桐ヶ谷誠は有名人
シリウスに招待され、面倒臭いと思いながらも、渋々ライブが行われる会場前までやって来た。現在は長蛇の列に並んで、受付の順番待ちである。
隣には幼馴染の隆二と総司もいる。どうやら二人は二条院さんと藤堂さんに誘われてたらしい。
総司は二人と同じクラスだからわかるが、いつの間に隆二まで誘われてたんだ?それも鹿野さんじゃなく、二条院さんから誘われたらしいし。
「まさか誠が来るなんて思わなかったな。お前ってライブとか見に来る暇があれば、録画したアニメ見るなりゲームするなりするタイプなのに」
「勉強もするわアホ。総司じゃあるまいし」
「いや、何勝手に人のことを勉強もせずに遊んでばかりいるみたいに言ってるでござるか?拙者だってテスト期間くらいは勉強するでござるよ…」
そう言う総司の服装は、いつものグルグルメガネにペンライトごと頭に巻いている鉢巻。そこにシリウスの面々がプリントされたTシャツとハッピを羽織っており、下はジーパンだった。
さらにはTシャツと同じく、シリウスの面々がプリントされたうちわが三つ、リュックからはみ出ているという完全なドルヲタスタイルである。
ちなみに、うちわにはそれぞれの名前の後に、『LOVE』と書かれていた。
総司はドルヲタではないが、どんなことでも形から入るタイプなのでこのようなスタイルである。
隆二は至ってシンプルな装いなので割愛。
「総司……頼むから近付かないでくれるか?知り合いだと思われたくない…」
「誠殿も十分ヲタクな癖に、何を言ってるでござるか?それに拙者の服装は立派な正装でござるよ。あのシリウスのライブを生で見れるんでござるから、それ相応の格好でないと」
「たぶんその正装概念は人それぞれだと思うぞ…」
俺が総司に呆れながら周りを見てみると、男女問わずこちらをチラチラと見ているのがわかる。
やっぱりどこを見ても総司みたいな気合の入った格好をしている人は、いるにはいるが、だいたい八割くらいは普通の格好もしくは総司と同じTシャツを着て、『LOVE』うちわを持ってるだけの人の方が多い。
チラチラとこちらを見てくる人も、総司の気合が入りまくったヲタクスタイルにドン引いてるのだろう。爽やかイケメンの隆二がいるのも、また原因になってるっぽいけど。
……………いや、Tシャツとうちわだけでも十分気合が入ってる部類か?総司がグルグルメガネにペンライト鉢巻、さらにはハッピまで着てるから、あの人たちがわりかし普通に見えると錯覚してるだけではないのか?
などと暇つぶし代わりにどうでもいいことを考えていると、隆二が周りからの視線について口にした。
「つうか、なんとな~くわかっていたけど、やっぱり視線が凄いな…」
「だな。総司、お前の格好はやっぱり目立ち過ぎるから離れてくんねぇ?隆二はイケメンだから見られるのは仕方ないとして、ガチドルヲタコス全開のお前と一緒にいるのは幼馴染として恥ずかしいったらない」
「「え?」」
俺がそう言うと、二人して信じられないような目で俺を見てくる。
え?なに?俺なんか間違ったこと言った?
「誠……お前本気で言ってるのか?そんなに鈍い奴だったっけ?」
「まぁ誠殿の場合、見られ始めたのがつい最近のことでござるから、自覚が無いのは仕方ないと言えば仕方ないでござろう。なので拙者、そんな鈍感系ラノベ主人公みたいな誠殿を許そう」
「一体何を勝手に許されたんだ俺は?なぁ、意味わからん言葉並べてないで、ちゃんとわかるように説明してくれ…」
二人の言いたいことがわからず、説明を求める。
すると、隆二が逆に質問してきた。
「誠。今のお前は芸能人だ。これはさすがに自覚してるよな?」
「まぁ……そりゃあな?」
「じゃあお前の顔は、今や日本全国レベルで知れ渡っているという自覚はあるか?」
「ニュースで報道されたり、バラエティ番組に出たり、さらにはツブヤキで散々トレンド一位になってれば、そりゃ知られて……あ」
「わかったか?つまり、そういうことだ。現にわかりやすいのがいるぞ?ほら、後ろ見てみろよ」
隆二に言われて、後ろを見てみる。
すると、高校生くらいの歳の女の子たちがこちらを見ていた。
最初は隆二を見ているのかと思ったが、俺が振り向くと「え!?え!?こっち見た!?」と興奮してる声が聞こえてきた。
よく見れば、昨日俺にファンレターを書いてくれた女の子もその場にいた。ということは、その周りにいるのは彼女と同じ高校の子たちか。
「な?視線を集めてるのが誰か、わかったろ?」
「先ほどの誠殿のラノベ主人公みたいな反応は凄い新鮮でござったなー。あっはははは!」
「確かに。いつもはちゃんと自分のこと理解してる癖に、さっきのアホ面はマジで面白かったな」
「あ゛?」
「「ごめんなさい。調子に乗りました…」」
二人して俺を笑い者にしやがるので、とりあえず睨んで黙らせた。
二人曰く、俺のガチギレは相当怖いらしいので、本格的に俺が怒り出す前に、いつもこうして平謝りしてくる。別に怒ってはいないんだがな…。ちょっとイラッとしただけで。
「ま、まぁほら。あの子たち誠のファンみたいだしさ?ファンサービスの一つでもしてあげたらどうだ」
「ファンサービスか……具体的にはどうすれば良いんだ?」
俺は周りに聞こえないよう、小声で聞いた。
「面倒臭がらず実行しようとするなんて、誠殿にしては律儀でござるな?」
「ここらで印象良くしとかないと、後々さらに面倒になること確実だからな」
「一瞬でも感心した拙者がバカでござった…」
「何とでも言え。それで隆二、どうしたら良いと思う?」
「う~ん…。よく聞くのは、手を振ってあげるとかじゃないか?」
「手か…」
俺は隆二に言われた通り、もう一度後ろを振り向き、軽く手を振ってあげた。
すると女の子たち皆して「きゃーーー!」という黄色い声を上げるではないか。
「おお……誠殿がまるでイケメン俳優のような扱いをされてるでござる…」
「至って俺の顔は普通だと思うんだが、どうも昨日聞いた限りだと、普通のイケメンよりイケメン、てことらしい」
「どういうことでござるか?」
「ああ。たぶんこれじゃないか?」
隆二がついついっとスマホで俺の評価を調べて、画面を見せて来る。
その内容は、昨日ファンの子が言った通りの物であった。
「ほうほう。確かに誠殿は、親しい者には昔から自然と紳士的な行動をしている節があったでござるな」
「顔は普通で言葉使い悪いから、特にモテてきた訳じゃないけど……うん。芸能人ともなれば、この反応も当然か」
「なんか恥ずかしくなってきたから、画面閉じてくんねぇかな…」
などと会話していると、後ろから声がかかった。
「あ、あの!」
振り向くと、例のファンの女の子が近くまで来ていた。
手を振ってもらったから、思わず話しかけてきた感じか?
「君は昨日ファンレターをくれた子、だよね?確か名前は、
「はい!覚えて頂けて、光栄です!」
「大袈裟な…。昨日の今日なんだから、覚えてるに決まってるだろ?ファンレターは家に帰ってからも何度も読ませてもらったよ。おかげで元気が貰えた」
「そ、そんな……お世辞でも、そう言って頂けて嬉しいです…」
「お世辞じゃなくて、本当のことだよ。これからも応援よろしくな」
そう言って、俺は辻さんに手を差し出した。
彼女は俺の行動に目を丸くするも、すぐに手を差し出してきて、握手をしてくれる。
彼女は憧れの芸能人と握手出来た喜びからか、しばらく感動に打ち震えていたが、周りの目が気になり始めたのか、向こうから手を離した。
「そ、それでは!友達を待たせていますので、し、ししし失礼します!?」
彼女はそうまくし立てると、友達の所へと戻って行った。
すぐに「いいなぁ~!」という声が聞こえて来た。俺ってマジで芸能人になったんだと、もう何度目かわからないが、改めて実感した。
「うわ~。誠殿が神対応しおったでござるよ、隆二殿。あの無愛想で、他人に興味が無くて、人の顔と名前すら覚えない、あの誠殿がファンのことを覚えていたでござるよ?」
「ああ。正直、誠じゃないみたいで気持ち悪いな」
「ハッ!?まさか偽物!?」
「大いにあり得るな。誠。お前は本当に誠なのか?」
「拙者たちの誠殿を返すでござる、この偽物!」
「お前らシバかれてぇのか!?俺だってちゃんと人の顔と名前くらい覚えるわい!?」
好き勝手言う二人とそんなやり取りしてる間にも列は進み、やっと俺たちの受付の番となった。
俺たちが差し出したチケットは、揃って鹿野さんお手製のチケットであった。
……こんなん作ってる暇があったら勉強すれよ、鹿野さん…。
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