第2話

『何と・・・

 その方、お農の娘であるのか!』


信長は絶句し、まさに信じられないと言った表情で立ち竦んでいた。


そんな信長を睨み付け、女は唇を噛み締めながら自らの生い立ちを告白していったのであった。


『道三入道殿が義龍殿に敗れ濃尾同盟が破綻すると、貴様は一方的に母様を美濃に突き返してしまった。

 まるで、その辺にゴミをポイと捨てるみたいにな。

 この時、母様のお腹には既にあたしがいたんだ。

 母様は美濃で肩身の狭い思いをする中、あたしを産み大切に育ててくれた。

 でも斎藤家が織田家に滅ぼされた後、全てが一変した。

 織田方の残党狩りが美濃を席巻した時、貴様は無慈悲にも母様もその標的した。

 母様は幼いあたしを連れ、伊勢を目指して必死に逃げ落ちたんだよ』


そこまで告げると、女は一旦話を切った。


そして高ぶった感情をどうにか抑え、改めて告白を再開していったのだった。


『母様は龍興殿と同じように、願証寺を頼った。

 苦労の末に何とか寺に辿り着いたものの、母様はすぐに流行り病にかかり呆気なく死んでしまったんだ。

 死の間際、母様は寺主である証意様にその無念の内を切々と語って逝ったと後で聞いた。

 その時、あたしは心に誓ったんだ。

 いつかきっと織田信長の首を取り、母様の無念を晴らしてやると』


『そうであったか・・・

 お農は、伊勢で死んだのか・・・』


信長の表情が一瞬曇り、言葉に詰まった。


『それだけじゃないよ!』


そんな信長を見て、女は更に語気を強めた。


『母様が死んだ後、あたしは証意様の計らいで子のない門徒の弥平次・ふゆの若夫婦に引き取られたんだ。

 新しい父さんと母さんはあたしのことを我が子のように可愛がってくれ、心から愛してくれた。

 あたしも二人が大好きで、この地で初めて普通の幸せというものを得ることが出来たんだよ。

 でも、貴様はそんな細やかな幸福をもあたしから奪ったんだ!

 最後の長島攻めで貴様は父さんや母さん、それに家族同然だった多くの仲間達を生きたまま焼き殺した。

 みんな煙に巻かれ火に焼かれ、それこそ砦の中は地獄絵そのものだったよ。

 奇跡的に助かったあたしは、それ以降物貰いのような生活を続けて辛うじて命を繋げて生きて来た。

 それでも、その事を辛いなんて一度も思わなかったさ。

 何故なら、あたしには貴様の首を取るという我が身より大事な使命があったからね。

 それからしばらくして、幸運にも剣術の達人に出会い弟子にしてもらえた。

 毎日毎日剣に没頭し、ようやく修行達成の証に師からこれを授かったんだ』


女はそう言って、剣の切っ先を信長に向けた。


『そして、遂にあたしは貴様の前に立った。

 この機会を作ってくれた、日向守には礼を言うよ。

 でも、貴様の首を取るのはキンカ頭のジジィじゃない。

 あくまでこのあたしだよ、信長!!

 さあ、話はこれまでだ。

 覚悟しな、人のツラをした悪魔め!

 今こそ亡き母、養父母そして大勢の仲間のために貴様を地獄の底へと叩き落としてやるよっ!!』


『・・・なるほど、事情はよう分かった。

 ならば、その願いをこの場にて聞き届けてやろう。

 しかしー』


女の宣戦布告に対し、信長の目がギラリと光った。


『その方に、わしの首が取れるかの?』


『フッ、やってやろうじゃないか!』


女は腰を屈め、剣を下に向けて構えるという独特の体勢に入った。


こうしてあと少しで炎が寺全体を飲み込もうとする中、宿命の糸によって結ばれた二人がいよいよ対決の瞬間を迎えようとしていたのであった。

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