莫逆の友
三鹿ショート
莫逆の友
私と彼女は、正反対の人間だった。
私の友人は数少ないが、彼女の友人の数は両手足の指では足りない。
座学を好む私に対して、彼女は身体を動かすことを好んでいた。
私は異性とは無縁だが、彼女は毎日のように異なる相手と関係を持っている。
互いに住む世界が異なっていると考えていたが、だからといって接触を避けようと考えたことはない。
それどころか、己が知らない世界について相手が知っているために、新たな知識を得ることができるのだ。
ゆえに、私は彼女と積極的に交流しようとした。
彼女は、他の異性に対するものと同じような態度だったが、私を邪険にすることはなかった。
***
彼女が私と肉体関係を持とうとしなかったのは、私が彼女の身体を目当てに近付いているわけではないということを知っているからなのだろう。
そのような人間は初めてだったのか、彼女はしばらく私に対して、珍獣を見るかのような目を向けていたが、何時しか尋常なる友人として認識するようになったらしく、以前よりも感情表現が豊かになっていった。
異性に縁が無い私にとって、彼女は魅力的な人間だったが、彼女が関係を持った異性の一人として認識されることを、私は嫌った。
だからこそ、私は彼女に対して劣情を抱くことがないように心がけていた。
それは、なかなかに辛いものだったが、学習の一つだと考え、己を律し続けた。
その努力の甲斐があったのか、彼女は他の人間に対しては口にしないような悩み事などを私に話すようになった。
それほどまでに信頼されているということを私は嬉しく思い、私もまた、彼女に対して相談をするようになった。
それぞれが想像もしたことがなかった回答を口にするために、その解決方法に驚いたことは、一度や二度ではなかった。
そのようなことを繰り返したためか、私は彼女のことを一人の友人として見るようになり、劣情を抱くことはなくなったのである。
今や、我々は誰よりも親しい友人同士と化したのだった。
***
彼女が結婚してからも、私は彼女との関係を維持していた。
我々の関係については説明していたために、彼女の夫が私との仲を訝るようなことはなく、私と彼女は良好な関係を続けることができていたのである。
正直に言えば、家族に関する悩み事に有益な回答を口にすることはできなかったのだが、それはどちらかといえば、愚痴のようなものだったために、私の回答が良いものではなかったとしても、彼女が気にすることはなかった。
家族の話をする彼女を見ている中で、もしも彼女が私の妻だったのならばと想像することがあった。
だが、そのような妄想は即座に打ち消した。
我々は友人同士であるために良好な関係を築くことができているのであり、夫婦と化せば、様々な問題に直面し、相手に抱いていた好意が姿を消す可能性が生まれてしまう恐れがあるのだ。
ゆえに、私は改めて彼女のことを異性として見ることがないように心がけた。
***
その日、彼女は涙を流しながら私の家に駆け込んできた。
いわく、夫の浮気を糾弾したところ、夫は自身の件を棚に上げ、私との関係について叱責してきたらしい。
異性同士が完全なる友人関係を続けることなどできるわけがなく、何度も関係を持ったに違いないと決めつけたようだ。
それが事実ではないということは、我々が最も理解していることだが、当人たちが否定したところで、彼女の夫は口裏を合わせているのだろうというように、その怒りを増すことは避けられないだろう。
それならば、いっそのこと、それを現実にしてしまおうか。
一瞬でもそのように考えてしまった自分を、私は嫌悪した。
私は彼女の肩に手を置くと、もう一度、夫と話をするようにと告げた。
今は感情的になっているが、時間が経過すれば、少しは冷静になるだろう。
一時の感情で全てを台無しにしてしまうのは、賢い行為ではない。
私がそう告げた後、彼女はしばらく無言だったが、やがて小さく頷いた。
そして、私の家から出て行った。
友人として、最良の選択をしたはずである。
しかし、嫌悪した感情がわずかながらに残っていたために、私はさらに己を嫌った。
***
膝をつき合わせて話し合ったところ、彼女の夫は己の裏切り行為を認めた上で謝罪し、今後は相手と接触することはないと約束した。
一方的に要求することに対して心が痛んだのか、彼女は私との時間を減らすことを約束したらしい。
理由が理由であるために、私は彼女に対して怒りを抱くことはなかった。
ただ、寂しさを覚えていた。
だが、彼女の幸福を思えば、仕方のないことである。
それが友人である私に可能な選択なのだ。
しかし、私の寂しさは今後も消えることはないだろう。
莫逆の友 三鹿ショート @mijikashort
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