俳優 桐ヶ谷誠②

 その日、俺はリビングの机に突っ伏していた。

 今日はいよいよこの前撮ったバラエティ番組の放送日。つまり俺の顔が日本全国に公開される日だ。


 リビングには俺とお姉の二人。母さんと父さんは職場のテレビで、同僚の人たちと見るそうだ。


「……覚悟はしていたけど、今さらながら胃が痛くなって来た…」

「記念すべき、誠がネットでめちゃくちゃ叩かれる日だものね」

「嫌な言い方しないでくれ」


 ついに自分の顔がテレビで公開される。

 俳優の仕事を引き受けた時点で、これは避けられない運命のようなものだ。それは理解しているし、先ほども言ったように覚悟もしていた。

 だけど俺だって人間だ。いざその時が来れば緊張するし、怖くなる。


 食レポはまともに出来てたっけ?どんなトークをしたっけ?

 こんな思考が今日ずっと堂々巡りである。


「ほら。腹を括りなさい。始まるわよ」


 お姉の言葉に顔を上げ、テレビに目を向ける。

 何年か前に結婚し、今では立派なお母さんになった夕立レストランお馴染みの声が流れる。

 子育てと仕事の両立は色々と大変だろうな。お疲れ様です。


『さぁ!始まりました!今回の『曇天☆夕立レストラン』は特別企画でございます!』


 そこからゲスト紹介に入り、カメラのズームが引かれてシリウスと俺が映し出された。


「あ。誠だ。本当に芸能人になっちゃったのね」

「ドラマの一話放送までな」

「続ける予定は?」

「ない」


 テレビでは宮海さんに『君、誰ぇ!?』と言われ、俺がふいっと後ろを振り向いていた。

 現場では緊張しててわかりにくかったが、スタッフも含めて結構笑ってくれてるな。


「誠のお茶目な一面を見てしまったわ」

「バラエティの定番ネタをやっただけだ」


『えぇ!?君が噂の桐ヶ谷誠君!?』


 宮海さんがリアクションをし、俺の紹介映像が流れる。

 オリオンの友人で、シリウスのドラマにゲスト出演するはずだった天野大翔の代役を江月監督自らスカウトした一般人ということで、ドラマのPV映像と共に紹介される。


『やるからには全力だ』


「あら…。結構良い演技してるじゃない」

「そうか?」


 ドラマでの俺のセリフが流れてから、オープニングトークに戻る。


『はい。ネットで散々叩かれてる桐ヶ谷誠です』

『いやいやいや。叩かれてはないでしょう(笑)。色々と話題にはなってますけど―――』


 そこから軽くトークした後、商店街での食事シーンが少しだけダイジェストで流れ、先ほどの声優さんの声でタイトルコールが入る。


『曇天☆夕立レストラン!』


「結構ちゃんと喋れてるじゃない」

「俺あんな感じで喋ってたのね……なんか恥ず…。あと変な声」

「やっぱり本人が聞くと変に感じるのね」


 俺、宮海さん、シリウスの五人が商店街を歩き、目ぼしい店を探す。

 すると鹿野さんがさっそく……


『あ!桐ヶ谷君!あそこのコロッケ屋さん凄く美味しそうだよ。行ってみよう!』


 そう言って、俺の腕を引っ張ってカメラより先に行く鹿野さん。


『ちょっ、急に走るな!?危ないから!』

『あははは!オリオンちゃんは相変わらずの破天荒ぶりですねっ』


『アルファさん。止めなくて大丈夫でしょうか?』

『今日は代わりの保護者がいるから、大丈夫でしょう』


『桐ヶ谷君を保護者て(笑)。桐ヶ谷君は色々大変そうですね…』


 おのれ二条院さん…。どおりで鹿野さんの奇行に対して寛容だと思ったら、単に俺にお守りを押し付けてたのか…。


 コロッケを買い、宮海さんがコロッケを口にして『うわぁ!?うんめぇー!』と叫び、画面にうんめぇーと書かれたスタンプが押される。

 あれを間近で見た時は、本当に感動したなぁ。


 シリウスの面々もコロッケを食べて感想を口にし、最後に俺が食レポをする番となった。


『うぅん!美味しい!これ牛肉なんですけど、粗びきでコロッケ自体も大きくて、食べ応えあってめちゃくちゃ美味しいです!それにジューシー!』


「……………誠がちゃんと食レポ出来てる…」

「それっぽい言葉をツラツラと並べただけだけどな。実際は緊張で味なんてほとんどわからんかった」


 それからも主に鹿野さんが店を見つけては俺を引っ張って突撃し、色々な絶品グルメを食べていく。

 途中でテープチェンジが入り、椅子に座って話している俺と鹿野さんが映し出される。アレ撮られてたのか…。


『桐ヶ谷君、凄く疲れてるね?』

『そうだね。どっかの誰かさんのせいでもうヘトヘトだね…』

『そんなに宮海さんのテンションに疲れちゃったんだ』

『……君、本当に幸せな人だよね…』

『えへへ~…。それほど……』

『褒めてねぇよ』


 そんな一幕もありつつ、撮影が再開してまた絶品グルメを探しては食レポをし、最後にドラマにも登場するSUGOIDEKAIシュークリームを紹介して、ドラマの宣伝をして番組は終わった。


――――――――――――――――――――


「はぁ……やっと終わった…」


 自分が出演したテレビを見るって、こんなに疲れるものなのか?


「お疲れ。面白かったわ。主に鹿野さんにあっちこっち連れてかれる誠が」

「自分でもそう思うから反論出来ねぇ…」

「そうそう。貴方ツブヤキのトレンド一位になってたわよ」

「またかよ!?」


 ああ……これは酷く叩かれてそうな予感…。


「ええっと……『桐ヶ谷誠あまりにも普通過ぎる』『想像してたよりも冴えない奴で草』『これなら俺がやった方が良いドラマになるな』とか言われてるわね。全員通報しておくわ」

「いいって別に。本当のことだし、そう言われるのは覚悟してたからそこまで気にしてない」


 ああ……これでドラマが終わってしばらく経つまでは、俺に平穏は訪れないのだろう。

 でも仕方ない。まだ記者からの取材とか色々あるから、ドラマが始まるまでに少しでも印象を上げておこう。

 そうすれば、これ以上面倒なことになることも無いだろう。


「そう……でも中には好意的なコメントも多いわよ?」

「そうなの?」


 それは意外だな。てっきりほとんどアンチコメばかりだと思っていた。


「多く見られるのは『オリオンちゃんのお兄ちゃんみたい』『あのオリオンちゃんに振り回されてるとは……ご愁傷様です』『オリオンちゃんに引っ張ってもらえるとか幸せ者だな』だって」

「どこが好意的だよ、同情されちゃってんじゃん俺。幸せ者とか言ってる奴と一度立場を交換したいわ…」


 ずっと鹿野さんに振り回される立場になれば、嫌でも思い知ることになるだろう。

 幸福など感じる暇などなく、ただただ引っ張られた腕を痛めてストレスになるだけだということを。


 あと鹿野さんのお兄ちゃんとかやめてくれ!毎日地獄のような日々を送るのが目に見えている。


『お兄ちゃん!次あそこ!あそこの焼き鳥食べよう!あ。駄菓子屋さんだ!あそこにも寄ろうよ、お兄ちゃん!』


『ほらほらお兄ちゃん!まだ十キロしか走ってないよ?バテるのはまだ早いって!そんなんじゃマラソン大会で一位取れないよ!』


 アカン…。勝手な想像で鹿野さんに申し訳ないけど、曇天☆夕立レストランみたいにあっちこっち連れ回されたり、運動に付き合わされていつの間にか俺の特訓になっている光景が浮かび上がる…。


「冗談よ。ちゃんとしたコメントもあるわ。『バラエティをわかってる……コイツ出来る!?』『下手なアナウンサーや芸人より食レポ上手いんじゃね?』『さり気なくオリオンちゃんの口元に付いたクリームを拭き取ってあげるとか、なんて紳士なんだ!?』良かったわね。少しは気は晴れた?」

「最初からそういうコメントを拾ってくれてたらな…」


 そう言いつつも、心持ちは多少良くなった気はする。


「それにしても、何だかんだ言って鹿野さんとは仲が良いわね」

「そうか?俺はそんなつもり無いけど…」

「私、鹿野さんが今まで出演してきた番組を見てみたけど、あんなに心の底から楽しそうにしてるの、他では見なかったわよ?少なくとも鹿野さんにとって誠は、本当に大切な友人なんでしょうね」

「ふーん…」


 曇天☆夕立レストランの時の鹿野さんを思い浮かべる。眩しいくらいに屈託の無い、可愛らしい笑顔で俺を連れ回す鹿野さん。

 番組ではカットされていたが、俺と一緒に食べるとより美味しく感じるとか言ってたな。アイドルとしては大問題発言ではあるが、美少女の鹿野さんにあんな風に言われて割と嬉しく感じた俺がいたのも、また事実であった。


「……まぁ、自業自得な部分もあるが、鹿野さんと出会ってからは散々な目に合ってる気がするけど……」

「けど?」

「……………鹿野さんと一緒にいるのは、今は不思議と悪い気はしないな」


 俺は鹿野さんの笑顔を思い浮かべながら言う。


「良くも悪くも、あんなに真っ直ぐで裏表のない女の子との付き合いが、今までなかったからかもな。うざいことに変わりはないし、ストレスだけど…」

「……そうね」


 その後はお姉が入れてくれた、蜂蜜入りホットミルクを飲んで寝た。

 俺のストレスを和らげて眠れるようにしてくれる姉は嫌いじゃない。

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