第5話・だから俺は復讐を決心した


 一分が一時間に感じるような濃密な時間が終わり、やっと痛みが消えた。

 下半身は丸出しだし、冒険者用のジャケットも右腕はボロボロの血まみれだ。幸い、ドラゴンにおいしくいただかれた俺の一物は元のまま復元されているが、それどころじゃない。


『再生完了したね』


 もう何も考えたくなかった。

 治癒魔術ヒール、死ぬほど痛かった。気が狂うかと思ったわ。


「……なんで……こんな目に……あわないと……いけないんだ……」


 痛みから解放された喜びと、理不尽な出来事に涙が出てくる。


魔物モンスターが魔粒子結晶を落としているね。拾って魔粒子回路スキルツリーの拡張に使おう』

「次から次に指示してくるなよ! こっちはな、しんどいんだよっ!! 心がっ!!!」


 思わず叫んでしまう。魔王は『申し訳ない』と、あまり申し訳なさそうな声で言ってきた。とはいえ、いつまでもへたっているわけにはいかない。


 俺は言われたとおり、上半身を起こした。そのまま体の動きを確かめるように立ち上がる。普通に動かせるし、感触もある。俺の一物は縮こまってしまっているが、無理も無い。


 下半身もろだしのままにしておくのも嫌だったが、俺の元の下半身やら臓物やらでグチャグチャになっているズボンを履く気にはなれない。しかたがないので、ズタボロになったジャケットを脱ぎ、腰に巻いておく。ちょっと動くと、見えてしまうが、露出狂状態よりはいいだろう。


 ドラゴンが消失した地点には、食い残しの俺の残骸と、魔粒子結晶が転がっている。自分だった肉片を見ないようにしながら、俺は魔粒子結晶を拾った。


 魔物モンスターは死ぬと、黒い塵となって霧散し、魔粒子結晶が残る。種類によって魔粒子結晶の大きさは変わってくるが、俺が倒したドラゴンの結晶はミカンくらいの大きさだった。


「これをどうしたらいいんだ?」

『食べればいい』

「え~……? 食べれるのか? 魔粒子って人体に毒なんだぞ?」

『君は大丈夫だ。魔粒子耐性だけはデタラメに高いからね』


 毒であることは否定しなかったよな、こいつ……。

 まあ、実際、耐性だけはあるし、もっと魔術スキルを使えるようになるなら食ってみるか……。


 俺は埃をはらってから黒い結晶を口の中に放り込む。

 固い。かみ砕ける気がしない。


身体強化オーガメントを使うんだ』

「おーふぁめんふぉ!」


 魔術スキルを行使し、顎の筋力と歯を強化する。バキリと音を立て、魔粒子結晶が砕けた。石を食っているようなものだ。味なんてしないし、ただひたすら口の中がジャリジャリする。どうにか結晶を嚥下したところで魔王が『レベルをあげよう』と言った。


 次の瞬間、胃の辺りが熱くなり、全身の血流が沸騰するように熱を帯びる。痛みは無い。むしろ、気持ちいいとさえ思う感覚に目の前が赤くなる。


『拡張を開始する。君たちの世界で言う汎用魔術コモンスキルを一つ増やせるが、どんな魔術スキルがいい? 私は魔粒子感知サーチ魔粒子障壁プロテクトをオススメするよ』

「痛くないやつ! 治癒魔術ヒール使っても痛くないやつ!」

痛覚制御ペインコントールかい? 後回しでいいと思うんだけどな……』

「もう二度と痛いのは嫌なんだよ!!」

『生存戦略上、痛みはある程度必要だと思うが……君が言うなら従おう』


 次の瞬間、一瞬だけ背骨の辺りが熱くなった。同時に目の前に文字が浮かび上がってくる。


 名前・神野真央

 性別・男性

 年齢・16

 魔粒子回路総量スキルツリー・レベル・2

 魔粒子耐性・測定不能

 魔粒子適性・10

 総魔粒子量・4987

 使用可能魔術スキル

 火球操炎フレイム治癒魔術ヒール身体強化オーガメント痛覚制御ペインコントール


 俺のステータス? らしきものが更新されているらしい。


 ――てか、なんだ? この空中投影されてる画像は……。


『私が君に見せているんだ。他人には見えないから安心していい』


 次の瞬間、あの白い世界にいた少女が俺の前に立っていた。驚きのけぞったら、魔王にくすりと笑われる。


『どうやら拡張したことで、私自身のイメージも君の視覚に投影できるようになったらしいね』


 その場をキョロキョロしながら辺りを見ていた。


『ふむ、君を通した疑似的な体感だが、久しぶりの感覚だ。悪くない』

「お前、いったいなんなんだ?」

『先ほど言っただろ? 私は異世界からやってきた魔王だよ。それと、口にしなくとも、私に語り掛けるという意思を持って思考すれば声は届くよ』


 ――こっちの思考、全部読まれるのかよ?


『それはできないよ。私はあくまで寄生体であり、君が宿主だ。君が消えろと望めば――』


 消えろ。

 と念じた瞬間、パッと目の前にいた少女が消えてしまった。

 マジで消えやがった。出てこいって思えば、出てくるのか?


『話は最後まで聞いてほしいな』

「うおっ! 出てきた!?」

『私は君が望まなければ、こうやって表に出てくることさえできないんだ。だから、仲良くしたい』

「消えてる間はどこにいってるんだよ?」

『……君と初めて会った白い空間に飛ばされる。まあ、眠っているような状態だね』


 とりあえず、今のところ、最低限のプライバシーは守られるようだし、俺のほうに決定権はあるらしい。仲良くしたいというのは本心なのかもしれないが……油断は禁物だ。


「てかさ、治癒魔術ヒール火球操炎フレイムも、なんかメチャクチャじゃなかったか? 普通、治癒魔術ヒールで下半身は再生しない」


 そんなデタラメな治癒魔術ヒールはもはや、普通の汎用魔術コモンスキルじゃなく規格外魔術ユニークスキルだ。


火球操炎フレイムだってそうだ。なんだ、あの威力。ダンジョンの天井を貫くとかありえないだろ……」

『そんなに驚くことなのかい?』

「あんな火球操炎フレイム、中級冒険者でも使える奴いないぞ」


 Dチューブでドラム缶を吹き飛ばしている動画を見たことがあるが、先ほどの火球操炎フレイムはあの動画の火球操炎フレイムより凶悪だった。


『なるほど、君の反応から類推するに、どうやらこちらの世界の魔術スキルに関する技術レベルは私のいた世界よりも低いらしい』

「……軽くバカにしてきやがったな?」

『事実を言ったまでだよ』


 俺は落とし穴の底から上を見上げた。身体強化オーガメントを使い、垂直ジャンプ。余裕で五メートル上にまで体があがる。

 すげぇな、魔術スキル、見える世界が全然違うというか……ここまで来ると、なんかおっかない。


 フロアには既に遊佐たちの姿は無かった。

 当然、俺が背負っていたリュックも何も無い。

 ため息を一つついた瞬間、腹の底から熱いなにかがせりあがってくる。


 これは、怒りの熱だ。その熱は頭の上まであがったところで、発火するように散った。

 痙攣するように口角があがってしまう。


『なにを笑ってるんだい?』


 ああ、悪い癖だ。

 俺は昔から、興奮したり頭にくることがあるとニコニコな笑顔になってしまう。


「なあ、魔王」

『なにかな?』

「お前も裏切られて死んだって言ったよな?」

『……そう言ったね』

「もし、生き返って、そいつをしばける力があったらどう使う?」

『当然、やり返すよ』

「ですよね~……」


 そりゃそうだ。誰だってそうだ。俺だってそうだ。

 殺されて泣き寝入りなんてしてやらねぇ……。


「ははっ! あの腐れ迷惑系Dチューバーどもめ~♪」


 地獄から蘇った俺が、てめぇらに天誅くだしてやるよっ!!


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