頭を……

 ライブの翌日。俺は駅前でシリウスの三人と待ち合わせをして、そのまま近くのファミレスに来ていた。

 今日はライブの翌日ということもあり、シリウスの仕事もレッスンもお休み。なのでいつもより長くテスト勉強をする予定……なのだが……


「あの~……鹿野さん?何故なにゆえ、そんなに距離が近いんでしょうか?」

「知らない。自分で考えたら」


 隣に鹿野さん。向かいの席に二条院さんと藤堂さんが座っている。

 しかし鹿野さんは、席に着いてからというものの、ずっと俺にべったりとくっついていた。

 具体的に言うと、俺の右腕に鹿野さんが自分の左腕を絡めて来ているのだ。しかも凄く不機嫌な顔で。

 これでは全く勉強に身が入らんぞ…。


 何度か引き離さそうとするが、全く離れる気がないらしく、一ミリも離すことが叶わない。

 この状況に、前の二人は苦笑を受かべるだけで、助けてくれる気配が無い。


「なぁ二人共。鹿野さん一体どうしたんだ?いつもウザイけど、今日はよりそのウザさに拍車が掛かってる気がするんだけど?」


 俺が二条院さんと藤堂さんに聞くと、鹿野さんが組んでいる腕の力を強くした。

 あ。イケない。これはイケない。鹿野さんの程よい大きさの胸の柔らかさを感じてしまい、意識せざるを得なくなって来たぞ。せめてポーカーフェイスを保たねば…。


「えーっと……何というか、ねぇ?」

「はい…。言ってしまえば、結衣さんの我儘なのですが、本人を前にそれを言うのも憚られると言いますか…」

「しかも私の口からは、余計に…」


「どういうことだってばよ…」

「ぶーーーーーーー…」


 二人と会話している間も、「ギュッギュッ」と俺の腕を締め付けて来る鹿野さん。

 俺は右利きだから、ずっと右腕に絡みつかれていると、まともに勉強が出来ないんだが…。


 こうなったら仕方がない。目の前の女子ーズに聞いてもダメならば、この場にいない女子ーズに助けを求めるしかあるまい!


 俺は左手でスマホを操作して、恋する乙女である我が親愛なる姉、桐ヶ谷理乃にLITIを送る。


『我が親愛なる姉。理乃姉様にお聞きしたいことがございます』

『我が親愛なる弟。誠よ。要件を言いたまえ(´ω`)』


 すぐに返事が来た。

 ノリが良くて、お茶目に顔文字なんて使う姉は嫌いじゃない。

 ただこのままだと話が進みにくいので、普通に聞いた。


『実は鹿野さんが機嫌悪くてさ。具体的にはサ○シのリ○ードンが反抗期だった頃みたいな感じ』

『それは大変ね。打ち解けるには尻尾の炎が消えないように付きっ切りで看病するしかなさそう』

『つまり、鹿野さんと一緒にお泊り?』

『冗談よ。まぁ本人は喜びそうだけど。鹿野さんの機嫌が悪い理由は?』


 男と一緒にお泊りして喜ぶとか、もしそうなら心配だよ鹿野さん…。


『皆目見当もつかん。俺の腕に絡みついてくるくらいで、何も教えてくれねぇしさ。どうしたら良いんだ、これ?』

『……………』×5

『ひたすら沈黙を打ち込んでる暇があるなら解決策を教えてくれー…』


 それから五分後くらいに返信があった。


『撫でろ』


 俺は思わず目を閉じてから、もう一度画面を見た。うん。『撫でろ』って書いてある。


『なんで?』

『いいから撫でろ。今すぐ頭を撫でろ。きっと鹿野さんはチョロインよ』


 ダメだ。相談する相手を間違えた。


 俺はお姉では話にならないと判断。恋人同士でもないのに、女の子の頭を撫でるとかセクハラ以外の何物でもない。

 ……………今更感が凄い気がするが、無視だ無視。

 こうなったら次は、一応入っておいたクラスメイトのグループチャットから雄一まともに話したことのある大野を選んでからの、大野との個人チャットを作って……送信!


『【急募】隣の席のアイドルが、不機嫌な顔で俺にくっ付いてくるのだが、どう宥めれば良い?』

『急にLITIしてきたと思ったら、マジで急に何?鹿野さんと何かあったの?』


 大野もすぐに返信をくれた。こいつも大概良い奴だな。ありがたやありがたや。


『それが聞いても教えてくれなくてさ。同じ女子の大野なら、どうすれば良いかわかると思って』

『なるほどねー。まぁアンタと鹿野さんの仲なら、頭を撫でてあげれば一発じゃない?鹿野さんチョロインっぽいし』


 おいいいいいぃぃぃぃぃぃぃ!?思わず銀○みたいなツッコミしちまったじゃねぇか!?


 つうか何なん?お姉も大野も、二人して!鹿野さんをラノベのヒロインか何かと勘違いしてませんか?そんなんで機嫌が直ったら苦労しねぇよ!?

 ダメだ。お姉よりかはまともかと思った大野でも頼りになりそうにねぇ…!?

 こうなったら次は……………しまった。まともに相談できる女子ーズはお姉と大野だけだった…。

 隆二と総司に相談するか?いやでも、あの二人も女性経験ほぼ皆無だしな~。

 意外かもしれないが、イケメンの隆二も彼女は作ったことがない。

 去年聞いてみたら『誠を見ていらなくなった』だそうだ。訳がわからない…。


 などと考えていると、鹿野さんがまた腕に力を込める。柔らかいこれは羽毛これは羽毛これは羽毛…。


「ねぇ桐ヶ谷君。なんでさっきからスマホばかり見てるの?」


 そう言われて、鹿野さんを見る。昨日のライブでも見た、悲しそうな表情をしていた。


「もっと私のこと、構ってよぉ…」


 さっきまで只々不機嫌だったのに、急に上目遣いで涙目になりながら甘えて来る鹿野さんに、思わずドキッとした。

 漫画やラノベでこういうキャラを見ると、面倒臭い女だな~と思うのだが……なるほど。リアルでやられると効果は抜群だな。


「……………構えって、具体的にどう構えば良いんだよ?」

「…………………でて」

「は?」

「………あ、頭……撫で、て…」


 …………………………なん、だと…?


「頭?頭を撫でろっつったか?」

「う、うん……桐ヶ谷君に、撫でて、欲しい…。そしたら、機嫌良くなる、かも…」


 顔を赤くしながら、消え入るような声で言う鹿野さん。

 一体全体どうしたというのだ鹿野さん!?そんなしおらしい態度を取るような性格じゃ無いだろう!?

 え?撫でれば良いの?マジで頭を撫で撫でしてあげたら機嫌直るの?


「えっと……それくらいのことで、良いなら…」

「……ん…」


 頭を差し出してくる鹿野さん。

 どうやらマジで俺に撫でて欲しいらしい。でも、いくらなんでもそれは………しかし、このまま放っておくのも……ええい、ままよ!?


 覚悟を決めた俺は、スマホから離した手を鹿野さんの頭の上に置いた。

 鹿野さんは身体をぴくっとさせたが、特に嫌がっている様子は無かった。

 そのままゆっくりと、優しく鹿野さんの頭を撫でてあげる。最初は身体が強張ってる様子だったが、段々それも無くなっていき、やがて気持ち良さそうな顔をする。


「桐ヶ谷君に撫でられるの、気持ちいい…」

「満足か?」

「ううん。もうちょっと、こうしてて欲しいな…。そしたら、勉強も頑張るから」

「はいはい…」


 要望通り、もう少しだけ頭を撫でてあげる。

 最初は横に流すようにしていたが、髪が変に乱れない程度にわしゃわしゃするようにしたり、暖急を付けて髪を撫でるようにしたりと、色々な撫で方を試してみた。

 ……………結構癖になるな。これ…。


「……………えへへ……気持ちいい…」


 鹿野さんの蕩けたような表情は、非常に心臓に悪く、何というか……色気が凄い…。


「私たちは何を見せられてるのかしら?」

「ブラックコーヒーを飲んでるはずなのに、凄く甘いです。砂糖やミルクを入れた覚えはないのですが?」


「「ッ!?」」


 俺たちはどちらからともなく離れた。

 いかんいかん!正気を失っていた!?つうかここファミレスじゃねぇか!まだ昼前だから客が少なかったとはいえ、公の場でアイドルとこんなことするのは明らかにマズいだろ!?


「す、すまん鹿野さん。ちょっと、調子に乗り過ぎた」

「ううん!私もちょっと、どうかしてたし……ごめんね?急にあんなことを頼んで」

「いや、別にそれは良いんだけどよ…」

「本当?じゃ、じゃあ……テストで良い点数取れたら、またお願いしても、良い、かな?」


 鹿野さんが恥ずかしそうに、指先を合わせながら聞いてくる。

 その姿があまりにも可愛らしく、またもやドキッとしてしまった。


「まぁ……今度はちゃんと、場所を選んでくれれば…」

「本当?やったー!よーっし!じゃあ頑張って勉強するぞー!」


 どうやら鹿野さんの機嫌は、完全に直ったようだ。お姉と大野には、お礼にSUGOIDEKAIシュークリームを御馳走しよう。

 しかし、頭を撫でてあげるだけで、こんなにも機嫌が良くなるとは……鹿野さんって、マジでチョロインだったんだな…。


「凜華さん。結衣さんのこの反応は、やはり…」

「そうかもね……でも、本人にその自覚は無いみたい」

「うーん。私たち、どうなるんでしょう?」

「さぁ?まぁ事務所との契約もあるから、別に気にしなくても良いんじゃない?」

「それもそうですね!」


「何の話してんの?」

「「秘密よ(です)」」

「? ああ……そう?」

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陰キャ男子高校生と天真爛漫なアイドル 結城ナツメ @YuriOtome

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