第3話・ここで俺は魔王と出会った


 ――正直、後悔している。


 どうして俺って人間は、こんなにも負けず嫌いなんですかねぇ!?


 あの時、泣いて土下座でもしてたら、遊佐のクズも俺を引き上げてくれたかもしれなかったのに!!

 いや、それは無いか……いろいろ用意周到だったし、実際、ダンジョン内での死亡事故はよっぽどの証拠が無い限り、事故として片づけられるからな……。


 ああ、本当に死んでしまったのか……。

 マジで困るんだが? 俺が死んだら莉子が一人になっちまう……。


『やっと同調できた……』


 なんだ、今の声!?


 女の声だ。絶対に俺の声でも、莉子の声でも無い。

 聞き覚えの無い誰かの声……?


『私の声が聞こえているかな?』


 ――誰だ、お前!?


『私が誰か? と君に説明するとしたら、そうだな……異世界で無様にも駆逐され死ぬことになった魔王とでも表現するのが正しいだろう』


 ――異世界? 魔王?


『君たちのいる世界とは別のことわりを持つ世界の存在だよ。いろいろあって死んでしまってね、復活するための機会をうかがっていた』


 ――魔王って言うからには悪い奴ってことか?


『善悪の価値は勝者が定めるものだ。そういう意味で言えば、敗北者である私は悪者になるんじゃないかな? だが、道義に反したことはしていないよ。どうしたってわかりあえない相手が、私より強かっただけだ』


 ――その魔王様が俺になんの用だ?


『私から君に提案があるんだよ、神野真央』


 ――提案? 死んでる俺に?


『私も君同様、仲間に裏切られ、死んでしまった過去がある。どうにか、こうして魔粒子上に精神体としてさまよっているのだが、いい加減、飽きてきてね。肉体が欲しいんだよ』


 ――それで?


『私と融合しないか? 見返りとして君の肉体は再生する』


 ――融合ね……で、結果、俺が生き返っても、最終的に俺の体はあんたに乗っ取られるってオチだろ? 漫画とかでよくある展開だな。


『たしかに肉体は欲しいが、君の体を奪う気は無いよ。別の方法を考えている』


 ――別の方法ってなんだよ?


『君たちの世界で言う魔術スキルを使って、私にふさわしい肉体を再構成する』


 ――俺は魔術スキルを使えないぞ?


『ああ、だから私が君の魔粒子回路スキルツリーを拡張する。少々、時間はかかるが、君に私の肉体を作る魔術スキルを行使してもらい、できあがった肉体に私の精神体を転移させる予定だ。副次的な効果として、魔術スキルを使えない君は魔術スキルを使えるようにもなる』


 ――うさんくさいな……。


『疑り深いね……』


 ――疑うのは当然だろ。今さっき騙されて死んだばかりだからな!


『だが、断われば、君は本当に死ぬ。受け入れれば、仮に騙されていたとしても、少しばかり命を長らえることができる』


 ――やっぱり騙すつもりか?


『例え話だよ』


 ――お前は肉体を手に入れてどうするつもりなんだよ?


『君と同じだ。私もこのまま消えたくないだけだ』


 デタラメな状況でデタラメな存在に、命を盾にマウントを取られている。

 全部信じろというのが無理な話だ。

 だが……。


 ――ひとつだけ約束しろ。


『どんな約束かな?』


 ――俺には妹がいる。俺がお前に消された場合、莉子の面倒を見ろ。


『私は君の肉体を奪う気は――』


 ――約束しろ。


『……君がそれで頷いてくるなら、約束しよう』


 ――なら、お前との融合は受け入れてやる。


『それは良かった』


 瞬間、真っ暗だった世界が真っ白に光りはじめる。同時に体が生じはじめた。

 真っ白な空間に一人の女が立っている。


 腰まである長い銀髪に黄金色の瞳。切れ長な二重瞼の目に自己主張しすぎない程度に高い鼻筋。肌は雪のように白く、少々人間離れしていたが、魔人種であるエルフのようでもあった。まるで計算されて配置されたような、美しい容貌。歳は俺と同じ十六歳前後だろうか……。


 そんな超絶美少女が素っ裸で立っていた。

 まあ、胸は割と小ぶりだが……。


『もう少し乳房は大きいほうが君の嗜好にはあってるのかな?』


 言うや否や胸が成長し、大きくなる。思わず、顔を背けてしまった。


「てか、なんで裸なんだよ!?」


『……どうせなら君に好かれたほうがいいと思ってね。裸体が不快だというなら……そうだな、こんな服はどうだい?』


 視線を向ければ、ハイウエストの深い紺色ロングスカートにブラウス姿になっていた。世に言う童貞を殺す服である。あざといとわかりつつも、童貞である俺にはクリティカルヒットだった。魔王はその場でスカートをたなびかせるように体を揺らしている。


「……なんて邪悪な奴なんだ」


『私は君に好かれようと努力しているのに、邪悪はないんじゃないかな?』

「そういう服を着てる女は基本邪悪なんだよ!!」


 無論、偏見である。だが、俺はそう思っている。そもそも童貞を殺しにかかってくる女が邪悪じゃないはずがないではないか……。


「てか、お前、魔王なんだろ? 魔王ならもっと魔王らしい姿しろよ! なんで銀髪美少女なんだよ!!」

『私は君と友好的な関係を築きたいんだ。好かれる容姿を選ぶに決まってるじゃないか』


 小首を傾げながらの上目遣いの微笑。普通のバカな童貞なら、こういう思わせぶりな態度にコロッと騙されてしまうかもしれない。確かに俺は童貞だ。だが、バカじゃない。

 俺は騙されない。

 なぜなら、今さっき騙されて死んだからだ。


『それとも、もう一度裸に戻ったほうがいいかな?』


 もう一度だけ騙されて死んでもいいかもしれない。


 と、思いつつも「もっかいおっぱい見せて~」と鼻水垂らしながら無邪気に言えるほどガキじゃないのだ。俺は華麗に魔王の提案を聞き流す。女の色香に流されないクールな俺は、なんてかっこいいのだろう。でも、ちょっと後悔はある。ちょっとだけな……。


「で、ここどこ? てか、早く生き返してほしいんだけど?」

『準備中だよ。今、私の魔粒子回路スキルツリーの一部を君に転写している』

「そう言や、魔粒子回路スキルツリーってなんだよ?」


 魔粒子耐性や魔粒子適性は聞いたことがある。だが、魔粒子回路スキルツリーなんて言葉は初めて聞く単語だった。


『君たちの世界で言うところの魔粒子耐性と魔粒子適性を混ぜ合わせた概念とでもいうべきかな? 魔術スキルを使えるようになる神経回路のようなモノだよ。君は魔粒子適性がゼロだから、個性が無い分、私の魔粒子回路スキルツリーを転写しやすい』

「魔粒子適性が無くても魔術スキルを使えるようになるのか?」

『ああ、魔粒子回路スキルツリーを強引に転写することで、そちらに引っ張られて君の魔粒子に対する適性もあがっていく。私が持つ全ての魔粒子回路スキルツリーを君に転写するには時間がかかるが、基本的な魔術スキルなら、すぐにでも使用可能だ』


 マジか……俺、魔術スキル使えるようになるのか……。


『ただ、君には魔粒子適性が無い。だから、経験と実践でもって魔粒子回路スキルツリーを拡張させていく必要がある。わかりやすく言えば、レベルをあげなければならない』

「レベルをあげるってゲームみたいに経験値があるってことか?」

魔物モンスターを倒すと落ちる魔粒子結晶があるだろ? あれを取り込めばいいんだ。その魔粒子結晶を使って私が魔粒子回路スキルツリーを拡張していく。君の言ったとおり、ゲーム? という概念のレベル上げのようなものだね』


 そこまで言ってから考え込むように『そうだな、わかりやすく数値化したほうがいいか』とつぶやいた。

 瞬間、目の前にゲームで言うところのステータス画面がポップアップした。


 名前・神野真央

 性別・男性

 年齢・16

 魔粒子回路総量スキルツリー・レベル・1

 魔粒子耐性・測定不能

 魔粒子適性・5

 総魔粒子量・5000

 使用可能魔術スキル

 火球操炎フレイム治癒魔術ヒール身体強化オーガメント


 これが、俺のステータスというやつらしい。


「俺、三つも魔術スキル使えるのか!?」

『生存確率をあげる上で必要になりそうなモノを、私のほうで三つほどピックアップしておいた』


 三つも魔術スキルを使えれば、それだけで下級冒険者クラスの実力となる。そもそも魔術スキルなんて一つ使えるだけでも、一端の冒険者を名乗れるほどだ。


魔術スキルの名称も君の記憶を参考にしているんだが、これであってるかな? 効果で言えば、火球操炎フレイムは熱エネルギーを操る魔術スキルだ」


 遊佐のクズ野郎が俺に放ってきた魔術スキルである。基本的な遠距離攻撃の魔術スキルで、使い手次第ではあるが、爆発する弓矢のような効果を得られる。

 治癒魔術ヒールは再生能力を向上させ、傷を治す魔術スキルだ。

身体強化オーガメントは筋肉を魔粒子で強化し、圧倒的な力を得ることができる。小柄な女子でもバカみたいにでかいハンマーをぶん回せたりするらしい。


『他の魔術スキルに関しては、魔粒子回路スキルツリーが拡張次第、追加していこう』

「マジでか? もっといろんな魔術スキルを使えるようになるのか?」

『私が使えるモノなら』


 試しに魔術スキルを使おうと意識してみたが、なにも起きなかった。


「おい。なにも起きないぞ」

『ここは現実世界じゃないよ。必要最低限の規則しか指定してないから、ここで魔術スキルの試験運用はできない』

「じゃあ、さっさと生き返してくれ! 魔術スキルを使ってみたい!!」

『……起こすのはいいが、君の肉体はかなり損壊している』

「は?」

『幸いにして脳は無事だが、上半身と下半身が千切れている。下半身に至っては既に魔物モンスターの胃袋の中だ』

「え? いや、生き返してくれるんじゃないの?」

『ああ、蘇生はできるよ。だが、死ぬほど痛いと思う』

「……麻酔とか無いのか?」

『今は無い。そういう魔術スキルもあるけど、他の魔術スキルを優先した』


 今は無いと来ましたか……。

 ええ? 今の俺、どういう状況なの? 上半身だけって言ってるけど、下半身、ドラゴンに食われたの?


『さて、君を目覚めさせよう。起きた瞬間、君は上半身だけで魔物モンスターと戦わないといけない。先ずは治癒魔術ヒールを使――』

「待て! 痛いのは嫌だ!」

『それは受け入れてもらわなければならない。君は目覚めた瞬間、激痛で意識を失いかけるだろう。だが、死ぬ気で治癒魔術ヒールを使い、体を再生させるんだ』

「ちょっと待て! 治癒魔術ヒールって傷の治りを早くするとか、その程度の魔術スキルだろ! 下半身の再生とか無理じゃないか!!」


 魔王はきょとんとしたような顔をしながら『可能だが?』と言っていた。


『再生しながら火球操炎フレイムを使い、魔物モンスターを倒すんだ。体をうまく動かせないようなら身体強化オーガメントを使えばいい。これで、君は死の淵から生還できるだろう』

「ちょっと待て! 俺の話を聞け!」

『悪いが、これ以上の時間は使えない。現状、君の肉体はほぼ死んでいるんだ。時間を圧縮しているとはいえ、静止しているわけじゃないんだよ』

「ちょっと待てって!」


 真っ白な世界が浸食されるように黒くなっていく。


『時間切れだ。がんばりたまえ』


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