シリウスは勉強ができない(二条院凜華は除く)③

「桐ヶ谷さん。『この時の作者の気持ちを答えなさい』というのは、どこを指してることが多いんでしょうか?」

「作品によって変わるけど、頭に『だが』とか『しかし』って付く文章が多いな。気持ちっていうのは作者の主張でもあるから、『だが』と『しかし』はどの作品でも常に注目しておくと良いよ」

「もしそれが無かった場合は、どこを見れば良いでしょうか?」

「うーん……無いと思うけど、仮に付かない場合は文の最後に『~だと思う』や『~であろう』って付いてるから、よく文章を読めば答えはわかると思うよ」

「なるほど。わかりました」


 現在レッスンの休憩時間を利用して、私と純は勉強中だ。結衣は私たちがレッスン中にずっと勉強していたから、頭を休める為に桐ヶ谷君の横で休憩中。

 ハッキリ言って私は勉強が得意だ。わからない所など無いと言える程ではないけど、苦手科目はないので得意と言って良いだろう。

 その為、特に勉強する必要はないのだが、二人に合わせて一緒に取り組むのが筋だと思うし、私も二人に負けないように真面目に取り組んでいる。


 ふと、マンツーマンで純に勉強を教えている桐ヶ谷君に目を向ける。目の前のたわわに実った、机に乗っかっている純の胸など気にした様子もなく、真剣に向き合って勉強を教えている。

 純の胸のサイズは最近Gカップまで大きくなった。その驚異的な胸は男子の目をどうしても引き付けてしまう。

 なのに彼は、先ほど純にスポドリとタオルを渡した時も、胸には目もくれずにちゃんと純と目を合わせ続けていた。


 思えば、初めて会った時から、純の胸に興味すら無いかのように接していた。

 だけどそれは態度だけで、は正直なのではないかと、純と会話している桐ヶ谷君のに目をやってしまった。純は立っていて、桐ヶ谷君は座った状態で会話していて、角度的に純の凶器的な胸が桐ヶ谷君の目に入ってしまう。

 だから思わずそちらに目を向けたのだけど……反応は無かった。彼の一物に変化は全く無かったのだ。今までの男子は、純の胸を視界に入れるなり、前屈みになるなどの反応をしていたのだけど…。


 今も純が胸の谷間が強調されるTシャツを着ているのに、そちらに目を向ける様子もなく、教科書に目を落として勉強を教えている。

 桐ヶ谷君も男子なのだから、女の子の身体に興味が無い訳ではないだろう。

 彼は本当に紳士なんだな。女の私ですら思わず純の胸を見るというのに、チラ見もしないとは。


「うーん……登場人物の心情って、どこに注目すれば良いのでしょう?」

「藤堂さんは難しく考え過ぎなんだよ。例えば『○○が逃げ出したい気持ちになった』理由は、ここの文章からそのまま抜き取れば良いよ。こういう問題は『○○は~みたいな気持ちになった』や『○○は~したい気持ちになった』って書かれてる文章を探すと良いよ。他にも『○○は~したい気分になった』とか『○○はそう思った』っていう表現もあるから、それも覚えておくと良いよ」

「なるほど!だんだん現代文のコツがわかってきました」

「そう。まぁ大体この辺の基礎知識さえ覚えておけば、少なくとも赤点は無いよ」

「はい!ありがとうございます、桐ヶ谷さん!」

「どういたしまして」


 純は無邪気な笑顔を浮かべながらお礼を言う。

 桐ヶ谷君は本当に凄いと思う。普通の人なら「こんな簡単なこともわからないの?」と言いそうな所も、嫌味一つ吐かずに懇切丁寧に教えている。


「ふぅ……こんなに集中して勉強したのは久し振りです…。肩が凝りました~」


 純が自分の肩を揉みながらそう言う。たぶん胸のせいなんだろうけど、私にはあんな立派な胸は付いてないから、よくわからない感覚だ。

 ……自分で自分が悲しくなってきたわ…。


「一旦休憩挟むか?」

「いいえ、大丈夫です。実は高校生になってから、肩凝りがかなり酷くて……一体なぜでしょうか?」

「さぁ?母親にでも聞いてみればわかるんじゃない?知らんけど」


 今のやり取りでも全く純の胸に目を向けない。うーん……ここまで来ると、実は女の子に興味無いのではと疑ってしまうわね…。

 とそこで、結衣が桐ヶ谷君に話しかけた。


「……桐ヶ谷君って凄いよね」

「は?なに急に?」

「だって目の前にとんでもないメロンが二つあるんだよ。私、初めて純ちゃんに会った時思わず凝視しちゃったもん」


「え?メロン?私を凝視?どういうことですか?」


 純はなんのことかわからず、スタジオ全体を見渡す。


「藤堂さんはわからなくて良いよ。鹿野さん、いくら藤堂さんが天然で純粋だからって本人の前でやめろよ」


「それはそうだけど、いくらなんでも一度もチラ見しないのは男の子としてどうなのかなって?ねぇ凜華ちゃん」

「私に振らないでよ……でもそうね。私もちょっと気になっていたわ。ひょっとして桐ヶ谷君って、女の子のそういうのとか興味無いの?」


 私の質問に彼は困ったような顔をする。我ながら意地悪な質問だと思うけど、私も気にはなっていたので聞いてみたのだ。

 そんな質問に、桐ヶ谷君は……


「まぁ……興味はあるとだけ言っておく…」


 特に表情を変えることなくそう言って、飲み物を口にした。

 だが私は見逃さなかった。彼の耳が、真っ赤になっていることに。


 ……可愛いわね。


「あははは!桐ヶ谷君ってば、可愛い!」

「なに言ってんの急に?」

「だって耳真っ赤だよ?高校生なのに初心過ぎて、可愛いって思っちゃうよー」

「はぁ?」


 結衣の言葉に睨んで返す桐ヶ谷君。

 照れてるのを誤魔化そうとするそんな表情も、なんだか可愛く見える。


「ふふふっ」


 そんな姿に我慢出来ず、口元を隠して小さく笑った。

 彼が二人の先生になってくれて、本当に良かったと思う。私は誰かに勉強を教えるのは苦手だから。


 本人には内緒だけど、実は最初は桐ヶ谷君のことを疑っていた。

 私たちと接する人たちは、多かれ少なかれ下心を持っていた。だけど、彼にはその下心が本当に無いのだと、今回の勉強会を通してわかった。

 アイドルというのを抜きにして、私たちと一緒にいてくれる。そんな人はなかなかいないわ。


 普段は人との交流はなあなあで済ます私だけど、桐ヶ谷君との交流は大切にしていこうと思う。

 私がそんな風に思ったのは、初めてかもしれない。


「桐ヶ谷君。よければ、私とも友達になってくれないかしら?」

「ん?ああ……良いけど。どうした急に?」

「ふふっ。なんとなくよ」

「?」


「ああ!ズルいです!私も桐ヶ谷さんと友達になりたいです!……良いでしょうか、桐ヶ谷さん?」


 純が不安そうな顔で桐ヶ谷君に了承を求める。

 彼は溜息を吐きながら答えた。


「一人だけ除け者にするような性格してねぇから安心しろ…」

「! では……」

「というか、二人して今更感ハンパねぇぞ…。一緒に飯食ったり、勉強会したり……これだけ交流してれば、もう友達みたいなもんだろ?」


 桐ヶ谷君のその言葉に、私たち三人は揃って驚きの表情を浮かべる。

 まさか彼から既に友達認定されてるとは思ってなかったわ…。


「おい。お前ら絶対失礼なこと考えてんだろ?」

「な、なんのことかな~?別に普段無愛想で、人に興味無くて、しかも面倒臭そうな雰囲気を隠さず人と接している桐ヶ谷君の口から、とっくに友達だろ宣言されてビックリしてる訳じゃないよ?」


 結衣が目を泳がせながら、早口でそうまくし立てる。

 結衣……思いっ切りそう思ってるって口にしてるじゃないの…。私もそう思っていたけど。


「鹿野さんテメェ、シバかれてぇのか…」

「きゃー!許してー!」

「笑いながら謝ってんじゃねー!?」


 結衣の失礼な発言に対して、桐ヶ谷君はグニグニと結衣の頬を引っ張った。


「ひゃわー!でも桐ヶ谷君なんだかんだ優しいから痛くな……いちゃい!いちゃい!いちゃい!ひょめんなひゃいー!?」


「ふふふっ。全く結衣はバカなんだから」

「き、桐ヶ谷さん!それ以上はどうかご勘弁を!?結衣さんの頬が伸びてしまいます!?」


 結衣がおバカな発言をしてお仕置きされる様子を見て、私は笑い、純が慌てていた。


 その時事務所の人たちがこちらを見ながら、何か相談していたのが気になったけど……今はこの時間を楽しむことにした。

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