第2話・こうして俺は死んだ


 <新橋ニュービーズ>は遊佐を含めて五人のパーティーだ。

 遊佐ともう一人の田岡たおかという男子が前衛。剣や槍で戦っている。山北やまきた真栄田まえだの二人が魔術スキルや弓矢などの遠距離攻撃で前衛をフォローし、篠原しのはらが回復役のヒーラーだ。そして、そこに荷物持ち《ポーター》として俺が参加することになった。


 初めてのダンジョン探索にはガチで興奮した。


 第一階層は、石や岩らしきモノでできた迷宮となっている。

 その様相が、ギリシャ神話に出てくる地下迷宮と重なり、ダンジョンと呼ばれるようになったらしい。

 ダンジョンの床や壁は薄っすらと光っており、松明などの灯りを必要としない。動画配信サイトで見たのと同じだと興奮しながら、俺は遊佐たちの後についていった。


 遊佐たちはスマートフォンやカメラを片手に実況しながら、魔術スキルを使って魔物モンスターをバッタバッタと薙ぎ払っていく。火の球を出したり、強化した筋肉で人間離れした速さで動いていた。無能力者の俺は、羨ましいという感情をひた隠しにしながら、遊佐たちを見ることしかできない。


 いいな、と思う。

 俺だって魔術スキルを使いたい。

 だが、無理だ。魔術スキルが使えるか使えないかは完全に才能の話だから。


 ポータルからは魔粒子と呼ばれる素粒子が流れでてきている。

 この魔粒子は人にとって有害で、場合によっては死に至ってしまう危険なものだった。

 だが、その魔粒子に耐性を持つ人間がおり、人口比率で言うと、十五パーセントくらいだそうだ。その魔粒子耐性まりゅうしたいせいが無ければ、ダンジョンには入れないし、魔術スキルを使えない。


 俺は魔粒子耐性だけはべらぼーに高かった。測定不可能で限界値がわからないレベルらしい。

 たしかに魔粒子への耐性が強ければ、ダンジョンで具合が悪くなったりはしないし、魔人病という人ではなくなってしまう病気にもかからない。


 だが、それだけでは一流の冒険者にはなれないのだ。


 魔粒子を扱う才能。魔粒子適性まりゅうしてきせいが無いと、魔粒子を利用した特別な力――魔術スキル――を使うことはできない。


 俺は魔粒子耐性だけはアホみたいに高いのだが、魔粒子適性はゼロ。

 いっさいの魔術スキルを使えない無能力者。ダンジョンには潜れるが、魔物モンスターとは戦えない足手まとい。


 ま、ガキの時分は根拠の無い希望に縋ってたけど、さすがに十六年も生きてきたら、才能で越えられない壁があることくらい知っている。魚に空が飛べないように、鳥が海で溺れず泳げないように、俺には魔術スキルが使えない。


 それならそれで他の才能で生きていけばいいんだろうが、厄介なことに俺自身、かなりの社会不適応者だという自覚がある。接客業をやれば客とレスバになるし、肉体労働をすれば現場監督と喧嘩になるし、大学に行けるような境遇でもない。そもそも代々木冒険者スクールって偏差値四十代だしな……。


 だから、結局のところ、俺の人生はどん詰まっていた。


「この辺りか……」


 少し広いフロアに出たところで遊佐がポツリと呟いた。二十五メートルプールくらいの広さがある空間だ。見上げれば、天井にも半導体の回路みたいな模様が薄っすら輝いている。惚けたように辺りを見ていたら、遊佐がニコリと微笑みながら近づいてきた。


「けっこう歩いたし、この辺で休憩しようぜ。荷物も重いだろ。置いていいぞ」


 俺は「ああ」とうなずきながら背負っていたリュックを床に置く。


「でも、すごいな。ダンジョンって本当に光ってるんだな」

「はじめてだっけ?」

「無能力者だからな。ダンジョンに入るなんて自殺行為だよ」

「それなら、こっちに見せたいものがあるんだ。ダンジョンでしか見れないものがあるんだよ」


 と言いながら遊佐が歩き出したので、俺はその後を追っていく。


「こっちこっち」


 手招きする遊佐へと好奇心を抑えながら近づいていった。


「なにを見せてくれるんだ?」

「ドラゴン」


 遊佐の横に並んだ瞬間、トンと背中を押された。足元でカチリと音が鳴り、一拍遅れて浮遊感。


「え?」


 そのまま俺は落下した。


 着地と同時に受け身を取って転がったが、俺じゃなきゃ危なかった。ケガが無いか確認しつつ立ち上がれば、周囲には切り立った壁しか無い。だが、壁や床に走る文様のために当たりは青白くて視界はある。一本道が五十メートルほど続いており、左に曲がっていた。そこから先は何も見えない。


 穴の底から見上げてみる。五メートル以上ある絶壁だ。壁蹴りでは登れない高さだが、手を伸ばしてもらえればギリ行けるか? などと考えていたら、カメラを構えた遊佐がファインダー越しに落とし穴を覗き込んできた。


「は~い、裏動画配信サイトのみんな~、こんばんは~! ダンジョン&エキサイティングのジョイです!」


 今、裏動画配信サイトとか言ったか?


 一般的なダンジョン動画はDチューブと呼ばれる動画配信サイトにあげられ、収益化されている。サイト運営は一般企業であるため、エログロはNGで内容によってはアカウントを凍結されてしまうなどの縛りが多い。


 だが、ダンジョンでエロはともかくグロは日常茶飯事だ。


 魔物モンスターにやられて大ケガしたり、トラップに引っかかって死にかけたり普通にするらしい。ダンジョンでの過激な動画は、海外でも人気が高いらしく、裏動画サイトなどでアップロードされていると、噂で聞いたことがあった。


「は~い、今回の動画は無能力者とドラゴンを戦わせてみた~! という内容になりま~す。てか、ぶっちゃけハプニングなんすよね。パーティーの荷物持ち《ポーター》が、トラップで落とし穴に落ちちゃって~」


 ヘラヘラ笑いながら遊佐が撮影を進めていく。


 なるほど、状況は把握できた。


 遊佐たちは、昨今、冒険者業界で問題になっている迷惑系動画配信者のクズというわけだ。


「……おい、助けろよ!」

「ごめ~ん、ロープ持ってくるの忘れちゃった~」


 遊佐がニヤニヤ笑いながら言いやがる。新橋ニュービーズの面々も嘲笑を浮かべながら俺を見下ろしてやがった。


「お前ら、こんなことしてタダで済むと思ってんのか?」

「済むんだな、これが。なんせ、ダンジョンの中だし。それに、ほら、お前だって契約書にサインしただろ?」


 大概、ダンジョン内でケガしたり死んでも責任は個人にあるという契約をすることになる。でないと死んだりした後、いろいろ面倒なことになるからだ。

 当然、俺も契約書にサインしてしまっている。


「……え? してないけど?」


 嘘である。

 俺は嘘が嫌いだ。

 でも、相手はクズなので、もう手段は選ばない。

 遊佐は「はあ? しただろ?」と俺を睨んできたので、中指立てながら応戦してやった。


「お前、バカか? こういうこともあろうかと、時間経過とともに消えるインクのペンを使ってたんだよ。や~い、ば~か。アホ~! 雰囲気イケメン! そのツーブロックの髪型似合ってないって気づいたら~!」

「てっめ……」

「もしかしてキレちゃった~? ムカついてんなら降りてこいよ! 地獄の底でタイマン張ろうぜ~? それとも怖いのかな~?」


 中指を立てながら舌ベロ出して煽ってやった。上で遊佐たちは「契約書調べろ」とかゴタついている。どうせ、すぐバレる嘘だが、少しは嫌がらせができてよかった。


 『デコピンでもいいから一矢報いろ』が神野家の家訓である。まあ、今、俺が作った家訓だけども……。


 上では遊佐が契約書を見ながら顔を真っ赤にして叫んでいる。


「ふざけんな、てめぇ! しっかりサイン書いてんだろうが! 芸能人気取りのよ!」


 いいだろ、別に! 有名人になった時用に自分のサイン考えてたってさ!


「だから時間経過で消えるって言っただろ。まだ時間経ってないだけだって気づけよ。脳みそチンパンかよ?」

「この野郎……」


 顔を真っ赤にしている遊佐に「あ、お前の顔って猿に似てるな。悪い、顔も猿並みだったんだな」と両手の中指を立てて煽り散らかしてやった。


「無能力者のくせに調子乗ってんじゃねぇぞ!」

「無能力者にビビッて降りてこれない奴相手にしてんだぜ? 調子に乗るに決まってんだろ。うわ~、ざっこ~。きんも~」

火球操炎フレイム!!」


 魔術スキルで生じた火の球が飛んできたが、とっさに躱す。マジかよ、こいつ、撃ってきやがった、おっかね~……。

 正直、躱せたのは運が良かっただけだが、煽るように反復横跳びしてやった。


「無能力者に当てられないなんてきんも~! クッソ雑魚じゃ~ん。ざ~こざ~こ」


 引いたら負けだ。

 煽る時は、命がけで煽らなきゃならない。


「うるせぇ! 降りてやるよ!!」


 降りてこようとした遊佐を仲間が「落ちつけてって」と止める。


「あれれぇ? 降りてこないの~? 無能力者が怖いんだ~? ざっこ~!」


 メスガキを憑依させニヤついていたら、不意に嫌な気配を背後に感じた。

 振り返る。


 通路の先に小型のドラゴンがフシューと鼻息を鳴らしながら、立っていた。


 あ、目があった。


 ドラゴンはティラノサウルスのような姿をしており、頭は大きいが手が小さい。大きさは二メートルから三メートルくらいだろうか……。落とし穴の先にある通路の天井に頭がつきそうな高さだった。


 グルルルルと唸り声が鳴り響く。その音が遊佐たちにも聞こえたのだろう。


「はははははは! この穴はドラゴンの巣なんだよ!!」


 遊佐に言われて気づく。


 足元になんか……その……白い白骨のようなモノが、転がってる気が……。


「泣いて詫びろよ! そしたら助けてやってもいいんだぜ?」


 正直、今すぐ泣いて土下座したい衝動に駆られたが、その手には乗らない。


 ここまでしておいて、遊佐は俺を助けたりしない。ビビっている俺の姿を見て溜飲を下げたいだけだ。そして、そんな無様な俺の姿を動画として全世界に配信するつもりだろう。


 どうせ、連中の狙いはダンジョン内の殺人動画スナッフ・フィルムだ。裏動画サイトでは『魔物に食われる冒険者』みたいな動画が人気だとか、陰謀系Dチューバーの動画で見たことがある。


 だから俺は――


「さっさと助けろよ、カス」


 ――中指を立てながら、カメラを向けてくる遊佐を睨みつけてやった。


「てめぇ、どういう状況かわかってんのか!?」

「お前は家族になにも言うなと言ったが、俺は家族に全て伝えてる。それと、隠し持ってた携帯で今までのやり取りは全部録音して送信済みだ」


 全て嘘である。

 携帯はダンジョンに入る際に、取り上げられていた。俺が勝手に動画を撮るのを防ぐためだとか言っていたが、実際は自分たちの犯罪がバレるのを防ぐためだったのだろう。

 とはいえ、俺のポケットにダンジョンフォンがあるかどうかは、上にいる連中には確認できない。


 とにかくハッタリで切り抜けるしかないのだ。


「俺をハメて動画にすることに、お前らの人生放り投げるほどの価値があるのか?」


 ドラゴンが近づいてきているのを肌で感じる。足が震えそうになる。でも、気合で止めた。ビビってるとバレたらお終いだ。


「助けたら無かったことにしてやるって言ってんだよ! さっさと俺を引き上げろ!! それとも、そんな簡単な決断できないほど、頭チンパンなんですかねぇ?」


 遊佐の表情に微かに怯えの色が見えた。自分の保身を考えてやがる。

 よし、このまま押し切れば行け――


 生ぬるい風が首筋にかかった。

 振り返る。


 目の前にドラゴンの口が――


 肩に激痛。そのまま抗いようの無い力で振り回される。

 壁に叩きつけられる衝撃と激痛に俺の意識は途切れた。


 だが、最後の瞬間、遊佐は折れた。


 俺は死んだかもしれないが、あの瞬間だけ、たしかにクズ野郎どもに勝ったのだ……。

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