お疲れ様

 学校に着き、教室に入るとやはりこちらに視線が集中した。

 理由は当然……


「おい桐ヶ谷!やっぱり例の桐ヶ谷誠ってお前のことじゃないか!一昨日の曇天☆夕立レストラン皆見てんだから、もう誤魔化せねぇぞ!?」

「なんでお前がシリウスと一緒にドラマに出てんだよ!?しかも主要人物の役だし」

「あの鬼才って言われてる江月監督からスカウトされたってニュースでも言われてたけど、桐ヶ谷君って凄い人だったんだね!私見直しちゃった!」

「あ!ズルい!それを言ったら私だって……」


 あー……やっぱりこうなったか…。

 一昨日のテレビで例の桐ヶ谷誠が俺だってクラスの連中に知られれば、当然こんな質問攻めに遭うのは理解していたが、ここまで大騒ぎになるとはな…。総司みたいにアニメでも見てろよ……いや、アイツも見たんだったな…。

 まぁ普通の一般人からしたら、テレビに出る=例え偶然でも凄いこと、みたいな感じに映るのだろう。特に国民的アイドルのシリウス主演のドラマに出るってなったら、余計に。


 だけど今までの扱いが違い過ぎて、正直気持ち悪い。特に女子の反応。

 普段あんま気にしてないけど、俺のことを『勉強と運動神経しか取り柄のない冴えない男』だの『女子に優しくしない最低男』だのと、影で悪口言いまくってるの知ってるんだからな。

 掌くるっくるの扱いに本当にイライラする…。


 俺は鹿野さんに助けを求めようと目をやる。しかし、なんということだ。あっちもあっちでクラスの連中に捕まってしまっているではないか。


「撮影お疲れ様、鹿野さん!今朝のニュース見たよー!凄い面白そう!」

「俺、毎週欠かさず見るね!」

「ちょっとしか見れなかったけど、やっぱりオリオンちゃんの演技は凄かったー。絶対見るぜ!」


「あははは。皆ありがとう!応援よろしくね!あ。そうそう。今週の土曜日に生放送でライブやることになってるから、良かったら見てね!」


「そのライブのチケットはもちろん買ったぜ!しかも一番前の席!」

「私も買ったよ!絶対見に行く!」

「でも大丈夫なの?江月監督の撮影って凄いハードで有名だし、その後にライブをやって…」


「大丈夫大丈夫!自分で言うのもなんだけど、私ってば人○人間みたいに体力が無尽蔵だからね!余裕余裕!」


 くそっ!あっちは平和そうで何よりだな!ナチュラルにライブの宣伝なんかしよって!

 俺はまだ昨日の疲れが残ってるっつうのに、本当に羨ましい体力ですこと!オラにその元気分けてけれ!?


「おい桐ヶ谷!いい加減答えろよ!」

「なんでお前みたいな冴えない奴がドラマに出れるんだよ!?普通ならイケメン俳優が使われるだろうが!」

「ねえねえ。サイン頂戴!」

「ちょっと!抜け駆けしないでよー!」


「ちょ、ちょっと皆。桐ヶ谷も疲れてるだろうから、そんなに詰めよっちゃ……」


 こっちは好き勝手なこと言われてもう辟易している…。なんだこの対応の違いは……俺が一体何したよ…。

 普段から話さない奴らから寄って集って詰問されるわ、馴れ馴れしくされるわ……俺にだって我慢の限界という物があるぞ…。


「おい桐ヶ谷!聞いてんのか!?」

「……あ゛ぁ゛?」


 俺は苛立ちのあまり、つい思い切り睨んで低い声を出してしまった。たぶん額に青筋も浮かべてるだろう。


 俺の声に詰問してきた奴らは一斉に黙る。

 あまり良いやり方ではないが、このイライラする状況から解放されるなら別にどうでも良いか。


「あのなぁ……俺は昨日、アクションシーンを二時間ぶっ続けで撮って、さらにそのまま江月監督の無茶な提案でクランクアップまで持って行かされて疲れてるんだ。しかも決められた動きだけすれば良いのに、アドリブで余計に暴れまくる鹿野さんのフォローまでしなければならなかったんだ……身も心もボロボロになってることを察しろとまでは言わんが、少しは鹿野さんみたいに俺のことも労わってくれても良いだろ。それなのに男子から何故か詰問されるって何?別に悪いことした訳じゃねぇだろうが。むしろこっちは被害者なんだよ、責めるような言葉使ってくんな。それに……一番ムカつくのは女子どもだ。影で俺の悪口言まくってる癖に、猫なで声みてぇな口調で言い寄って来やがって。ハッキリ言って気持ち悪いんだよ。そんな奴らに優しくしようだなんて思うか?思わねぇだろうが、図々しい…」


 自分でも驚くくらい溜まっていたストレスを吐き出すように言う俺。

 そんな俺に、クラスの連中は途端に申し訳なさそうな顔をし、顔を背けた。


 ……はあぁぁぁ……結局この間の二の舞の気がする…。まぁいいや。元から俺は好かれるようなタイプでもないし、これで良いんだ。これで。


「桐ヶ谷、その……すまん…」

「……もういいよ…。俺も言い過ぎた」


 自分から始めたことだ。流石にさっきみたいにストレスをぶつけるのは、俺が間違っていただろう。

 それでも、つい口にしてしまった。撮影がハードで有名な監督と暴れ馬の鹿野さんの下で頑張った俺を、少しは労わってくれと。

 ……………うん。ちょいと自分勝手な言い分だったし、さっきのは明らかに言い過ぎだな。さすがにそこは反省せねば…。


 こちらの騒ぎは届いておらず、まだ皆からチヤホヤされてる鹿野さんを横目に、俺は自分の席について机に突っ伏した。

 朝っぱら本当に疲れた…。


 そのままチャイムが鳴るまでちょっとだけ寝てしまおうかと思っていると、俺の机に何か置かれる音がした。

 顔を上げると、そこには袋に包まれたクッキーが置かれていた。


「お疲れ」


 声の主を見る。俺の前にいたのは、鹿野さんの転校初日に俺の席に勝手に座った件で揉めた大野だった。

 まさか……このクッキーは大野が?


「……なにこれ…?」

「見ての通りクッキーよ。昨日、弟と妹に作ったんだけど、作り過ぎちゃってね…。お昼に食べようと思ったんだけど、桐ヶ谷にあげるわ」

「クッキーなのはわかるけど、なんで急に?」


 俺は訝しげに大野を見る。

 ほとんど接点の無い俺にクッキーをやる理由がわからない。


「あんたの言い分は間違ってないわよ」

「は?」

「労わって欲しいって奴。私も同意見。鹿野さんに怒られてから、自分の性格ちょっと見直したんだよね。そしたら、私ってばすっごい最低な奴だったんだって思った。さっきの皆みたいに」

「……あの件は俺にも悪い所あったし、別に普通だったと思うけど…」

「ありがと。でも桐ヶ谷に酷いこと言っちゃったしさ。……今までもその……影口とかも色々…。それで、これはその時の謝罪の分と、ドラマ撮影お疲れ様って奴。罪滅ぼしには全然足りないだろうけど…」


 大野はそう言うと、手に持っていた鞄から『深夜の紅茶』を出して机に置いた。


「紅茶は飲める?」

「ああ。好きな部類だ。クッキーも」

「そう。良かった……桐ヶ谷に酷いこと言った私から、こんなこと言われても嬉しくないだろうけど、本当にお疲れ様。ドラマ楽しみにしてる」


 大野は微笑みながらそう言った。

 鹿野さんとは違った可愛いらしい笑顔に、不覚にもちょっとドキッとしてしまった。


 ……そういえば、さっき一人だけクラスの奴らを止めようとしていた声があったな。あれは大野だったのか。


「……そんなことねぇよ。ありがとう。素直に嬉しいよ……今食べても良いか?」

「ご自由に」

「では、いただきます」


 クッキーを一口齧る。中にはチョコチップが入っていて、チョコチップのポリポリとした食感が癖になる。

 ビターチョコだったらしく、ほろ苦い味が実に俺好みだ。深夜の紅茶とよく合いますねぇ。


「うんまっ」

「口に合ったようで何より」

「ああ。俺好みの味だ。……ありがとう大野。おかげで気が楽になった」

「どういたしまして」


 と、そこに。さっき俺に詰め寄って来てた女子たちがやって来るが……


「あの、桐ヶ谷君。私たちも今まで、その、ごめ……」

「ただ大野に便乗して来るような奴らの謝罪は受け入れねぇよ。誠意無さそうだし」

「うぅ…」


 謝罪の言葉を遮って、追い返した。

 ああいう調子の良すぎる女子には、とことん優しくしてやんね。


「あはは…。桐ヶ谷っていつも他人を毛嫌いしてる感じだけど、女子には特にそうだよね。私たちの自業自得だから、当たり前だろうけど」

「……まぁ、そうだな。無意識にそうしてる節はある」

「これからは全うな人間になります」

「別に無理することはないと思うぞ。俺が全うに見えるか?」

「じゃあ……もう人の悪口とか言わないようにするわね。思えば桐ヶ谷だって、人の悪口とか言わないもんね」

「いや?鹿野さんには初対面の時から言いまくってるけど」

「確かに(笑)」


 その後、俺と大野は先生が来るまで談笑していた。

 あと、大野が鹿野さんに嫉妬された。


「ぶーーー!私より桐ヶ谷君と仲良くなってる~!」

「えっと、その……ごめんなさい?」


「謝る必要ねぇぞー」

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