第11話・結局、俺は家に帰った
いろいろありつつも、やっとのことで自宅マンションに到着した。
いわゆるタワーマンションと呼ばれる高層住宅だ。魔王は『随分と高い建築物だね』と驚いていた。家の鍵を持たせてもらっていないため、エントランスで自宅の番号を押す。出たのは叔母だ。
「真央です。今帰りました」
「…………」
叔母は無言のまま通話を切り、エントランスの鍵が開く。そのままエレベーターを使って三十四階まであがった。家の前で再びインターフォンを鳴らすと、鍵が開く。
「おかえりなさい、お兄ちゃん」
黒髪ボブカットの少女がホッとしたような笑みを浮かべて迎えてくれた。
パッチリ二重の丸い目は、やや垂れている。穏やかで、いつもにニコニコ笑っているような中学生女子だ。兄の欲目じゃないが、我が妹の莉子はどこに出しても恥ずかしくない美少女だと思う。
だが、着ている服はみすぼらしい。小学生の頃に着ていたジャージは裾が短くなっており、肘や膝の部分や裾がほつれているし、場所によっては色の違う糸で補修されていた。
俺は莉子の頭をワシワシと撫でながら「ただいま」と笑顔で応える。
玄関で靴を脱ぎ、靴箱に入れった。高級タワーマンションだけあって、廊下は長いし、部屋数も多い。リビングやダイニングはバカみたいに広いのだが、そちらのほうには近づいてはいけなかった。何やら叔父家族が談笑している声が聞こえてきたが、俺と莉子は気配を消すように廊下を歩き、突き当たりの部屋へと入る。
この部屋は俺と莉子に与えられた居住スペースだ。
ボロボロの二段ベッドに、ガタガタに揺れる折り畳みのちゃぶ台。そのちゃぶ台の上には、ノートと教科書が置かれていた。莉子が勉強でもしていたのだろう。
「お兄ちゃん、夕飯食べた?」
食べてはいない。だが、まあ、今さら言っても詮無いことだ。俺は鞄を無造作に置きながらちゃぶ台の前に座る。すると、莉子も俺の隣に体を寄せてきた。
「俺は食べてきたよ。莉子は?」
「うん、もう食べた」
「ちゃんともらえたのか?」
「うん、大丈夫」
「そうか」
言いながら莉子の頭を撫でる。すると莉子は「えへへ」と照れたように笑うのだ。莉子はそのまま体をくっつけてきたのだが、なにかに気づいたのか勢いよく離れた。
「お兄ちゃん、この服どうしたの?」
「え?」
「違う人の臭いがする……」
ジッと見据えられた。臭いでわかるもんなのか? と俺も自分の服の臭いを嗅いでみたが、よくわからなかった。
本当のことを言えば、莉子が心配してしまうので、テキトーに誤魔化すしかない。
「いろいろあって汚れちまったから、ツレに借りた。ほら、制服汚したりすると、あいつらがうるさいだろ?」
あいつら、というのは叔父や叔母のことを指す。
「ふ~ん……」
莉子は納得してないようだったが、これ以上、踏み込んではこなかった。
不意に勢いよく部屋の扉が開く。
立っていたのはメガネをかけた中年の男性だ。でっぷり太っており、まるで
「なんだ、帰ってたのか」
叔父は舌打ちを鳴らしながら俺を見る。俺は座ったまま叔父を睨む。
「なんすか?」
「帰ってくるのが遅ぇぞ」
「さーせん」
叔父は再び舌打ちを鳴らす。
「そういう人を舐め腐った態度、あいつにそっくりだ」
なにも言わずに無言で睨み返していたら、叔父は舌打ちを鳴らして部屋を出ていった。俺がいないと思って部屋に来たというのが、気に入らない。変態クソ野郎め……。
「……俺がいない間になにかされてないか?」
「大丈夫」
莉子がポツリとつぶやく。
「帰りが遅くなって悪かったな……」
「ううん、大丈夫」
莉子はいつだって「大丈夫」と言う。両親が死んだ時も、あのクソ野郎に押し倒され、レイプされかかった時も、強がって「大丈夫」と言う。そして、その都度、素直に甘えさせてやれない俺自身が情けなくなるのだ。
「風呂に入る時は言えよ。俺が見張っとくから」
「なんなら一緒に入る?」
「歳を考えろよ」
苦笑しながら莉子の頭を撫でてやった。
生きて帰れてよかったと心底思う。
死ぬなら莉子を幸せにしてからだ。
それが兄貴として俺にしかできないことなんだから。
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