第45話 進路

 起立、礼、着席!


 朝のホームルームが始まった。


「皆さん、昨日の多摩湖の事件は知っていると思いますが、部活動は当分の間禁止になります。放課後は速やかに下校して下さい!」


 もう少ししたら期末テストもある。この分だと夏休みに入るまでは部活禁止が続くだろう。まぁオレには関係のない事だが……


 そのままの流れで1限目の授業が進むと、オレはある事に気付いた。

 授業の言葉がしっかりと頭に入ってくるのだ。先生の言い間違いにツッコミを入れたくなるくらいに。

 まるで交渉相手の揚げ足を取ろうと一言一句を見逃さず、次の一手を考える商売人の様にだ。


 今までも授業はそれなりに聞いてはいたが、進学の予定が無かったオレは、卒業できる程度の勉強しかしてこなかった。


 でも、今は違う!


 オレは香織の後ろ姿を見つめながら、改めて大学進学を決意していた。

 すると、不意に香織がこちらを向き目が合ってしまった。

 

 しばらくの間、目を離す事ができずに互いに見つめ合っていると先生の注意が入った。


「お〜い、そこの2人〜。受験生なんだから、しっかり授業を受けような〜!」


「ワハハハハ!」


 クラスに笑いが走り、オレと香織は恥ずかしそうに下を向いた。


 お昼休み。


 昼食を食べ終わり、慎吾や他の仲間とダベっていると香織がやって来た。


「創真君、パパから聞いたんだけど、進学するんだって〜?」


 えぇ〜? そんな事、香織パパには一言も言ってないぞ〜!?


「だけど、防衛大学はヤメた方が良いよ〜!」


 なんだそれぇ〜?


 香織の口から次々と出てくるタヌキ親父の作り話に、周りの皆んなも驚いた顔をしている。


「創真〜、本当か? お金は大丈夫なのかあ〜?」


 慎吾は進学先より、お金の心配をしている。


 お前はオレのお父さんかいっ!


「まあ、防衛大学はお金の面は大丈夫なんだけどね。むしろ給料が出るくらいだから」


 香織が胸を張って答える。


「そうか〜、防衛大学という手があったかぁ〜!」


「でもねぇ〜、めちゃくちゃ厳しくて軍隊と同じなのよ〜」


「さすが香織ちゃん、お兄さん達が自衛隊だから真実味があるよなぁ!」


 クラスメイトはオレを置いて、防衛大学に進む話に花を咲かせている。

 すると、慎吾がスマホで何やら検索しだす。


「なになに、防衛大学の偏差値は50から53。うん、これなら創真でも頑張れば行けるんじゃね?」


「創真君、勉強手伝おうかぁ?」


「あ、ありがとう」


「いいな〜、麗しの香織ちゃんに勉強を教えてもらえるなんてぇ〜!」


 キーンコーンカーンコーン


 午後のチャイムのお陰で井戸端会議は終了した。


 午後の授業もしっかりと頭に入ってくる。時たま香織を眺めては気合いを入れ直し、とにかく授業に集中する。


 放課後になると、オレは久し振りに慎吾と一緒に帰った。


「なあ、慎吾は進路とか決めたのか?」


「まだかなぁ〜、でも夏休み中に決めようと思っているぜ。ただ、進みたい方面は少しずつ絞っているけどな!」


「どういう方面なんだ?」


「そうだなぁ〜、ITか今流行りの半導体、金属も良いかなぁ〜」


「凄い! 色々考えているんだなぁ」


「もう、迷っちゃって。創真は防衛大学のどの学部を受けるんだ?」


「防衛大学に学部なんてあんのか〜?」


 慎吾は呆れた顔で、スマホを使って調べ始める。


「え〜と〜、大体は工学系だな。文系もあるが偏差値が高いからヤメた方がいいと思うぜ」


「そ、そうだな……」


 もう慎吾の頭には、オレが防衛大学に進む事になっているみたいだ。


「慎吾、香織はどこを受けるか知ってるか?」


「おぉ〜、麗しの香織ちゃんかあ?」


 慎吾が勿体つけているので、オレはがっついてしまった。


「どこなんだよっ?」


「知らね〜、本人に聞けよ!」


 どうやら慎吾にからかわれていた様だ。


 オレ達は別れ道に差し掛かると、手を振って別れた。


「創真〜、香織ちゃんと頑張れよ〜!」


 何を頑張れというんだっ? 


 オレは顔が赤くなっていた。


 家に着くと午後の4時。母はまだ仕事から帰ってきていない。


 これからの予定を考えなきゃなぁ〜。


 冷たい麦茶を飲みながらテレビをつけると、お昼のワイドショーの番組が流れていた。


 ある特派員が街角でインタビューをしている。


「ゴブリン事件の拉致被害者救出失敗について、自衛隊をどう思われますか?」


「犠牲者の人達、かわいそうよね〜。あんなに高い防衛費を使っているんだから、ちゃんとして欲しいわよねっ!」


「以上、街の声でした」


 どう見ても最初から自衛隊が悪いという前提で話がされている様だ。


「今日は野党の泉谷議員にお越し頂いております。泉谷議員、街の声は自衛隊の失敗に呆れている様ですが、どう思われますか?」


「そうですねぇ~、一般人の他にも装備が乏しい警察官が多数亡くなっていますからね〜。これは自衛隊、いや政府の失態でしょうね!」


 なぜか、野党議員がコメンテーターとして発言している。


「速報です。今夜7時に岸本総理がゴブリン事件についての政府発表をされるという情報が入りました。我々報道は引き続き政府の動向に注視していきたいと思います」


 それにしても、桜島の事件も多数の死者を出したはずなのに、多摩湖の事件の方が大きな騒ぎになっている。


 所詮、東京の人達にとって桜島は遠くの出来事なんだろうと思いながら、今日は政府発表を見る為に異世界へ行くのをやめる事にした。




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