第55話 幸せな時間

 水曜日の放課後、オレは香織と喫茶『隠れ家』に来ていた。

 店に入ると、一番奥の席で東雲さんがアイスコーヒーを飲みながらオレ達に手を振っている。

 どうやら、待合わせを兼ねて場所取りをしていてくれた様だ。


「あれぇ、東雲さんだぁ〜!」


 香織がちょっと驚いた顔をしている。


「香織ちゃん、お久しぶりです」


 オレも挨拶を交わすと、香織は何かを察したらしく、オレの顔をジト見してくる。


 東雲さんはオレ達に気を効かせ、対面の席に座る様に促すと事情の説明を始めた。


「香織ちゃん、デートの邪魔をしちゃってゴメンね〜。大和君とはお父さんの指示で、そこの公園でゴブリンを倒した剣の情報交換をしてるのよ。それでね、ちょっとだけ大和君を借りたいの。直ぐに返すから、お願いっ!」


 ここまで言われると、香織はうなずくしかない。


「わ、分かりました。だけど、直ぐに返して下さいね!」


「もちろんよ! それと、ここの支払いは防衛省のツケにするから、2人とも好きな物を頼んでちょうだい!」


 なんだか2人の女性に取り合いされているみたいで、ちょっと嬉しい。


 オレは香織にアイスティーの注文を頼むと、東雲さんに連れられて喫茶店を出る。

 外にはメタリックのクラウンが停まっており、後部座席に乗り込むと車は勢い良く発進した。

 

 走行中の車の中で、東雲さんが日本刀を取出す。


「創真君、要望の日本刀よ。高価なものでは無いけど、玉鋼で作られているから実践で使えるわよ!」


 実践って……まぁいいか。


 それよりも『玉鋼』って何?

 

 初めて聞く言葉。そう言えば、慎吾が進路の候補に金属学部を入れていた様な……。

 明日にでも学校で聞いてみよう。


「こんなに早く、ありがとうございます。いくらですか?」


「結構よ。必要経費だから、他にも必要な物があったら遠慮せずに言ってちょうだい!」


 オレは、ありがたく日本刀を受け取った。


 やがて、アパートの前に車が止まると、オレに続いて2人の防衛省職員が一緒についてくる。

 オレはアパートの鍵を開けると、部屋からロングソード10本を運び出し、2人の職員に渡す。

 ちなみに今日の売上は10本✕50万円=500万円になった。


 まいどありぃ〜!


 その後は、再び車に乗り込み喫茶店『隠れ家』で降ろされた。


「創真君、お父さんには内緒にしとくから、香織ちゃんとガンバってね!」


 別れ際に、東雲さんから意味深な応援メッセージを受取ると手を振って別れた。


「香織、お待たせ〜!」


 東雲さんに連れ出されてから約30分。香織様は少しご立腹の様である。


「ゴメン香織、今度埋め合わせをするから機嫌を直してくれよ〜!」


 オレの言い訳で香織の目の色が変わる。


「ほんとぉ〜、約束だよぉ〜!」


 一瞬で香織の機嫌が直った。しかし、オレは何を約束してしまったのだろう?


 何はともあれ、機嫌が直った様で良かった良かった。


 オレは香織の対面の席に座り、日本史の勉強を始める。


 なぜ、隣に座らないかって? ドキドキして勉強に集中出来ないからだよッ!


 カリカリカリ……。


 時たま、分からない所を香織に質問する。


「幕末の薩摩の主要人物は西郷さんと誰だっけ?」


「それはねぇ〜、大久保利通さんだよ。後は島津家も覚えておくと良いよ。後はそうねぇ〜……」


「ありがとう、香織」


 一緒に勉強していて改めて思う。香織は頭が良い。オレが質問すると、的確な答えを分かり易い言葉で返してくれる。


「なぁ香織、鹿児島って、今どうなっているのかなぁ〜?」


「うん、私も気にはなっているんだけどね。お父さんが言うには、桜島の一端はコンクリートの壁で塞いだらしいんだけど、海の対処が出来ないって悩んでいたわ」


 お〜い、真壁家は機密情報に寛大過ぎやしませんかねぇ〜!


 オレはうなずいて、この話を打ち切り再び勉強に戻った。


 しかし、コンクリートの壁が、どこまで持つのだろう。一度見てみたいものだ。


 しばしの間、お互い無言で勉強に集中する。


 カリカリカリ……。


 まぁ、真面目な勉強はオレのスキルみたいで、とにかく地味だ。


 やがて夜の6時になり、オレ達は喫茶店を出て駅に向かった。


 道すがら、香織が手をつないでくる。


 オレも、その手を握り返す。


 お互い、にこりと目を合わせると、照れ隠しにうつむき、しばらくドキドキしながら無言で歩いた。


 気が付くと、いつの間にか最寄りの駅に着いており、改札口の手前で手を離そうとした時に突然、オレは頬にキスをされた。

 そして、耳元で香織がつぶやく。


「好きだよ、創真君!」


 そう言って、香織は改札口を通り過ぎて行った。


 後ろを振り返らずに手だけを振って去って行く香織の後ろ姿を見送ると、オレは天にも昇る夢心地で家に帰った。


 その夜、香織との楽しい大学生活を夢見て、水曜日の異世界勉強2泊3日の旅に出掛けたのだった。



☆☆☆☆☆☆☆



 同時刻、テレビで桜島にレールガンが配備されたとのニュースが報じられ、新しく変わった浜井防衛大臣が記者の質問に答えている。


「これが、アメリカが開発に成功した新型兵器レールガンです!」


 牛根大橋の垂水市側に設置されたレールガンが、テレビ画面に映し出された。


 巨大トレーラーの上に設置された四角くて長い砲身のレールガンが桜島を向いており、砲台からは太い無数の電線が近くの変電所まで伸びている。

 どうやら、このレールガンは牛根の橋を伝って来るゴブリンを狙い撃ちする為のものらしい。


 浜井大臣が得意げに宣言する。


「このレールガンがある限り、一匹のゴブリンも桜島から出しません!!」


 記者達から大きな歓声が上がっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る