第11話 びっくり商談

 大和家の狭い食卓で、オレと香織パパが黙ってお茶をすすっている。

 その様子を見て、母が気を遣って言った。


「私は席を外した方がいいかしら?」


「いえ、お母様も一緒に聞いて下さい」


 香織パパは一呼吸置くと話を始めた。


「実は今日伺ったのは、先日見せてもらった短剣について、ご相談があって参りました。

 あの短剣は大和家の家宝と創真君から聞いておりますが、訳あって、どうしてもお譲り頂きたいのです。100万いや200万でお譲り頂けないでしょうか? ぶしつけなお願いなのは重々承知していますが、なにとぞお願いします」


  オレと母はきょとんとして目を合わせる。母が直ぐに断るだろう思っていると、以外な言葉が飛び出した。


「あの〜真壁さん、この短剣は私の夫が先祖代々受け継いできたもので、簡単に手放す事は出来ません。

 しかし、何か深刻な事情がお有りのご様子ですので、その理由をお話し下されば創真と検討させて頂きますわ」


 香織パパは脈ありとみて身を乗り出す。


「はい、それでしたら事情をお話します。私は防衛省に勤める自衛官でして、ゴブリン対策室の室長をしております。現在桜島にゴブリンを封じ込めておりますが、ゴブリンの数がひと月に5倍の速さで増え続けており、いずれは桜島から溢れ出すとみております。

 しかし、ゴブリンには現代兵器が一切通用しません。そんな折に創真君がその短剣でゴブリンを倒したと聞きまして、短剣を分析すればゴブリンを倒す方法が見つかるやもと考えている次第です」


「まぁ〜、大変な事になっていたんですね。母さんは日本の為にお譲りしてもいいと思うけど、最後に決めるのは創真よ」


 母親は判断をオレに委ねた。200万円は確かに魅力的だ。少しは家計が楽にはなるが……。


「タケじい、どうしたらいいと思う?」


「短剣を売ってはならんッ!」


 タケじいがいつになく真剣な顔をしている。


「なぜ? これを渡せばゴブリン問題が解決するかもしれないんだぜ」


「今は売るなと言っておるのじゃ。創真が異世界で武器を調達するには異世界のお金が必要じゃ。お主、異世界のお金は持っておるのか?」


「持っている訳ねーだろ」


「だから異世界でお金を稼がなければならんのじゃが、普通に働いても武器を買えるまでに何ヶ月もかかる。今の香織パパは何ヶ月も待てるのか?」


「たぶん待てないと思う」


「そうじゃろうな。それで手っ取り早く稼ぐ方法がある。それは異世界で冒険者になる事じゃ。但し、命がけじゃがな」


 冒険者。それは異世界アニメで見た事がある。魔物を倒して報酬を得る。その報酬で装備を揃えてより強い魔物と戦う。時にはパーティを組んで更に強力な魔物と戦う。こんな感じかな?


「つまり、オレが異世界へ行って冒険者になり、短剣で魔物を倒した報酬で武器を買い、それを香織パパに売ると言う事でいいのか?」


「ピンポン、ピンポン、正解じゃ! 但し、お主は戦闘のド素人じゃ。武器を手に入れるまでに1週間はかかると思うぞ」


 オレはタケじいに礼を言うと、香織パパに向き直った。


「真壁さん、この短剣は渡せませんが、これと同等の物で良ければ用意できますが、どうでしょうか?」


「なんと! 他にもあるのかね?」


「はい、ただ手に入るかどうかは、まだ分かりませんが……」


 香織パパはしばらく考え込んだ後に答えた。


「武器はあるだけ欲しいのだが、こちらにも予算があってね。こういうのはどうだろう。最初の1本は200万、残りは1本50万でどうかな?」


 このおっさん、数があると思って足元見やがったな。でもまぁいいか。

 オレのバイト代は月10万円がいい所だ。それが1本50万円だ。

 もし20本も手に入れたら20×50=1000万円じゃないかぁ〜!


 オレの人生において聞いた事もない数字だ。それに1000万円もあれば母に楽をさせてあげられる。

 元々独りでこれをやろうと迷ってた訳だし、お金が貰えるならモチベーションが全然違う。

 これは即答するしかないだろう。


「真壁さん、お引受けします。但し最初の1本は1週間下さい」


「ああ、いいとも。だが、できる限り早く欲しいんだ。公にはできないのだが、今のゴブリンの数は500匹だ。そして1ヶ月後には2500匹になるそうだ。なるべく早く頼むよ」


「分かりました。最善を尽くします」


 オレは香織パパと握手を交わした。


 香織パパが満足げな顔で我が家を出た時、ふと足を止めて振り返った。


「あっ、ひとつ言い忘れていたよ。支払いは防衛省からするんだが、それなりの金額だと取引先が個人ではマズいんだ。そこで、個人事業主として登録して欲しいんだ。今からでも屋号を考えておくといい。それでは、これで失礼するよ!」


 香織パパが帰っていった。


 オレと母は食卓に座り、お茶を飲みながら香織パパのびっくりする商談に思いを巡らせる。


「創真、どうやって代わりの短剣を用意するの?」


 母が心配になって聞いてきた。

 事情を話せば理解はしてくれるだろうが、命に関わる危険な仕事だとバレれば心配をかけてしまう。


「タケじい、どう答えようか?」


「あいかわらず、どうでもいい事にワシを使うのぉ〜、本当にやれやれじゃ!」


「ごめん」


「そうじゃの〜、学校の友達に刀鍛冶の息子がいて、短剣を真似て作ってもらうとでも答えるのはどうじゃ?」


「なんだか適当になってないか?」


 返答がない……


 しょうがないので、タケじいの受け売りで答えると、母は取り敢えず納得してくれた。


「それで、屋号はどうするの?」


 高校生のオレに分かる訳がない。


 しばらく考えたが良い名前が思いつかないので、気分転換にベランダへ出て夜風を浴びる。


 少し冷たい風が気持ちいい。


 ふと手前の建物を見ると亀山商店という酒屋さんが目に止まり、面倒くさくなったオレは屋号を大和商店に決めた。


 その後、母に報告すると大笑いされたが、快く納得してくれた。

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