第43話 子の想い、親の想い、爺の想い

 日本に帰還しゴブリンの事件を知ってからの創真は、何か思い詰めた様子だった。

 そんな創真をタケじいは心配していたのだが、多摩湖のゴブリンを一掃した事で罪悪感が少し薄らいだ様だ。


「タケじい、帰ろうか?!」


「うむ、帰るとしよう。カカカッ!」


 タケじいが微笑えんでいるのを不思議に思いながら、ヤタを還して多摩湖を離れた。


 オレは夕食前に帰宅し、風呂に入って汗を流している。


「ふぅ〜、和倉屋の露天風呂も良いけど、アパートの狭い風呂もいいもんだなあ〜!」


 オレが風呂から上がると、食卓には唐揚げ、餃子、コロッケ、ポテトサラダ等、スーパーのお惣菜コーナーを思わせる夕食が山と積まれていた。


「創真〜、夕食にしましょうか?」


「母さん、やけにお惣菜が多いね?」


「そうなのよ〜、昨夜、近くでゴブリンの事件が起きたでしょ。それで今日はお客さんが全然来なくって、お惣菜が沢山売れ残っちゃったのよ〜。それでね、店長さんが8割引で分けて下さったのよ〜。ラッキーだったわぁ!」


「母さん、ありがとう!」


 オレは、この何気ない会話に母の優しさを感じた。


 よし、食事が始まったら例のプレゼントをして母さんを喜ばせよう!


 オレ達親子は食卓につき、手を合わせて食事を始めた。


 モグモグモグ


「母さん、この唐揚げは美味いね〜!」


「そ〜お〜、良かったわぁ〜!」


 母はオレの食べている姿を嬉しそうに眺めている。よし、今しかないと思い話を切り出す。


「母さん、実は母さんにプレゼントがあるんだ」


「ええ〜創真、突然どうしたの〜?」


 母は嬉しそうにしている。


 オレは大和商店の帳簿を母に見せた。


「母さん、今日で大和商店の売上が1000万円を超えたんだ。これを母さんにプレゼントするから、仕事を辞めて楽をして欲しいんだ!」


「創真〜、ありがとう。ううう~」


 母は両手を顔に当てて泣き始めた。


「か、母さん?」


「うぅっ、ごめんね〜、あまりに嬉しくって涙が止まらないの」


 しばらくして、ようやく泣き止んだ母がオレに言った。


「創真、ちょっと見ない間に随分たくましくなったわね。お父さんに見せてあげたかったわ〜。ううう〜」


「母さん、このお金を自由に使って! 何ならもっと広いアパートに引っ越してもいいし!」


「ありがとう創真。でもね、そのお金は創真が稼いだんだから自分の為に使いなさい。

 そのお金があれば大学にだって行けるし、それに母さんは今の職場が好きだし、まだまだ働けるから、創真の気持ちだけで充分なの」


「でも、仕事がきついんだろ?」


「そうね〜、そのお金があると思って、無理をしない程度にシフトを減らすわ」


「わ、分かった。でもね、このお金は母さんが必要になったら、いつでも使っていいからね」


「創真、ありがとう!」


 母はオレの手を握り、微笑んでくれた。


 母の手の温もりを感じながら、オレは更なる目標を心に誓った。


 よ〜し、家を買うぞぉ〜! だけど、いくら貯めればいいんだあ〜??


「ワシも詳しくは分からんが、1億もあれば買えるじゃろう!」


 1億か〜、今の10倍だな。先は長い、もっと稼がなきゃ!


 食事が終ると部屋で服を着替え、転移をしようとしてタケじいに止められる。


「創真よ、世の中お金が全てではないぞ。お主は香織という小娘と同じ大学へ行きたいんじゃろ? この2週間全く勉強しとらんが、それで大学に入れるもんかの〜?」


 オレは完全に現実逃避をしていた事に気付いた。貧乏を理由にお金があればなんとかなると勝手に思い込んでいたのだ。

 タケじいの言葉でオレの目標を思い出した。香織と人生を並んで歩きたい。その第1歩が香織と同じ大学へ行く事だ。


 しかし、冷静に考えると今は日曜日の夜。圧倒的に時間が足りない。


「タケじい、どうしよう?」


「しょうがないヤツじゃ。裏ワザを使うしかあるまい」


「裏ワザがあるのか?!」


 オレが目を輝かせているとタケじいが言った。

 

「カバンに勉強道具を詰め込むのじゃ!」


「えっ、英雄遺伝子のスキルで学力アップとかじゃないのか〜?」


「ばかもん! そんな美味い話しなど無いわっ!」


 オレは参考書やノート等の勉強道具をリュックに詰め込むと、服装も戦闘する訳ではないので普段着に着替えた。剣も邪魔になるので形見の短剣だけを護身用に持った。

 ちなみに、まだ少し臭い匂いのする戦闘服は母親に洗濯を頼んである。


 勉強の準備が整ったので、オレは転移を唱え異世界の丘に降り立つと、時計を11時にセットして推しの宿、和倉屋へ向かった。


「創真よ、今回は勉強が目的じゃ。今から2日間勉強して日本に帰れば月曜日の朝7時じゃ。それまで思う存分勉強するがよい!」


 オレは2連泊のお金を払い、宿泊部屋に入ると、早速勉強に取り掛かる。


 カリカリカリ……1時間経過。


 カリカリカリ……2時間経過。


 カリカリカリ……3時間経過。


「なあタケじい、これってチートスキルなのかな〜?」


「そうじゃのう〜、チートと言えばチートかのう〜」


 オレは、チートスキル『異世界転移で人より多く時間を使う?』で地道に勉強に取り組んだ。

 これが人知れず努力する英雄の姿だと自分に言い聞かせて……

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