第49話 折れない心
闘場に上がってくるルクレツィアは薄っすらと笑みを浮かべて、武具を構えずに私に近寄って小さな声で話しかけてきた。
「父から全てを教えてもらったわ。傷は治ったのかしら?」
「?!」
ルクレツィアの言葉を聞いて、あの時の出来事がフラッシュバックして、立ち眩みのような感覚に襲われた。
(怖い、怖い、怖い……逃げ出したい)
気分が悪くなり顔から血の気が引くのが判って、戦える状態ではないので『棄権』という言葉が脳裏に浮かび心が折れそうになった瞬間、アリシャの顔と『立ち向かう勇気』の言葉が浮かんだのだった。
(立ち向かう勇気を持てと、アリシャに言われたんだった……彼女はあの男ではない)
今にも折れそうだった心を持ち直して、扇を握る手に力を込める。
「ルクレツィア、対戦相手への不必要に話しかけないように」
「失礼しました」
ミナ先生に注意された後は、謝罪をしながらも私へは不敵な笑みを見せた。私の反応を見て心が折れたと確信した様子だった。だけど、私の心は折れてはいなかった。その事を悟られないように私は視線を下に向けて、ルクレツィアと目を合わせなかった。
「では、5戦目開始!」
私は下を向いたまま動かない、ルクレツィアを油断させる為ではない、真っ向勝負で打ち倒すと心に決めたからだ。
(怖くて泣いても良い……でも絶対に逃げない!勇気を持って立ち向かうんだ!)
双刀を腰の鞘に収めたまま、ルクレツィアが抜刀した瞬間、私は目を見開いて扇で双刀を受け止める。思わぬ抵抗に驚くルクレツィアは一瞬動きが止まった。隙をついて、私は腹部へ前蹴りをいれるとルクレツィアの口から声が漏れる。
「うっ……なぜ」
私はルクレツィアを無視して距離を詰めると、受けに回ると不利になると察したのか、少し強引に双刀を振って優位に立とうとしてきた。
『カッ、カカッン、カッ、キィン!』
外から見るよりも実際に経験してみると、思ったよりも加速による『ズレ』は厄介で、打撃を受ける事で精一杯で反撃できない……
「その程度なのね、このまま押し切るわよ!」
「くっ、負けない」
私は〚
ルクレツィアは、押し切るつもりが押され始めた事が信じられないのか、表情が固くなって双刀の振りが鈍くなってくる。
「な、なんなのよ……」
私は何も答えずにそのまま攻撃を続けて、下がり続けるルクレツィアのつま先へ扇を投げる。
『バン!』
「あっ、キャッ……」
ルクレツィアはバランスを崩して尻もちを着いた。私はそのまま胸に前蹴りを入れて、足を当てたまま踏みつけた。そして扇で攻撃の動作に入ろうとした瞬間、ミナ先生の声があがった。
「それまで、勝者アイマール!」
「ありがとうございました」
「……」
私はルクレツィアへ冷たい視線を向けてから、足を離して『クルリ』と反転して立ち位置へと戻ったのだった。
(アリシャ、私……立ち向かえたよ)
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