クリスマス【短編小説】

Unknown

クリスマス

 俺はその辺の鉄工所に勤務している群馬県在住の1人暮らしの男だ。年齢は21。名前は大谷涼平。

 12月24日の金曜が仕事納めだった俺は、翌日の25日、●●市にあるX病院へと軽自動車を走らせていた。X病院は群馬の中でもかなり大きな精神科病院だ。

 運転中、俺はピースという銘柄のタバコを吸っていた。

 ピースはタール値が高くて好き。


「……」


 俺はドリンクホルダーに装着してある携帯灰皿に短くなった吸い殻を捨てた。

 車内では、うるさい邦ロックが爆音でガンガン鳴っている。

 30分くらい車を走らせていると、X病院が近くなってきた。

 俺は割と有名なお菓子屋さんに寄って、いちごが乗ったショートケーキとチーズケーキをそれぞれ1つずつ買って、車内に戻り、助手席に置いてあるエコバッグの中にしまった。


 ◆


 しばらく車を走らせると、午後3時くらいにX病院に着いた。土曜日という事もあってか、駐車場は混んでいる。満杯に近い。

 止められるところ無いかなぁと思いながら駐車場をうろうろしていると、たまたま前方の車が出ていってくれたので、俺は空いたスペースに駐車した。


「よし」


 俺は車から降りる。その瞬間、冬の冷風が俺の頬をビンタするように通り過ぎていった。ずっと暖房の効いた車の中にいたから、寒い。

 粉雪がちょっとだけ降っている。

 俺はバッグを持ち、X病院の自動ドアを抜けた。

 ここには数え切れないくらい来ているが、やっぱりでかい病院だ。入ってすぐ右手に受付がある。左手や奥には、広い空間があって、柔らかい椅子がそこら中にある。その更に奥には待合室と診察室、そしてエレベーターがある。そして、ちょうど待合室を左に曲がったところに大きな扉がある。あの扉の向こうは、入院患者のいる病棟だ。

 ここには老若男女、沢山の人がいる。

 俺はすぐに受付に行って、めがねを掛けてる女性に声をかけた。


「すいません。今日、面会予定の山本です」


 俺は嘘をついた。俺の名前は大谷である。


「山本さん?」

「1階に入院してる山本結衣の兄です」

「少しお待ちくださいね」


 俺はまた嘘をついた。俺は山本結衣の兄ではなく彼氏だ。この病院は患者の親類以外の面会は許されていない。だから俺は兄を装う必要があった。


 ◆


 その後、俺は看護師に誘導され、病棟へ続く大きな扉の前に移動した。その中に案内されると、次に俺は“危険物”を持ち込んでいないか確認を受けた。俺は何も危険物を持っていない事を証明した。


「山本さんへのお届け物はありますか?」

「いえ、ありません」

「わかりました。面会室の中で少しお待ちください」


 すぐそばに“面会室A”と書かれた扉がある。看護師がその扉を開けたので、俺は軽く頭を下げて、部屋の奥側の黒いソファに座った。室内は大体6畳くらいの広さだ。


「じゃあ山本さん呼んできますね」


 ◆


 俺はバッグを目の前のテーブルの上に置いた。

 そしていつもの癖でポケットからタバコの箱とライターを取り出したが、(あ、やべえ。ここは病院だ)と思い、しまった。


「……」


 白い壁をぼーっと眺めていると、やがてガチャ、と小さい音がして、扉が開かれた。

 そこには、上下グレーのスウェットに身を包んだ山本結衣が立っている。


「お、結衣。久し振り」


 俺が笑って言うと、結衣は笑って、


「久し振り」


 と呟いた。そして結衣は俺の向かいにあるソファに座った。長い髪が小さく揺れた。

 そして、しばらく目が合った。


「結衣の髪、ちょっと短くなった?」

「あ、気付いた? 昨日看護師さんに切ってもらったんだよ。5センチくらい」


 結衣は元々、背中と腰の中間あたりまで髪が伸びていたが、ちょっと短くなっている気がする。

 喋りたい事は色々あるが、面会時間は大体20分から30分くらい。決して長くない。限られた時間の中で少しでも結衣と喋りたい。

 とりあえず俺は口を開いた。


「なにか、変わった事とかは無い?」

「うん。私は特に変わりないよ。最近はのんびり読書して過ごしてる。涼平はどう?」

「俺も、特に変わりない。毎日適当にやってるよ。今の仕事にもだんだん慣れてきた。昨日が仕事納めだったんだ。最近、仕事忙しくてあんまり面会来れなくてごめんね」

「謝らないで。来てくれるだけで嬉しいよ。それに涼平はめっちゃ面会来てくれるほうだと思う。仕事が忙しくなる前は、土日のどっちも来てくれたじゃん」

「結衣に会うために平日頑張ってるようなもんだから」

「ありがとう」

「うん」

「そういえば、今日クリスマスだね。入院してると全然そんな感じしないけど」

「あ、そうだ。クリスマスだから結衣にケーキ買ってきたよ。2人で食べようぜ」

「え、やったー。ケーキなんて久し振りに食べるかも」


 俺はテーブルの上のバッグから、ショートケーキとチーズケーキを取り出した。1つは結衣ので、もう1つは俺のだ。

 俺がケーキの箱を開けると、結衣は笑ってこう言った。

 

「わあ、これめっちゃ有名なお店のやつじゃん!」

「俺からの些細なクリスマスプレゼントだ」

「やったー」

「結衣はどっち食べたい? 俺はどっちでもいいよ」

「どうしよう。じゃあ、ショートケーキ」

「じゃあワシはチーズケーキ」


 俺は箱の中から白いプラスチックのフォークを結衣に渡す。

 そして2人でケーキを食べ始めた。


「めっちゃおいしい!」


 ショートケーキを頬張った結衣は嬉しそうに笑っていた。それを見て俺も笑った。喜んでくれて嬉しい。

 チーズケーキを口に運ぶと、俺の口内にチーズケーキの味が広がって、クリーミーで濃厚でうまい。


「チーズケーキもおいしいよ」

「私、チーズケーキも食べたい。半分食べたら交換しよ」

「うん」


 ちょうどお互いに半分くらい食べたところで、俺と結衣はケーキを交換した。

 しばらく経つと、俺と結衣はケーキをほぼ同時に食い終わった。

 最後まで残ったショートケーキのいちごは結衣にあげた。

 結衣はいちごが好きだ。


 ◆


「おいしかったよ。ありがとう。でも、ゴミはどうしよう」


 と結衣。


「俺が持ち帰るよ。面会室でケーキ食べたのが看護師にバレるとまずい」

「そうだね。じゃあ、ゴミお願い」

「うん」


 この病院は面会室での食事は禁止だ。

 俺はケーキやフォークのゴミをバッグにしまった。

 しばらくすると、結衣がぽつんと呟いた。


「そういえば私、病院で年を越すの生まれて初めてだ。なんか寂しい……」

「1人は寂しいよな。できるだけいっぱい面会に来るよ」

「ありがとう」

「結衣ってまだ外泊許可は出ないの?」

「うん。まだ私は入院してから日が浅いから……」

「そっか。退院は来年の5月だよね」

「うん。来年の5月」

「結衣は、今まで頑張りすぎたんだよ。精一杯頑張りすぎて脳と心がかなり疲れてる。だから今、その分を休んでるんだ」

「よく聞くもんね。“人生の中で休む期間も必要だ”って」

「うん。人生長いんだから休むのも大事だよ。焦らなくていい。病院の生活は退屈だろうけど、できるだけ俺も面会に来る。なんか食べたい物とか欲しい物とかあったら言って」

「じゃあ涼平に頼んでもいい?」

「いいよ」

「私、本が読みたい。涼平の実家にめっちゃ小説あったよね? それ持ってきてほしい」

「わかった。めっちゃ本あるから、明日いっぱい持ってくる」

「ありがとう。ここだとテレビと音楽と本くらいしか時間潰せるものが無いから、すごい助かる」

「そういえば、今まで聞いたこと無かったけど、ここの患者さんってどんな感じ?」

「みんな優しいよ。最近、年下の女の子と仲良くなって、よく喋るようになった」

「そうなんだ。よかった」


 そこで一旦会話が途切れた。


「そういえば涼平っていつまでサンタさんの存在信じてた?」

「いつまでだろう。小6くらいかな」

「え、小6まで信じてたの?」

「うん。小6のクリスマスの前に、親からサンタの正体は親だってカミングアウトされた。あの時は驚いた」

「めっちゃ純粋な子供だったんだね」

「うん。メルヘンなガキだった。俺の妹が2個下なんだけど、妹はまだサンタの存在信じてたから、小6以降は妹を騙す側に回った」

「そうなんだ」

「結衣は何歳でサンタが親って気付いた?」

「私は小2くらいで気付いた。夜、いつサンタさんが来るんだろうと思ってずっと頑張って起きてたら、パパが私の枕元にゆっくりプレゼント置いたから、その時に色々察しちゃった。でも次の日の朝、私はサンタさんが親だって気付かないフリして喜んだ。もしかしたらパパとママは気付いてたかもしれない」

「結衣は優しい子供だったんだね」

「あんま優しくないよ。人の顔色を伺う性格だっただけ」


 結衣は笑った。


 ◆


 その後もずっと喋っていたら、あっという間に30分が経過してしまい、やがて面会室のドアが外からノックされた。

 そしてドアの外から女性の声がした。


「山本さん、そろそろお時間です」


 看護師が終わりを告げに来た。

 俺と結衣は顔を見合わせる。

 俺は荷物をまとめて、椅子から立ち上がった。結衣も椅子から立ち上がった。


「今日もありがとう。またね、涼平」

「うん。また明日」


 俺は結衣に右手を差し出した。すると結衣も右手を差し出した。なんとなく俺たちは握手を交わした。結衣の手は暖かい。

 2人で面会室の外に出ると、女性の看護師が1人立っていて、俺と結衣はそこで別れる事になった。


「忘れ物はありませんか?」


 と看護師。


「大丈夫です」


 と俺。


「じゃあね」


 と結衣が小さく手を振る。


「うん、じゃあね」


 俺も控えめに手を振る。やがて結衣は踵を返して、歩いていった。しばらくその小さい背中を見ていた。

 その後、俺は看護師に誘導され、病棟フロアから出た。


 ◆


 そのまま歩いて自動ドアを抜けて病院の外に出た。ここに来たとき同様、粉雪が舞っている。

 この雪がいつか地面を白く覆うように、結衣の悲しみや痛みをいつか俺が覆ってあげる事が出来るだろうか?

 切なさも哀しさも俺たちが生きてる証。だけど切なさや哀しさだけの人生なんて御免だ。

 いつか全てを笑って話せるようになる日が来る。そう信じて生きていくしかない。どこか遠くに消えたいと思う日が来たって、結局俺も結衣もどこにも行けなかった。どこにも行けなかった俺たちは、しばらくここで生きていくんだ。

 結衣の病状が良くなって、いつか心穏やかに生きられるようになる事を祈ってやまない。


「帰ってゲームでもしよ」


 俺は曇り空の下で独り言をぽつんと呟いて、車に乗った。






 終わり






【後書き】

 どこかに遠くに行きたい。

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クリスマス【短編小説】 Unknown @unknown_saigo

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