第16話・天童天樹の危機


 天童天樹はガムシャラに魔術スキルを使っていた。だが、どんな攻撃魔術スキルも目の前の男には通用しない。


 金髪ツーブロックの男が剣を振り、火球操炎フレイムを消し飛ばす。その周囲には球体の自動追尾カメラが浮いており、天樹や仲間たちを捉えている。

男は嗤いながら剣を肩にかついだ。


「ルーキーってのはかわいいねぇ! 使い慣れてねぇって見え見えだぜ!」


 既にヒーラーの峰岸は足を負傷して動けなくなっているし、前衛の高浜も腕から血を流し、半泣き状態だ。


「なんなんだよ!」


 叫びながら天樹が火球操炎フレイムを放つが、男の魔粒子障壁プロテクトによって雲散霧消した。


「逃げる奴を狩る企画も人気があるんだけどよ、やっぱ拷問からの解体とかが視聴者ウケ良くてなぁっ!! 風刃走破エアリアル!」


 突風に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。背中に衝撃。同時に右足に痛みが奔る。視線を向けた瞬間、鳥の羽のついた針のようなものが刺さっていた。とっさに引き抜こうとしたが、熱が血潮に乗って全身を駆け巡る。すぐに体が動かなくなり、その場に崩れ落ちた。


「魔粒子使った麻痺毒だ。特注なんだぜ?」


 男がヘラヘラ笑いながら近づいてくる。他の仲間たちも天樹と同じように倒れていた。


(ルーキー狩り……)


天樹にとって初めてのダンジョン探索だった。

 クラスで気の合う仲間五人と初めてパーティーを組み、引率者として知り合いである中級冒険者の鳴海正宗にリーダーをしてもらうことになったのだ。

 最初はよかった。


 みんな、初めてのダンジョンに声をあげ、喜んだ。

 だが、鳴海がトラップにかかってしまってから空気が変わった。


 転移トラップに鳴海がハマり、残されたのは初級冒険者五人だった。鳴海を探しに行くという判断は無かった。ミイラ取りがミイラになるようなものだ。

 満場一致でポータルに戻り、鳴海の捜索は冒険者協会に頼もうと意見が一致した。


 その瞬間、男から襲撃を受け、今、こうして五人の仲間たちはダンジョンに転がっている。


「女が二人か……へぇ、リア充パーティーじゃん。いいね、いいね、そういう奴らをぶっ壊すってのは、再生数回るんだよ」


 男は嗤いながら峰岸の腹を蹴飛ばした。今すぐ男をぶった斬ってやりたいのに、体が動かない。


「は~い、これからメスヒーラーをボコボコにしまーす。ほら、名前を言えよ!!」

「やめっ!」


 男が楽しげに峰岸を足蹴にする。

 好きな子が暴力にさらされている。目の前で泣いている。だというのに、自分は代わりに蹴られてやることもできない。


(動け、動け! どうして動かないんだよ!!)


火球操炎フレイム!!」

「いやああああああああっ!!」


 峰岸の腕が炎で焼かれ、絶叫が響く。


「そうそう、叫べよ。でも、助けなんて来ないぜぇ!! 俺の規格外魔術ユニークスキルは結界系だからなぁ! お前らの叫びも外に届かなきゃあ! 俺の結界に勝手に入れる奴もいねぇんだよ!!」


「いや、普通にいるけど?」


 その声に視線だけを向ける。


 仮面をかぶったジャージ姿の人物が立っていた。

絶望した。

 一人だけじゃなくて仲間がいたのかと思った。


「お前、なんだ?」


 だが、天樹の予想に反して、初心者狩りの男は仮面の男に視線を向ける。


 変な仮面だった。額に『天誅』と書かれていた。

目の部分はゴーグルのようになっており、口元だけは見える。それに黒いジャージ姿だ。およそ、冒険者が着る服装ではない。そして、手にダンジョンフォンを持ちながら、男を撮影していた。


風刃走破エアリアル!!」


 男が魔術スキルを使う。同時に麻痺針を風に乗せているのが見えた。

 だが、仮面の男は、その場に根を張った木のように微動だにせず、いくつもの麻痺針が体に刺さっていた。

 だが、倒れない。


「いきなり魔粒子毒か……」


 嬉しそうに仮面の男がつぶやく。


「これで正当防衛成立だよなぁぁっ!!」


 Dフォンを構えながら仮面の男が初心者狩りに踏み込む。


風刃走破エアリアル! 風刃走破エアリアル!! 火球操炎フレイム!!」

魔術障壁プロテクトじゃ、ボケぇぇっ!!」


 連射される魔術スキルをものともせず、仮面の男は初心者狩りに接敵。


「どうして動けるんだよっ!?」

「天誅仮面だからだよっ!!」


 仮面の男が初心者狩りの胸に拳を当てた瞬間、ドンと音が鳴り、初心者狩りがぶっ倒れた。そのまま胸を押さえながら地面を転がる。


「これが天誅仮面の必殺デスパンチ! 相手は死ぬ!!」


 そう言いつつ天誅仮面と名乗った男は、峰岸のほうへと近づき「治癒魔術ヒール」とだけ発した。焼けただれていた峰岸の腕がみるみる元に戻っていく。


「おい、女、状況を説明しろ」


 驚きに峰岸が惚けているようだ。


「安心しろ。俺は天誅仮面。世にはびこる迷惑系動画配信者に天誅を下す者。この動画をあげる際、お前らの顔はきちんと加工してボヤかす。必要なら声もな」


 そう説明してから、それでも「あ、はい」としか反応しない峰岸に天誅仮面は肩をすくめた。めんどくさそうに天誅仮面は俺のほうに近づいてくる。そして、俺に触れつつ「治癒魔術ヒール」と口にした。


 体中に走っていた違和感が一気に吹き飛ぶ。


「もう動けるだろ?」

「あ、えっと、マジでありがとうございます……」

「いや、そういうのいいから。いや、どうなんだ? 動画的に感謝の言葉はあったほうが視聴者的にはウケいいのか?」


 ブツクサ言いながらも天誅仮面はカメラを回し続ける。


「とにかく状況を説明しろ。お前ら、被害者でいいんだよな? でないと、俺が迷惑系になっちまう」

「あ、はい! 俺たち、初心者で、その引率の先輩とはぐれて、そしたら、あいつに襲われて! あいつ、絶対ルーキー狩りですよ!」


 初心者冒険者を狙った冒険者狩りだ。裏動画配信サイトが流行りだしてから、その数が増えて、被害者も増加していると聞いたことがある。


「引率の奴はどこ行ったんだ?」

「転移トラップで……」

「どうせグルだな……」

「え? そうなんですか!?」

「確証は無いけどな。ま、そこに転がってるバカに聞けば話は早い」


 言いながら初心者狩りのほうへと視線を向けていた。


「全員助けてやるから動画撮影に協力しろ」

「あ、はい」


 そう言いながら天誅仮面は倒れていた仲間たちのもとへと歩いていった。


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