第15話・こうして俺は決意した


 ポータルのある新宿は東京ダンジョン特別自治区一の繁華街であり、冒険者向けの歓楽街としてにぎわっている。夜になれば、赤、青、黄色と様々なネオンサインが光り輝き、ポータルのある白い塔は薄っすらとライトアップされるのだ。


 塔の外観は、形で言えば原子力発電所にある巨大で台形な煙突に近い形をしていた。むしろ、その辺と形を合わせているのではないか? と勘ぐってしまうほどだ。


 そんな塔の裾野を、俺は魔王と一緒に歩いていた。


『どこに行くんだい?』


 ――買い物だ。


 と、端的に答えたら『なにを?』と再び尋ねられた。


 ――仮面だ。


『……顔を隠す?』


 ――そうだ。


『なぜ?』


 ――ダンジョン動画配信は金になる。それはお前も理解してるだろ?


 魔王は『実感はないけどね』とうなずいた。


 ――だが、動画配信者で収益を得ているのは全体の10パーセント。そこで大儲けできるようになるには、もっと数が限られてくる。ただの学生がいきなり始めても勝算が無い。


『なるほど。目立つ必要があるというわけか……』


 話の理解が早くて助かるが、頭の回転の速さに怖さも覚える。


 ――で、昨今、迷惑系動画配信者というのが問題になっているんだよ。冒険者に嫌がらせしたり、ダンジョン荒らしたり連中だ。


『君をハメたような人間だね』


 ――そうだ。で、俺はそいつらをしばいて回る動画を撮ろうと思う。遊佐のクズどもの自首動画で400万再生だぞ? やるっきゃねぇだろ。


『そこまでは理解したけど、なぜ仮面なんだい? 目立つためなら動画内でやる手段で目を惹けばいい。むしろ、君自身の顔を出したほうが見ている人間も信用してくれるんじゃないかな?』


 ――俺は目立ちたくないし、冒険者にもなりたくない。


『冒険者育成用の学校に通っているのに?』


 ――学費がほぼタダだからな。あのクソ叔父どもが学費を払ってくれるわけないだろ。


 このままだと莉子まで冒険者用の学園に放り込まれてしまう。それはダメだ。俺が稼いで、莉子を普通の高校に入れてやらなければならない。


――それに目立てば、俺の両親みたいに、イカレ野郎どもに狙われる。そんなの、俺は御免だよ。


『……危険な行為は推奨したくないな』


 ――どのみちお前の願いを叶えるためにはダンジョン入って魔粒子結晶を食わないといけないだろ? 危険なのは変わらん。


『別に魔粒子を取り込むだけなら、その辺に漂っているモノを吸収するだけでもいいんだけどね……』


 ――なにそれ? 寝てるだけで強くなるってこと?


魔術スキルだけは覚えられるよ。魔粒子結晶を接種したほうが速いのは確かだけど、無理してダンジョンに入る必要は無いんだ』


 そう言いながら魔王は俺の前に回り込んできた。思わず、足を止めてしまう。そんな俺を魔王は上目使いで見上げてきた。


『私は君が大切だよ。こちらの世界の言葉で表現するなら……そうだな、愛していると言ってもいい』


 クスリと微笑みかけてくる。一瞬、見惚れそうになったので、自分の顔をぶん殴った。酔っ払いのおっちゃんが「クスリでもやってんのか!?」とか叫んでいたが、どうでもいい。


『自傷行為はやめてほしいな』


 ――うるせぇ、クソ魔王。俺は騙されないからな!


『別に騙す気なんて無いんだけどね……誰だって自分のことは大切にするだろ? 私にとって真央は自分の一部なんだ。だから愛しているし、大切にするよ。当然、危険なことはしてほしくない』


 そう言いながら殴った頬に手を伸ばしてくる。生まれたばかりの赤ん坊に触れるような、おっかなびっくりとした所作だ。触れられた感触は無いのに、温かみを感じてしまった。俺は舌打ちを鳴らし、羽虫を払うように手を振り回す。

 魔王は悲しげに苦笑を浮かべながら俺から距離を取った。


『気に障ったなら謝るよ』


 俺は未だに魔王のことを信用していない。

 そもそも魔王と言うくせに見た目が俺にとってどストライクだというのが怪しい。しかも、俺にとって都合のいいことばかり言いやがる。なにが愛している、だ? 出会ってまだ数日だぞ? まあ、宿主として重宝するのはわかるが、自宅とか自分の部屋への愛着程度だろう? それを仰々しく「愛している」などと表現するのが胡散臭い。


 全ては、俺を篭絡し、都合のいいようにコントロールするための擬態だと見るべきだろう。


 悪党は笑顔で近づいてくる。


 叔父たちの件や遊佐の件で、この世の理不尽さは嫌というほと学んできてるんだよ、こっちは!!


 ――とにかくダンジョンには入る。あの家から出てくには金が必要だ。


 魔王は呆れたように大きなため息をついた。


『君がやると言うなら従うさ。ただし、無茶はしないと約束してほしいな。君が心配なんだよ』


 ――言われなくても莉子が一人になるようなことはしない。


『でも、戦闘にはなるだろ?』


 ――生身の戦闘技術はガキの頃、親父とお袋に仕込まれてる。


 素手での喧嘩や戦闘なら負ける気はしないが、いかんせん魔術スキルを使われたら、武術やら格闘技なんて意味を成さない。打撃は魔粒子障壁プロテクトで防がれるし、魔術スキル一発で、こっちの肉体は破壊される。


 ――お前、魔王なんだし、魔術スキルを使った戦闘技術にも長けてるんだろ?


『強くなければ魔王を名乗ったりはしないよ』


 ――魔術スキルを使った戦闘技術を俺に教えろよ。俺が強くなれば、その分、お前の心配も減るし、目的達成も早まる。


『……強さに意味なんて無いが……意味のある強さはあるか……』


 なにやらブツクサ言ってから『私に断る権利は無いからね。君に従おう』と微笑んだ。


『私が君を強くしてあげるよ、真央』


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