ファン
あれからシリウスに勉強を教える為に、毎日駅前のレッスンスタジオに足を運んだ。
鹿野さんは数学と歴史と科学と英語。藤堂さんは国語系と英語。二条院さんは特に苦手科目は無く、たまにわからない所があれば聞いてくる程度だ。
予想通り鹿野さんの苦手科目が多い。学校の休み時間とレッスンの一時間の休憩中は二人に勉強を教えてるが、基本的に鹿野さんを集中的に教えている。
だけど意外と苦にならない。鹿野さんと藤堂さんは、今まで勉強の仕方が悪かっただけで、本質的にそこまで勉強が苦手という訳ではないらしい。
一度教えてあげればすぐに理解してくれるから、何度も同じ質問をされることもない。だから別に教えるのが大変と感じることも無かった。
それに教えるのがだんだん楽しくなって来たのもある。生徒が成長していく姿を見るのが楽しいと言う先生の気持ちがよくわかった。
そんな勉強会の様子を、ダイジェストでお送りしよう。
火曜日
「歴史と科学と英単語は音読して覚えるのが一番だ。ただし、英単語のスペルは書かないと覚えられないから、家に帰ったらしっかり復習しておくように。数学は完全に反復練習しかないから、とにかく問題を解きまくること。わからない所があれば、遠慮なく聞いてくれて良いから」
「うん。わかった」
「藤堂さんも古文と英語に関しては同じ。特に古文は、『次の文章を現代語訳に直しなさい』っていう問題の配点は大きいから、教科書見なくても訳も含めて全文言えるくらいになるように」
「はい!頑張ります!」
水曜日
「桐ヶ谷く~ん!数学と英語はなんとかなりそうだけど、歴史と科学が全然頭に入って来ないよ~!どうしよう、このままじゃ赤点だよ~…」
「落ち着け。そして泣くな鹿野さん…。まだ時間はあるんだからさ、じっくりやってこうぜ。ほらハンカチ」
「ぐすっ……ありがとう」
「たぶん教科書丸暗記しようとしたんだろ?歴史は『その時起こった出来事を簡潔にまとめた所』と『その出来事の名称』だけを覚えれば良いよ」
「えっと……つまり?」
「例えば、『1582年。明智光秀が主君、織田信長に謀反を起こした』この出来事を『本能寺の変』という。ほら?まずはこれだけ覚れば良いんだよ。細かい部分はその後」
「あー!なるほど、そういうことか…。ありがとう桐ヶ谷君!」
「どういたしまして。科学も同じで、『その時起こった現象をまとめた所』と『その現象の名称』を暗記すると良いよ」
「うん!わかった」
「まぁ、実験の工程と実験器具の名称も覚えないとダメだけどな?」
「うぐっ……が、頑張ります…」
木曜日
「桐ヶ谷さん。古文の『だが』と『しかし』は、どれに当たるのでしょうか?」
「『されど』や『しかして』だな。漢字にすると『然れど』や『而して』になる」
「なるほど。そこが作者の主張に当たる部分なのですね?」
「そういうことだ」
「わかりました!ありがとうございます、桐ヶ谷さん!」
「どういたしまして」
藤堂さんの英語の勉強は鹿野さんと変わらないので、割愛。
このように、二人はわからない所があればすぐに聞いてくるし、一度教えればすぐに理解してくれる。
そのおかげで、教える側の俺もある程度楽させてもらえてるし、自分の勉強にも繋がるから俺としても助かっている。
正にウィンウィンの関係であった。来週の中間考査では今までより良い成績が採れるかもしれない。
――――――――――――――――――――
そんなこんなで金曜日。
今日も今日とて、駅前のレッスンスタジオまで来たのだが……
「あ、あの!桐ヶ谷誠さん、ですか?」
「ん?はい。そうですけど?」
建物に入る前に、学校の制服を着た女子が話しかけてきた。
制服から他校の女子生徒なのがわかるが、全く見覚えのない顔だ。
「あ、あの……これ!受け取ってください!」
「へ?」
彼女が差し出して来たのは一つの
……え?何これラブレター?全然知らん女の子から?いや無いだろ俺なんかに…。
「この間のテレビを見て、ファンになったんです!私、応援してます!」
……………ああ。なるほど……そういえば俺ってば、一応俳優なんだった…。ドラマの撮影が終わってすっかり一般人気分でした…。
ということは、これはファンレターか…。
「俺にファンなんてつくんだな…」
「そ、それはもう!私の学校、女子の間では桐ヶ谷さんの話題で持ち切りですよ!」
「え?なんで?自分で言うのもあれだけど、俺ってば全然女子に話題にされるような男じゃないと思うんだけど…」
だが彼女は、首をぶんぶんと振って否定する。
「そんなことないですよ!画面の端々でシリウスの皆さんが人とぶつからないように配慮してたり、オリオンちゃんの口元に付いたクリームをさり気なく拭いてあげる紳士ぶり……正直、キュンとしました…」
「ああ……そう?」
「私や私の周りの女の子たちは、そこまで面食いって訳じゃないんです。優しくて、周りをフォロー出来る素敵な人の方が断然好みで…。だから、私たちからしたら自然と紳士的な行動が出来る桐ヶ谷さんは、イケメン俳優よりも凄くイケメンって感じるんです」
イケメンと言われて、俺は指先で頬を掻く。まさか俺がイケメンと言われる日が来るとは思わなかったな…。
それに普段の俺はそんな優しい奴じゃないのだが……敢えてそれを言う必要もないか。どうせ俺はこのまま芸能界から消えるんだし、卑怯な感じだけどシリウスの為にも良い印象を残したまま終わろう。
しかしどうしたものか……こういう時って、笑えば良いのか?笑ってお礼を言えば良いのか?
「なるほど、ね……まぁイケメンかどうかはさておき、そう言ってくれて素直に嬉しいよ。ありがとう。ドラマも楽しみにしていてくれると、嬉しい…」
あ。やべぇ……柄にもなく緊張してちゃんと喋れていない気がする…。
今俺ちゃんと笑えてる?引き攣ってないよね?
「はい!楽しみにしてます!」
そう言って、彼女は満面の笑みを浮かべながら去って行った。
「……はぁ…。初めてのことで緊張した~」
たぶんあの様子からして、十分良い対応が出来てたのではないだろうか?
何せ芸能人っていうのは、ファンへの対応次第でも世間からの印象が変わるからな…。ドラマ一回限りとはいえ、マジ気を付けないと…。
「良かったですね。応援してくれるファンが出来て」
後ろから来た声が掛かり、振り返るとシリウスのマネージャーがいた。
確か名前は……
「波川さん、でしたっけ?」
「はい。波川
「そのつもりは無いですよ。あの子には悪いですが、約束通りドラマの一話が終わったら、普通の一般人に戻らせて頂きます」
「そうですか…」
波川さんは、非常に残念そうな顔をした。
これあれだ。続けても良いかなって答えたらスカウトされてた奴だ。
「そう簡単に社会の汚さに踊らされるつもりはございませんよ?波川さん。そちらの事務所の人たちがこれ見よがしに俺の監視みたいなことをしてましたが、あれって俺がシリウスに良からぬことをさせない為ってだけじゃないですよね?」
俺自身、有名事務所にスカウトされる器だとは思っていない。
だけど、少し過激で変わり者ではあるが、監督としての腕はピカイチである江月さんに認められたのは事実。
スカウトしようとしてても不思議じゃない。
「やはり気付いてましたか。すみません、嵌めるつもりはありませんでした……半分は」
「うわっ。綺麗な顔して腹の底は黒いっすねぇ…」
「そうでなければ、社会では生きて行けませんので―――それはそうと、心変わりしましたらシリウスを通してでも、
「隠さず真っ正面から来やがった…。絶対に嫌です」
波川さんからのスカウトを断固拒否しながら、レッスンスタジオの建物に入って行った。
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