第12話・俺は信じることが嫌いだ
『複雑な事情があるみたいだね』
さて寝るか、とベッドに入ったところで魔王が話しかけてきた。目を開けば、目の前に金色の瞳をした美少女の顔面である。
びっくりして「うおっ!」と声をもらしたら、二段ベッドの上から「お兄ちゃん、どうかしたの?」と眠そうな莉子の声が聞こえてくる。
「いや、なんでもない」
と誤魔化しつつ魔王を睨んだ。魔王は仰向けに寝ている俺と並行になるような形で、宙に浮いている。
――距離近いんだけど?
『なにか不都合でもあるのかな?』
クスリと嫣然とした微笑みを浮かべる辺り、確信犯なのだろう。やはり信用しきるのは危険な奴だ。魔王は空中でクルリと回転しながら俺の腹の上に正座するように座った。重さは無い。まるで怪談に出てくる幽霊のようだ。
『それで、君の家庭事情にはいささか複雑な事情があるようだけど、あの男女は君の両親なのかな?』
――叔父と叔母だよ。俺の死んだ親父の兄貴夫婦。
『君の両親はどういった理由で消失したんだい?』
――冒険者だったんだよ。特級のそこそこ名前の通ったな。で、ダンジョン動画配信とかの走りみたいな時に活動しててさ。
ガキの頃は両親が有名人だったから、俺もいろいろ凄いとか言われたっけ? まあ、俺の場合、無能力者だから、むしろ「あの親なのに?」とか「血がつながってないんじゃない?」などと陰口を叩かれたけどさ……。
――チャンネル登録者数も四百万人とか越えててさ、莉子も時々出てたりしたんだぜ。
神野家の一番いい時代だ。
――でも、まあ、目立つってことは、それだけ頭のおかしい連中を引き寄せる。イカレた冒険者狩りに殺されて、死体をネットでさらされた。さらし首ってやつ?
もう五年も前の話になる。
――いつか仇を討ってやる! って躍起になったけど、その犯人も冒険者協会の
復讐の拳を振り上げた瞬間、振り下ろす対象が無くなったわけだ。
――で、俺と莉子はあのクソ野郎どもに引き取られた。なんやかんやで親父とお袋は金持ってたからな。その遺産で、こうして高級タワマン暮らしよ。俺と莉子の部屋は物置部屋だけどさ。
叔父と叔母も最初は笑顔だった。
両親が所属していたパーティーリーダーが俺と莉子の面倒を見ると言ってきたが、それを強引に断わり、俺と莉子を引き取った。後は、小悪党のよくあるパターンだ。
両親の金で自分たちが好き勝手に暮らすという典型的展開。俺と莉子は飯を抜かれることさえあるネグレクト状態。更にガキの頃は、何かとぶん殴られたりもした。
一年前、莉子が、あのクソ野郎にセクハラされた時にボコボコにしてやってからは、殴られるなくなったけどな……。
まあ、そのせいで警察沙汰になったりして、もう少しで前科がつくところだった……。
『この世界の法は知らないが、逃げ出せないのかい?』
――どうやって?
『だから法に頼ればいい。法というのは弱者を救済するためにある』
――生憎、ダンジョン特区の法律はザルでな。金を使えば、いろいろ融通が利くんだよ。
外の世界みたいに児童虐待を誰かが守ってくれるような制度は無い。仮にあるとしても、法律家なり権力者なりに金を払って、うまいことやるしかないのだ。
実際、叔父をぶん殴った時も、自警団の連中に俺たちの境遇やらを説明したけど、特に何かしてくれることは無かった。別に怒ったり恨んだりはしない。
他人に期待したって意味が無いことくらい、とうの昔に学んでいる。
――目の前のクソな展開を覆せるような金なんて、俺には無い。両親の遺産もクズに食いつぶされて、ほとんどゼロだろうさ。
だから、俺は魔王みたいに笑顔で近づいてくる人間を信用しない。
――弱けりゃ食われる。ここはそういう世界だ。ま、俺が働けるまで生きてこれただけマシだな。とっとと金稼いで、莉子と一緒にこんな家とはオサラバしてやる。
『君もなかなかハードな生い立ちのようだね』
――冒険者を親に持つ奴なんて、大なり小なり死に別れだよ。ロクなもんじゃない。
『私も君の人生が上向きになるよう尽力しよう』
――好きにしろ。
期待という態度は他人任せ。信じるという行為は思考の放棄。
どちらも俺の嫌いな言葉だ。
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