第7話・立花真鈴と陽物


 立花真鈴は生配信系Dチューバ―である。


「えと、その……今日のキャンプ、がんばります」


 笑顔を意識しながら言うのだが、ニヘラと片笑みのようになってしまう。誤魔化すようにピースもしてみたが、どうにもうまくいかない。


:マリンちゃん、がんばって!

魔粒子感知サーチ忘れずに!


 生配信チャンネルでは、視聴者数358人と表示されていた。


 ドローンカメラは真鈴の意識に反応して飛び回り、今は顔を映している。その動画とコメントが、真鈴の視界内に空中投影されるように映っていた。真鈴がつけているスマートコンタクトレンズの影響だ。こちらも魔粒子技術によって脳波に反応して動画を消したり、拡大できたりする。


:ソロキャン気をつけて

:キャンプは火

:焚火やんの??

:マリンちゃん、かわいい


 あっという間にコメントが流れていく。Dチューバーになってから半年になるが、未だにコメントを読み上げるのが苦手だ。それでも、できる限り、返そうとがんばってみる。


「あ、はい。焚火はやります。キャンプ用の簡易結界装置は買ってきました……」


 笑顔は強張ってしまうし、声も震えてしまう。

 第一階層と言っても、ダンジョンはダンジョンだ。外の世界で言うクマやライオンより狂暴で戦闘力の高い魔物モンスターが、わんさかといる。


 そんな中でソロキャンプをするなど、どうかしていると自分でも思う。


(でも、見てくれてる人に少しでも返さないと……)


 不意に魔粒子感知サーチに何者かの気配を捉えた。


「あ、魔物モンスター、みつけました」


:マジで!?

:マリンちゃん、気をつけて!

魔力感知サーチ忘れずに!


 心音が耳の横でがなり声をあげるようになっている。膝が震える。でも、逃げるわけにはいかない。真鈴は通路を進み、壁に背をつけながら、大きな通路をのぞきこんだ。今まで歩いていた通路は狭かったが、先の通路は幅も天井の高さも倍以上はあった。

 道幅は十メートル、高さは二十メートルくらいだろう。大通りと呼ばれる通路は、他の小さな道よりも壁を走る紋章の数が多い。そして、輝きもまるで太陽の下にいるかのように明るいのだ。


 その大通りの端っこに白い毛むくじゃらの魔物モンスターが眠っていた。おそらく、ダイアウルフだろう。見た目は毛の長いハスキー犬だが、人間に対して攻撃的で狂暴。鋭い歯で首を狙ってくることが多く、攻撃を受けて死ぬ初心者も多い。


火球操炎フレイム!!」


 右手に生じた火球が大型の犬へと飛来する。


 真鈴の火球操炎フレイムをダイアウルフは察知し、俊敏な動きで横に跳んで躱した。


:ダイアウルフだ!

:ちゃんと狙わないと!


 これまで以上の速さでコメントが流れていく。

 それだけで真鈴もテンパってしまう。指示が多いと何を聞けばいいのかわからなくなり、そんな風に右往左往しているうちにダイアウルフが距離を詰めてきていた。


「ひっ! 魔粒子障壁プロテクト!!」


 襲い掛かってきたダイアウルフが不可視の壁に激突し、ボールのように跳ね返っていく。


:反撃!!

:フレイムかボルト!

:今度は外さないで!


「ふ、火球操炎フレイム!!」


 こちらをうかがっていたダイアウルフに火球が飛来、爆散する。


:追い打ちも忘れちゃダメ!

:ボルトボルト


雷霆疾攻ボルト!!」


 爆炎の中でのたうっていたダイアウルフを稲光が貫く。ビクンと跳ねあがったあと、動かなくなった。同時にダイアウルフが魔粒子の霧となって消失していく。


 ホッと一息ついたら、緊張がほぐれ、膝から崩れ落ちてしまった。


:マリンちゃん、大丈夫?

:あぶなかったね

:でも、警戒は忘れずに!


「……うん、ありがとう」


 視聴者にお礼を言いつつ、立ち上がる。倒したダイアウルフの魔粒子結晶を確保しようと動いたところで「え!?」と思わず、声をもらしてしまった。


 通路の奥へと視線を向ける。道は二十メートルほど先で左に曲がっていた。


 魔粒子感知サーチに引っかかっている魔物モンスターの数が、十を越えているのだ。左からだ。左から魔物モンスターが走ってきている。


(誰かを追いかけてる……?)


 逃げる人間大の魔粒子の塊を、複数の魔物モンスターが追いかけてきているのだ。だが、途中で逃げていた冒険者と思われる存在の反応が消えた。


(こっち来る……!?)


 次の瞬間、興奮したダイアウルフの群れが、飛び出してきた。


火球操炎フレイム!」


 半狂乱になりながら魔術スキルを放つ。コメントが物凄い勢いで流れていく。真鈴の放った魔術スキルは躱され、ダイアウルフの群れは真鈴を敵と認識。唸り声をあげながらが一斉に飛び掛かってきた。


魔粒子障壁プロテクト!!」


 必死になって魔術スキルで攻撃を受けるが、魔物モンスターの数が減るわけではない。十体を越えるダイアウルフは真鈴の退路を断つように、四方を取り囲んでくる。


:群れになったダイアウルフはマジでヤバいって!

:誰か近場で動ける冒険者いないのかよ!?


 コメント欄も半狂乱になっていた。

 ダイアウルフは真鈴に攻撃魔術スキルを使わせまいと、波状攻撃のように飛び掛かってくる。その都度、真鈴は魔粒子障壁プロテクトで攻撃を弾くことしかできない。


:マリンちゃん、魔粒子切れる前に逃げて!

:無理だ! 囲まれてる!!

:おい、マジで誰か助けに行ける奴いねぇのかよ!?


 一瞬、視界が白く明滅した。


 魔術スキルは体内に吸収された魔粒子を消費することで使用できる。その魔粒子が無くなれば、当然、魔術スキルは使えなくなるのだ。


(もうダメ……)


 魔粒子切れで目の前が白くなる。

 よだれをまき散らしながらダイアウルフが大口を開け、真鈴に飛び掛かってくる。


(……嘘……?)


 世界がスローモーションに流れていく。

 だが、次の瞬間、飛び掛かってきたダイアウルフがひしゃげながら横に吹っ飛んでいった。

 そして、その後を追いかけるように錐もみ状に回転しながら飛んでくる足。

 脛。

 太もも。

 股間。

 遠心力に逆らわず、なにか棒状のモノが目の前を通過していく。


「え?」


:ちんこ!

:チンコ!

:tintintintintintintintin

:でっか!!

:揺れすぎ!!

:ズル剥けやんww

:デカすぎてウケたw

:突然の露出狂wwwww


「俺の邪魔すんじゃねぇ! 犬どもぉぉぉっ!!」


 半裸の男がダイアウルフを殴り飛ばしていた。だが、次の瞬間、腰に巻いていたボロ切れをダイアウルフに引っ張られ、途中から全裸になってしまう。


「くたばれやぁぁっ! 火球操炎フレイム!! 火球操炎フレイム! 火球操炎フレイムぅぅぅっ! あはははは! 魔術スキルってのは最高だぜぇぇっ!! 毎日てめぇらの群れを一つ焼いてやるぁぁっ!!」


 笑い声をあげながら、裸の男が火球操炎フレイムとは思えない高火力の魔術スキルを撃ちまくっている。


:めっちゃハイやんw

:いい尻えくぼだww

:チンコ出しながら笑うなww

:てか、あいつ、すごくね?

:チンコしか目に入らんww

:駄目だこいつ、早くなんとかしないとwww


「逃がさねぇからなぁぁぁぁぁっ!! まとめて天誅かましてやるぁぁぁっ!!」


 男は叫びながらダイアウルフが走ってきたほうへと駆け去っていった。


「なに、あれ……」


 一瞬の出来事すぎて感情が追いつかない。

 顔すら思い出せない。


 思い出せるのは、生まれて初めて見た父親以外の男性器だった。


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