鹿野さんは慣れてもウザイし鬱陶しいことに変わりはない

 昼休み。普段はシリウスの三人と総司、そして実はこの数週間たまに一緒に飯を食っていた隆二は不在で、今日は鹿野さんと二人で昼食を食べていた。

 隆二は先生に呼ばれたのだが、弁当を持って行ったので今日は一緒に昼食を取ることは無いだろう。

 総司は他のヲタク友達と、二条院さんと藤堂さんも新しく出来た友人と、それぞれ別の所で食事をしている。


「ねえねえ桐ヶ谷君。今日の放課後にカラオケ行かない?」

「えー…」


 二人でしばらく雑談に花を咲かせていた(鹿野さんの言葉に相槌を打っていただけ)のだが、俺は鹿野さんの突然の提案に全力で嫌な顔をする。

 昨日の疲れがまだ取れてない身で、鹿野さんに付き合うのはめっちゃ嫌なんだけど…。


「うわー露骨に嫌そうな顔ー。良いじゃ~ん。私今日は暇なんだよ~」

「暇って、レッスンとかは?土曜にライブあるんじゃなかったの?」

「昨日の今日だからって、事務所からお休み貰っちゃったんだよ。毎度思うけど大袈裟だよねぇ。私があれくらいの運動で疲れる訳ないのに」

「なるほどね。でも事務所の判断は正しいと思うけど?何回もバク宙するわ、俺の頭の上を飛び越えるわ、壁ジャンプするわ……二時間もあんなに動きっぱなしだったんだから、ちゃんと身体休めないと壊れるぞ」


 鹿野さんは体力があり過ぎて、身体の疲れに気付けてないだけだと思う。

 激しい運動を毎日休まず続けてたら、身体に限界が来て疲労骨折待ったなし。鹿野さんの場合は全身の筋肉を余さず全力で使ってるから、下手したら全身をまともに動かせなくなる可能性だってあるかもしれない。

 そうなったら一生とまでは言わないが、しばらくは車椅子生活を強いられることになると思う。それは鹿野さんも望んではいないだろう。


「うーん……全然そんな感じしないけどなぁ」

「君が気付いてないだけで、身体は相当疲れてると思うよ。もし今までまともに休んでなかったなら、あと二日はじっとしてて欲しいね」

「桐ヶ谷君。それはマグロに泳ぐなと言ってるようなものだよ」

「動かないと酸素取り入れられない身体とか不便過ぎるだろ」


 決め顔でアホなことを言う鹿野さんに俺は思わず溜息を吐く。

 自分の身体のことなのに全く労わってあげてない鹿野さんには、誰かしらストッパーになってあげないとダメなんじゃないか?

 ああでも、その辺は二条院さんや事務所の人とかしっかり管理してそう。知らんけど。


 え?藤堂さん?おっとり系の藤堂さんでは活発系の鹿野さんとの相性が悪すぎるよ…。


「桐ヶ谷く~ん。おーねーがーいー」

「だぁー!今朝も思ったけど、くっつくなっての!?鬱陶しい!」

「君が!頷くまで!止めない!」

「俺にも拒否権頂戴よ…」


 もう慣れてきたけど、鹿野さんのスキンシップは本当に鬱陶しいことこの上ない。

 アイドル依然に女の子なんだから、男にそうベタベタとくっつくのは頂けない。


「鹿野さんは本当に慎みを持った方が良いよ…。勘違い男に襲われても知らんぞ」

「心配してくれてありがと♪それでカラオケは?」

「反省も何もしないのね……はぁ。わかったよ、行くよ…」

「やったー!桐ヶ谷君と放課後デートだー♪」


 鹿野さんがやっと俺から離れる。俺だって男だ。どことは言わんが、鹿野さんの柔らかい感触を感じてしまうと、多少それを意識してしまう。

 彼女の様子からして恋愛感情など全く無く、本当に普通の友達のように接してる感覚みたいだし、マジで危機感を持って欲しいものだ。普通の男なら勘違いしているぞ。

 ていうかデート発言もやめて欲しい。周りの目が痛い。特に男の。


 ふと、普通の男であろうクラスの男連中に目をやる。


「桐ヶ谷の奴、調子乗りやがって~……俺もオリオンちゃんとくっつきたいぃ!カラオケデートしたいぃ!」

「なんでだ!?なんでオリオンちゃんは桐ヶ谷ばかりにあんなスキンシップが多いんだ!?俺は触れられたことすら無いぞ!」

「俺は暇な日に遊びに行こうって誘っても断られた…。桐ヶ谷より俺の方が絶対イケてるはずなのに……くそっ!桐ヶ谷は負け組かと思ってたのに…」


「そういう下心あるからでしょうが…。正直言ってあんたら気持ち悪いわよ」


 男連中の叫びに対し、大野がそう一蹴していた。

 あ。でも一部の男が大野に蔑まれて興奮してる。リアルだと普通に気持ち悪いな…。


 俺は鹿野さんをもう一度見る。めっちゃご機嫌に鼻歌歌ってらっしゃる。

 鼻歌も様になってんなー。流石アイドル。


「ふんっふん、ふーん♪楽しみだなー♪」

「ところで鹿野さん。この時期にカラオケ行くってことは、相当自信あるんだな」

「あたりまえでしょ?私だってプロなんだから、空いてる時間使ってちゃんとライブに向けて練習してたに決まってるじゃん!あ。ちゃんと適度に休んでたから、心配いらないよ?凜華ちゃんがうるさいからね~」

「まぁそれはそれで良いんだけど、そうじゃなくてさ」


 俺はなにやら勘違いしている鹿野さんに、学生なら避けては通れない道を口にした。


「来週から中間考査だけど、大丈夫なの?」

「………………………………………ちゅうかん、こうさ…?」


 鹿野さんから笑顔が消え、目をぱちぱちさせた。

 あ。これってもしかして……


「鹿野さん……あんたまさか、中間考査のこと忘れてたんじゃ…」

「………………………………………」


 鹿野さんの顔がみるみるうちにさぁーっと青くなっていく。これは確定だな…。


「まぁ……予定変更な。カラオケは考査終わってからにしよう。今からでも十分間に合うから、勉強ガンバ」

「……………桐ヶ谷君」


 俺が苦笑いしながらそう言った次の瞬間、鹿野さんは涙を流し、俺の手を両手で包みながら懇願して来た。


「勉強を……教えてください…」

「……………はい……わかりました。とりあえず涙拭こうね?」


 空いている手で鹿野さんの涙をハンカチで拭いてあげる。

 ここまで絶望した表情の鹿野さんは見たことが無く、自業自得とはいえ流石に可哀想だったので、思わず了承してしまった。

 いつもなら了承したそばから抱き付くなりなんなりしてくる鹿野さんが、「ありがとう……ありがとう…」と涙を流しながらガチお礼をしてるのだから、考査は相当ヤバそうだなこれ…。


 ……予備でもう一枚持って来てるけど、ハンカチ足りるかな?


「見なさい男ども。アレが本当の意味でイケてる男よ」

「「「ちくしょーーーッ!」」」


 大野がなんか男どもを虐めて楽しんでますが、まぁ最終的に俺が助かってるみたいなので、心の中で大野に感謝しておいた。

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