第22話・俺はファルスを信じる


 昼休みになり、ラオウたちと昼飯を中庭で食べていた。

 中庭自体は広くはない。コの字状の建物に囲まれた空白スペース。そこに花壇や噴水など、憩いの場だと強く自己主張してくるオブジェクトが並んでいる。


 こんな陽キャ御用達の空間に、俺たち陰キャFクラス囚人は、普段から近づかない。だが、ラオウが外で食いたいと言い出したので、各々の昼食を持って外に出てきたのだ。


 運よくテーブルが空いていたので、四人で使っていたら、エルフの女とホビットのロリ女が俺たちの前に立った。


 いったいなんの用だ? シュウがいるんだぞ?

 ほら、見ろ。ソッコーで視姦を始めてるじゃないか。こいつ、マジで最低だな……。


「あんたたち、どうしてこの席に座ってるの?」


 腕章を確認。Aクラスの連中だ。


「空いていたからでござるが、なにか問題でも?」

「ここはロミオ君の席って決まってるのんだけど?」


 ロミオというのはCクラスのイケメン冒険者だ。フルネームだと佐牟田露美雄。

 男性アイドルDチューバ―として活躍しており、実力は大したことないのだが、その甘いマスクで女性冒険者をタラシ込み、つよつよ女性ハーレムパーティーでダンジョン攻略をしているナイスガイである。あやかりたいもんだ。


 まあ、いわゆる男版ルナみたいな奴なのだが、えてしてアイドルというものはファンの質を選ぶことはできない。ツラがいいというだけで寄ってくる連中は、それに比例して頭が悪いのが世の常だ。


 正直「だったら土地の権利書でも持ってこいよ」くらい言ってやろうかとも思ったが、いろいろ面倒くさいなと思った。声の大きい女を敵に回すとロクなことが無い。


「さーせん」


 と、まったく反省してない謝罪をして俺は立ち上がる。それに続いてラオウは舌打ちを鳴らし、弁当を持って立ち上がった。シュウとトーマも無言のまま席を離れる。背後で「なにあいつら」とか「ブスが調子乗るな」とかひどい言われようだった。


 やっぱりレスバしかけて泣かしてやればよかったかな?


 と思いつつも、俺たちは花壇の縁に腰をかけ、昼食を再開する。トーマがカツサンドを噛みちぎるように頬張りながら口を開いた。


「腹が立つでござるなぁ」


 その横でシュウが穏やかに微笑む。


「そうカッカすんなよ。今、頭の中で、あいつら寝取って孕ませてるからさ。お前も混ざるか?」

「……シュウの人生は楽しくていいでござるね」

「そんなに褒めるなよ」

「憐れんでるでござるよ」


 そんな救いの無い会話をしていたら、噂のイケメンが女子に囲まれながらやってきた。さすがは有名なハーレム野郎だけあって、オーラのようなものがある。


「腹は立つが確かにイケメンだよな……」


 ラオウの言葉にシュウが「確かにギリイケるな」とか言っている。性の獣の発言に寒気がしてきたが、あえて触れずに聞き流す。

 先ほど絡んできた女どもがロミオに何か言い、その会話の流れで俺たちに言及があったのか、こちらへと視線を向けてきた。


「かわいそうな奴らなんだから、あまりイジメちゃダメだよ。でも、席を確保してくれてありがとう」


 とシュウがブツブツ言っていたので「なに今の発言」と尋ねる。


「読唇術だ」

「どうしてそんなことできるんだよ?」

「ギャルの会話を把握したいからに決まってるだろ?」


 こいつの性衝動には引く以外のリアクションが思いつかない。


「しかし、真央殿、ムカつきませぬか? 今の発言」

「普通にムカつく」


 だからと言って、喧嘩を売りに行くというのもな……。

 今の俺なら勝てるが、魔術スキルが使えることをバレたくはない。ジレンマだ。


「拙者たちがこんな屈辱を受け、連中が楽しそうにドスケベライフを送ること、許せぬでござる」

「ああ、俺だって現実でドスケベハーレムを作りたい」


 シュウの言葉にラオウが「でも、俺たちが喧嘩売ったら停学食らうぜ?」と言う。この学園は実力主義なので、基本、上位クラスの言動が優先される。最下層のFクラス生徒に人権は無いのだ。嫌なら辞めろ、というのが学園側のスタンスである。


「拙者に一計があるでござるよ」


 ニヤリとトーマが悪い笑みを浮かべたので「とりあえず言ってみ」と答えた。


「野球拳の計でござる」

「なんだそれ?」

「真央殿とラオウ殿が、あのクソイケメンの前で野球拳を始めるでござるよ。野球拳をしてはいけないという校則は無いでござる」

「まあ、そんな頭の悪い想定してないからな」

「クソイケメンの取り巻きどもは騒ぐでござろうね。当然、クソロミオは女どもにいい顔をしたいから二人に野球拳をやめるように言ってくるでござろう」

「まあ、俺でもそうするな」

「そこでクソロミオに野球拳で決着をつけるように煽るでござる。奴のようなツラの男は自分の裸体を晒す勇気は無いでござろう。仮に乗っかってきたとしても、最後までは脱がないでしょうな。そこで男としての格の違いを見せつけ、どちらがオスとして上から証明するでござるよ!」

「なるほど……」


 とりあえず頷いておく。ラオウが「いいアイデアだけどよ」と前置きして尋ねた。


「乗ってこなかったらどうするんだよ?」

「乗ってこなければ、二人で野球拳を続行するだけ。糞女どもはクソにたかるハエの如く散っていくでござる。勝利!」

「……乗ってきても普通にジャンケンで負ける可能性もあるぜ?」

「そこでござる。素っ裸になっても、あのクソイケメンに勝てる男が一人、この中にいるでござる」


 シュウが「俺か?」とか言っていたが、誰もツッコミを入れない。ロミオの性格も問題ありそうだが、シュウはそれ以上にヤバい奴だ。性格以外は一個も太刀打ちできまい。


「真央殿、お主ならば、かの邪知暴虐のクソロミオに勝てるでござるよ」

「どういうことだ?」


 と、シュウが尋ねてきた。その疑問にラオウが答える。


「デカいんだ、こいつのチンコは……」

「ああ、俺の折檻棒は普通にデカい」


 と真剣な顔で俺もうなずいておいた。


「すげぇIQの低い会話してるって自覚ある?」

「リアルIQの低いドスケベ獣人に言われたくないでござる」

「いや、でも、真央はどうなんだよ? 嫌なんじゃねぇのか? チンコ出すんだぞ?」


 たしかに普通の奴なら局部を晒すことに忌避感があるかもしれない。


「……俺はな、自分のチンコに救われた過去がある」


「なんだ、そのイカレたパンチラインは……」

「俺はガキの頃からイジメられていた。まあ、親が有名冒険者なのに俺は無能力者だからな。両親が死んでからは、それに拍車がかかってさ」

「大変だったな」


 というラオウの言葉に「お前も最初はイジメる側だったからな」と言い、話を続ける。


「とはいえ、俺は素手ではそこそこ強かったから対応できてたんだけど、中学の頃に複数人に押さえ込まれてな」

「想像するとドスケベな光景だな」


 シュウが興奮しているのが怖い。


「まあ、その流れで俺はズボンとパンツを脱がされてよ……」

「けっこうガチめにイジメられてたんだな」

「でもな、次の瞬間、俺をイジメていた連中の動きが止まったんだよ。俺の魔羅のデカさに引いたんだ。その隙に俺は拘束から抜け出し、全員にフルチンデスパンチよ。次の日から、俺はイジメられなくなった。もし、あの時、俺の陰茎が小さかったら、あいつらの拘束からは抜け出せず、写真とか撮られてデジタルタトゥーを刻まれてただろうな……」


 とにもかくにも無能力者には住みにくい場所なんだよ、D特区は……。


「だから、俺にとって俺の肉棒はヒーローみたいなもんなんだ。晒すことに何の後ろめたさも無い……」

「社会通念ぶっ壊れてんじゃねぇのか?」

「性の獣に道徳説かれたくないんだが?」


 シュウは「なるほど」と言ってから続ける。


「……よくわかんねぇけど、最悪、チンコのデカさでクソロミオにマウント取れるってことか?」

「そういうことでござる。負けても勝てる完璧な策でござるよ!!」

「IQ低いこと言ってる自覚ある?」


 まあ、シュウの言うとおり愚かな策であることは変わらない。だが、そもそも暴力での嫌がらせはAクラス冒険者の集まりに勝つことはできないだろう。


 しかし、この方法なら安全かつスマートに嫌がらせができる!


「俺はやられたまま泣き寝入りしたくはないんだよ、シュウ」

「そうだな、兄弟、つきあうぜ」


 ラオウが俺の肩に手を乗せ、立ち上がる。


「いや、お前ら、マジで行くのかよ?」


 自分がクズだという自覚はあるのだが、連中もクズだし、クズにクズ行為で返すのが俺のスタンスだ。てか、やっぱ、ムカつくわ。あのクソ女ども。誰がブスじゃい! 莉子はいつでも「お兄ちゃんかっこいい!」って言ってくれるんだぞ!!


「きっちり野球拳であの無礼な女ども、泣かしてきてやるよ。お前はその涙を今夜のオカズにしな」

「……ああ、わかったよ。きっちりお前らの分まで視姦してやる。無関係を主張できる位置からな」

「拙者はヤバくなったら逃げるでござるから、あとは自己責任でお願いするでござる」


 そんな薄くて浅い男の友情を交わし、俺とラオウはロミオたちのほうへと歩いていった。


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