第23話・しかたがないから俺は野球拳をする


 テラスの白いテーブルには弁当箱を置いたイケメンロミオ君と、それを取り囲む女子の群れ。ロミオはキメ顔で足を組み、キメ顔で母親が作ったと思われる弁当を食べている。タコさんウィンナー食っててもイケメンはイケメンだな。キラキラオーラが見えた気がした。でもさ、そんなキメ顔でメシを食うなら、パスタとかサンドイッチとか洋食にしろよ。普通に食うならいいんだけどさ、なんで、そんなキラキラさせながらのり弁食べてんだよ?


 奴らの視線に入ったところで、俺とラオウは立ち止まった。チラリとラオウと目を合わせた次の瞬間、俺たちは踊り出す。


「や~きゅ~う~♪ す~るなら~♪ こ~ゆ~ぐあいにしやさんせ~♪」


 ラオウの歌声に俺も合わせる。


「アウト! セーフ! よよいのよいっ!!」


 ラオウが負けた瞬間、「クソー!」と叫びながらズボンを脱いだ。

 おいおい、ベルトごといきやがったぜ、こいつ……。

 勝敗もクソも無い。あの女どもに嫌がらせする気しかないみたいだな。


 その心意気、俺も受け取るぜ!!


「ちょっと、アンタたちなにやってんのよ!!」


 ロミオのグルーピー女が叫んでいるが、そんなの無視して俺たちは踊る。


「アウト! セーフ! よよいのよいっ!!」


 またラオウが負けた。「クソがっ!!」叫びながらワイシャツを破り捨てるように脱いだ。ネクタイもジャケットも一緒に脱ぎ捨てて、あっという間にパンツと靴と靴下しか残ってない。

 魔王が眉間に深いシワを刻みながら尋ねてくる。


『どういう競技なのかわからないが、一枚一枚脱ぐのではないのかい?』


 ――ラオウって男は既存のルールで縛れない男なんだよ。


『ただの愚か者では?』


 否定はできない。実際、ラオウはまだやる気である。


「負けるわけにはいかねぇなっ!!」


 ラオウは叫びながら自ら靴と靴下を脱ぎ捨てた。もう素っ裸にリーチじゃないか。言行不一致すぎるだろ、こいつ……。


 なら、俺も負けるわけにはいかないので、とりあえず勝ち負け関係なくジャケットとワイシャツを脱ぎ捨て、上半身は裸になる。


「だから、アンタたち、なに脱いでんのよ!!」

「や~きゅ~う~……」

「話聞きなさいよ!!」


 叫ぶ女を後ろから「落ち着きなよ。大きい声を出すとロミオの言葉を聞き逃がすぜ?」とロミオが諫める。その発言を受けて、俺は瞬時に「こいつもやべぇ奴だな」と悟った。


「裸が最強のオシャレってロミオは言ったけど、それはロミオにだけ当てはまる。君たちが人前で裸を晒すのはオシャレじゃないよ」


 なに言ってんのかわからないが、とりあえずレスバを始めるしかないようだ。


「ミケランジェロのダビデ象はいいのか?」


 ロミオが俺のほうへと視線を向けてくる。


「ミロのヴィーナスだって生乳丸出しだろう? アレが良くてこれがダメは道理が通らん!」

「アレはアートだよ。ロミオと同じ芸術だから許されるんだぜ?」

「芸術とそれ以外の線引きは誰が決めんだよ? てか、てめぇがアートだとか言うなら、コンクールにでも出展したんですかね? それともそういう設定っすか? さっきからわけわかんねぇ不思議発言かましてよ。キャラ作ってんのか知らないけど、純粋にウザいって気づいたらいいんじゃないっすか? 勝手な予想だけど、男友達いなさそう」


 ロミオの笑顔が固まった。そして、俺の罵詈雑言を受け、女どもが騒ぎ出す。「ブス」とか「キモイ」とか言われても、全然効かない。どうでもいい。今、俺が叩くべきは、メンタルにダメージ受けてるイケメン君だけだ。


「あんれ~? アート作品だから何も言えなくて女の陰に隠れちゃいますか~? 別にいいけどね、俺たちはそれでも!」

「……社会通念の話をしてるんだ。裸になるのは正しくないよ」

「社会通念の話をするなら、最初にそこのテーブルで座っていた俺たちをどかすのはどうなんですかね? テラスのテーブルには予約制度なんてありませんよねぇ!? それとも、そちらさんの社会通念って自分に都合のいいことを言うんですかねぇ?」


 ロミオが顔を真っ赤にして何か言い返そうとしてきたが、そもそも最初に無礼を働いのがそちらという問題がある。やる前からアドバンテージ取ってるんだよ、こっちは!


「ロミオ君、かわいそう!!」

「Fクラスが調子乗るんじゃないわよ!!」

「だいたいキモいのよ!!」

「リーゼントとかダサいし!」

「ブスがロミオ君に喧嘩売らないでよ!!」


 ロミオファンクラブが厄介オタクファンのように俺たちを集中攻撃してきた。まあ、いじめられ耐性のある俺は、そよ風のようにしか思わないが、ラオウはメンタルにダメージを受けたらしく、いそいそと服を着始める。


 ヘタレやがった……。

 ツラはイカツいのにメンタルは乳幼児だからな、こいつ……。

 まあ、それを言えば、シュウもトーマも他人の振りで視線を逸らしている辺り、俺たちをパージする気満々らしい。


 だが大丈夫。

最初から連中には期待していないし、奴らが裏切ること前提で俺は動いている。俺は糞女どもの罵詈雑言を聞き流し、ロミオ君をメスガキ笑みで煽ってやった。


「ほら、外野の方々がお前さん、守ろうとしてるけど、どうするよ? こんな感じで俺たちも邪魔者扱いされたわけだけど、先に喧嘩売ってきたって赤ちゃんにだってわかるよな?」

「仮にそうだとしても、僕のことを思ってやってくれたことだ」

「立派だなぁ、おい! お前が責任取るってことでいいでちゅか~?」

「当然だ。彼女たちは僕の仲間なんだからね」


 キメ顔で言っているロミオを女子どもは惚けたように眺めていた。ま、こっちは言質を取れたから、どうでもいい。


「了解。じゃあ、俺たちはここで野球拳をしていいってことだよな?」

「なんでそうなる!?」


「お前は責任者として、お前ら全体の非を認めただろ? 俺たちのやってるこれは抗議活動だ。デモみたいなもんだな。海外だと素っ裸になってデモしたりする奴がいるだろ? アレと同じだよ。お前らが自分たちの非を認め、責任も認めるってんなら、俺たちの抗議活動を止める権利は無いよな~? それとも、なにか? また自分の都合のいい社会通念とかぬかして責任無いって言い張るかぁ? それでもいいぜぇ。でも、その瞬間から、てめぇは二枚舌の口だけカス赤ちゃん野郎だ。ママのおっぱいでもちゅーちゅーしてなぁ」


 やられ役のチンピラ顔になりつつ煽ってやったら、横でラオウが「どっちが悪者かわからん」とか言っていた。アホか、俺たちは最初から悪者だ。でもな、悪役は悪役で味方がいるもんなんだぜ。

 いつの間にか集まっていたギャラリーの男子生徒たちに向かって、俺は声を張り上げる。


「お前らもそう思わないか? こいつ、このまま女の陰に隠れて逃げたら、マジ、クソ雑魚じゃねぇ!?」


 瞬間、男子生徒からは「いいぞ!」「もっとやれ!」という声が響いて来る。まあ、ロミオをよく思ってない男子のほうが多いのは当然だ。だが、代わりに女子からは批難の声があがる。場は沸いた。注目も集まった。


 どうする? ロミオ君、お前、もう逃げられねぇぞ?


「なんか言うことないのかな~? それとも~、一人じゃなにも言えない赤ちゃんなんですか~?」


 俺がメスガキ笑顔で煽ってやったら、ロミオはフゥとアンニュイなキメ顔でため息をついた。


「君は口が悪いね。不快だよ、とても」

「でも、俺はお前と違って筋は通す。自分のケツは自分で拭く。女の陰に隠れて逃げたりはしねぇぞ?」

「いいよ。決闘でもなんでもしようじゃないか」

「ハッ! CクラスがFクラス相手に決闘の申し込みだぁ? 結局、てめぇは勝てる喧嘩しかしねぇ腰抜けじゃねぇか! 言っとくが俺は魔術スキルを使えない! そんな奴ボコって楽しむクズだって自分で認めるんなら、いいぜ、やってやるよ!」

「だったら、勝負方法は君が決めなよ。体力勝負でもなんでも受け入れるさ」


 ニヤリと笑い、オーディエンスに向かって叫ぶ。


「おい、お前ら! 今から俺とロミオで野球拳勝負するぞ!!」


 うおおおおおおおおっ! と場が沸いた。ロミオは普通に体を使った勝負を挑まれると思っていたのか「そんなの認めてない」と言ったが、無視して俺は声をはりあげる。


「賭けろ、賭けろ、賭けろ! どっちが勝つか賭けやがれ! おらおら、祭りのはじまりだぁぁっ!!」


 もう引き返せないくらい場をあっためてやった。

 ロミオは困惑したような顔をしていたが、アンニュイに髪をかきあげる。

 俺に丸め込まれている状況でもかっこつけることに余念の無いスタンスには、素直に脱帽した。


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