ライブ
受付の人に例のチケットを見せて、関係者席へと案内された。ライブ開始まで、まだ少し時間がある為、会場はそれなりに明るかった。
周りにはやはり、あまりテレビを見ない俺でも知っている芸能人たちがいた。だが俺たち三人の席からは幾分か離れており、芸能人が横にいて緊張させられるということは無さそうであった。
恐らく鹿野さんたちが配慮してくれたのだろう。ありがたやありがたや。
「いやー、マジであの人たちから離れてる席で助かったわ。有名どころばっかで、緊張でライブに集中できやしねぇ」
隆二がそう安堵の息を吐く。
「そうでござるか?拙者たちは誠殿を除けば、関係者と言えども所詮は一般人。そんなことを一々気にしても仕方ないと思うでござるが?」
「お前は本当に逞しいな、総司…。そのメンタルを分けて欲しいよ」
「なぁ総司。うちわ三本もあるんだから、一本貸してくれよ」
「おろ?珍しい。誠殿がうちわを振って応援するのでござるか?」
「ああ。主に二条院さんをな。あの人、たぶん鹿野さんのアドリブに振り回されるだろうから、せめて応援でもと」
あと、シリウス宛にSUGOIDEKAIシュークリームを差し入れたのだが、二条院さん宛にもう一つ胃薬を送っておいた。
あの人がシリウスで一番苦労しているみたいだからな。胃がヤバくなったらぜひ使って頂きたい。
「あの~。もしかして桐ヶ谷誠君、かしら?」
総司から『アルファLOVE』と書かれたうちわを借りて、さぁ後はライブが始まるのを待つだけ、となったところで声がかかる。
俺に声をかけてきたのは、同い年くらいの女の子であった。シリウスに負けないくらいの美少女である。
関係者席にいるということは、シリウスに招待された芸能人なのだろうと思ったが、隆二と総司は俺と同じように、誰だ?と思っているような顔であった。
ということは……シリウスの誰かの親族かな?
「そうだけど、君は?」
「あら、ごめんなさい。私ったら挨拶も無しにいきなり……コホン。私、結衣の母の
「ああ。なるほ……どっ?」
え?鹿野さんのお母さん?え?……えぇ?
「「「姉妹の間違いでは(ござらぬか)…?」」」
「あらあら。ありがとう。よく間違われるけど、これでも42歳のおばさんよ?」
俺たち三人がハモって言ったことに対して、自分の歳を明かす鹿野さんのお母さんだと言う女の子……ではなく女性。
いやいやいやいやいや!?うちの母さんも年齢詐欺かってくらい若いけど、この人は異常なくらい若すぎるぞ?鹿野家の血筋は一体どうなってやがる!?同い年かと思って、君って言っちゃったよ!
「す、すみません!知らなかったとはいえ、まさか鹿野さんのお母さんに、あんな失礼な態度を……」
俺は席から立って、頭を下げる。人は見た目で判断するなって言葉があるが、正しくその通り。その通りだと、俺も思う。
でもだからって、いくらなんでもこれは無くない?こんなJKと変わらない容姿を保ってる人とか、誰でも間違えるわ!?
しかしそれでも、失礼を働いたことに変わりはないのだが…。
「いいのよ。よく女子高生と間違われるから、もう慣れたわ。主におまわりさんとかに。それに素直に嬉しいしね」
そう言ってウィンクする鹿野母。マジで俺らと同じ歳に見える。こんなに可愛い42歳ってどうなのよ?童顔とか通り越し過ぎてるぞ、この美魔女。
おまわりさんもきっと補導しようとしたんだろうな…。
「結衣から聞いてるわ。あの子ったら転校したその日に、かけがえのない友達が出来たってはしゃぎながら帰ってきてね?それから毎日毎日、飽きもせず桐ヶ谷君桐ヶ谷君って、貴方の話ばかりしているの」
「へ、へぇ~…」
何それ恥ずかしい……鹿野さんどんだけ俺に懐いてるんだよ…。
「結衣があんなにも心の底から笑ってる顔は、本当に久し振りに見たわ。きっと貴方のおかげね。ありがとう」
「いえ、こちらこそ鹿野さんにはお世話になっております」
まぁ、完全に社交辞令ですけどね…。大野に席を勝手に使われてた時以外、鹿野さんの世話になった覚えなど、全く無い。毎回こっちが巻き込まれてるんだからな…。
「うふふ。それなら良いんだけど。そちらの子たちも結衣の友達かしら?」
「ええ。俺の幼馴染で、隆二と総司って言います」
「「どうも…」」
「そう……隆二君と総司君も、いつも結衣をありがとうね。これからも、結衣と仲良くしてくれると嬉しいわ」
それからしばらく学校での鹿野さんのことを話して、鹿野さんのお母さんは自分の席へと戻って行った。
「世の中には恐ろしい人がいるもんだな…。あんな美魔女見たことねぇよ…」
「拙者も、二次元だけではなく三次元でもお目にかかれるとは思わなかったでござる…。恐らく鹿野殿も将来、今と変わらぬ容姿でいるのでござろうな…」
隆二と総司が口々にそう言う。
かなり鹿野母のインパクトが強かったらしい。未だに驚いた表情をしている。まぁ俺もなんだが…。
――――――――――――――――――――
しばらく二人と雑談していると、会場の照明が落とされた。始まるようだ。
『皆お待たせー!シリウスでーすっ!』
その言葉と同時に、ステージ奥からシリウスの三人が登場して……あれ?鹿野さんだけいない?
「おろ?鹿野殿だけいないでござるよ?」
「でもさっきの声、鹿野さんだったよな?」
「……………え?まさか早速?」
俺がまさかと言うと、俺たちの真上を飛び越えて行く存在がいた。そんなことする人物は、一人しか俺は知らない。
その人物は、俺たちの前に着地してこちらに振り向く。ふわふわした水色のアイドル衣装を身に纏い、照明が当たってなくとも眩しい笑顔をしているのがよくわかる大人気アイドル……オリオンこと鹿野結衣であった。
スタッフさんが気付いたのか、照明の何個かこちらに向き、鹿野さんを照らした。
「ようこそ。私たちのライブへ。三人共、存分に楽しんでいってね」
斬新な登場にビックリしている俺たちにそう言う鹿野さんは、普段の可愛さだけでなく、どこかカッコ良さがあった。まるで鹿野さんじゃないみたいだ。
「え…」
だが次の瞬間、鹿野さんの顔から笑顔が消え、次第に悲しそうな顔になっていった。
「鹿野さん?どうしたんだ?」
「……そっか……そうなんだ…。桐ヶ谷君は、私が最推しじゃないんだ…」
「は?」
鹿野さんが意味不明なことを言って、悲しそうな顔から一変。先ほどと同じように眩しい笑顔で他の観客席の方へ振り向いた。
『皆ー!私はここだよー!とうッ!』
家三階建て分の高さもある関係者席からの、まさかの大ジャンプ。
すると着地地点にトランポリンが設置してあり、そこからさらに大きく大ジャンプし、見事ステージ中央に着地した。まるで体操選手である。
『それじゃあ一曲目、聴いてください。『セイハンタイナフタリ』!』
曲名を聞いた観客が「フゥーーーーーー!!!」と叫び、会場が興奮で染まる。隣で総司も盛り上がっていて、うるさかった…。
曲に合わせて歌い、踊りだすシリウス。三人とも透き通った綺麗な歌声で、息ぴったりのキレのあるダンスだった。前にちょっと気になってシリウスの過去のライブをスマホで見たが、やはり画面越しではなく、こうして生で見た方が迫力があった。
生ライブとか最初はあまり興味なかったけど、こうしてライブを見ている内に段々楽しくなっていき、いつの間にか『アルファLOVE』うちわを振っていた。
だが俺は、そんな迫力のあるライブより、ずっと気になっていたことがあった。
さっきの鹿野さんの悲しそうな表情は、一体何だったんだろうか?と。
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