいない。恋愛は素敵なことだとは思うが自分から進んでしようという気にはならない。木漏れ日を愛するがごとく人を愛する、というのが俺のモットーである。いつまで経っても恋人ができないから僻んでるというわけでは断じてない(恋愛に興味ない=強がり と解釈されやすい風潮よくない)。告白されたことも何度かあるが、なぜかそういう気にはなれなかったというだけ。深く考えたことはない。おこちゃまだと笑うがよい。
そんなこんなで春が終わり夏が来て、夏が終わると思ったら終わらなかった。
2度目の夏が来る。
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