俳優 桐ヶ谷誠①

 学校に登校し、教室に入る。

 すると、クラスの皆がまるで奇異な物を見るような目で、一斉にこちらを見てくる。

 恐らく今朝のニュースの件だな…。桐ヶ谷誠って名前を公表したし、俺だと当たりをつけるのは良いんだけど……この視線、結構精神に来るな…。

 目立ってしまった結果、精神をすり減らして体調を崩すラノベ主人公の気持ちがよくわかったわ…。


 ただこれは本当に良い気分ではない。すぐにバレることだけど、誤魔化して時間を稼ごう。


「なに?気持ち悪いんだけど?」

「なぁ桐ヶ谷?今朝のニュースって…」


 男子の一人が、俺の前まで来て聞いてくる。

 俺が芸能界とかそういうのに興味無いことは割と知られてるので、ここはすっとぼけさせてもらおう。


「ニュース?何の話だ?」

「お前が天野大翔の代わりに、シリウスのドラマに出るっていう奴だよ!アレって本当なのか?」

「はぁ…?なんでそんな面倒なことを俺がやることになるんだよ?」

「だってお前、オリオンちゃんと仲が良かったし、名前も特徴もまんま桐ヶ谷だし……違うのか?」

「鹿野さんと仲が良いからってドラマに出るなんてこと、ある訳ねぇだろうが。ただの一般人が採用されるかボケェ」


 俺が睨むようにして言うと、男子は押し黙った。

 流石に言い過ぎたか?まぁ俺はいつもこんなもんだし、別に良いだろう。

 次に注目されるまでに、心の準備をしておこう。そうすれば少しはこの視線に耐えられるだろう。


「なんのことかわからんけど、どうせソイツの芸名かなんかだろ?知らんけど。わかったら、さっさとそこをどけ。邪魔」

「あ、ああ……すまん…」


 言葉を強くして道を開けてもらい、俺が席に着くと皆ヒソヒソと話し始める。


「ねぇ。やっぱり偶然なんじゃない?あんな口悪くて冴えない奴がテレビに出るなんて、有り得ないでしょ」

「でもニュースで紹介された人と同じ感じだよ?」


「桐ヶ谷の奴、今日も不機嫌そうだな~…。お前よく殴られなかったな?」

「マジで死ぬかと思った…。俺二度と桐ヶ谷を怒らせないようにしよう…。」


 ………なんか、別の意味で目立ってキッツイな…。


 その後、鹿野さんも登校して同じような質問をされたが、上手いこと誤魔化してくれた。

 本人はテレビで打ち明けた方が面白そうだからと言っていたが、まぁ一応感謝しておこう。心の中で。


――――――――――――――――――――


 そこからは流れるように時が進んだ。

 ほぼ毎日のように鹿野さんの事務所の車に乗り、学校の奴らにバレないように撮影現場に向かった。ちょっと違うかもしれないが、いつも人に囲まれる芸能人の気持ちがわかった気がした。


 撮影が始まると、アドリブ大好き鹿野さんがもう大暴れだ…。

 序盤のシーンは実際にシリウスがうちの学校に転校してきた時の話にして撮ったのだが……体育の授業の時の再現シーンで、あの時以上に走り回りやがった。まるで溜まったストレスを吐き出すかのように。

 俺を引っ張って転んだ時のシーンは、俺が鹿野さんの身体を腕で支える形で終わる手筈だったのに、俺を無理矢理下敷きにして、俺の身体に全身を乗せるようにして倒れ込んで来やがった。

 鹿野さん曰く、俺がアドリブで暴れ過ぎた鹿野さんを庇って下敷きになった風に見せることで、俺の好感度が爆上がりな上に、女子が思わずときめいちゃうシチュエーションとのこと。それ、イケメンに限るんじゃないの?

 まぁとりあえずその場は、努めて優しい声音を意識して「大丈夫か?」と言って対応してみた。鹿野さんがなぜかフリーズした。


 結果江月さんから給料アップを約束された。なぜだ。俺は何もしていないぞ?

 美味しいからありがたく頂戴するけど…。


 そんなこともありつつ、いよいよバラエティ番組の収録の日となった。

 その番組の名前は『曇天☆夕立レストラン』。司会・進行はもちろん「うんめぇー!」と叫ぶことでお馴染み、芸人の宮海みやうみ小介しょうすけさんだ。『お祭り野郎』としても有名。

 今回の収録現場は、ドラマでも使われる例の商店街だった。この商店街の絶品グルメを食べ歩くというのが、今回の趣旨である。


「どうも初めまして~。僕、宮海小介って言いますぅ。今日はよろしくお願いしますね!」


 開口一番に宮海さんがそう挨拶してくる。これでも小さい頃はこの人を真似てお姉と二人して「うんめぇー!」と言いながら飯を食っていたので、こうして会うことが出来て結構感動している。


「初めまして。桐ヶ谷誠です。今日はよろしくお願い致します」

「おお!君が噂の桐ヶ谷君か!?なんやフツメンだのなんだのと言われてるけど、そんなこと無いやん!バッチリ男前やで!」

「あ、ありがとうございます…」


 俺の背中を軽く叩きながら言う宮海さん。この人普段からこんな感じなのか…。


 そこにシリウスの面々も集まり、しばらく五人で談笑していると、いよいよ撮影が始まる時間となった。


「さぁ!始まりました!今回の『曇天☆夕立レストラン』は特別企画でございます!」


 恒例の挨拶から始まり、収録がスタートする。


「まずは今回のスペシャルゲストから紹介致します!シリウスの皆さんでーす!」


「「イェーイッ!」」

「二人共、挨拶…」


 シリウスと俺にカメラが回る。

 鹿野さんと藤堂さんがカメラに向かってダブルピースをし、二条院さんが呆れながら注意して、挨拶を促す。バラエティではこういう挨拶がシリウスの定番だそうだ。

 俺は苦笑いしながらそれを見ていた。


「ご紹介に預かりました、オリオンです!」

「アルファです」

「イシスです!」

「「「本日は、よろしくお願い致します!」」」


「はいよろしくお願い致しますぅ。でですね、今回はシリウス初主演となるドラマの舞台にもなる、この棟条とうじょう商店街で絶品グルメを探すという特別企画なんですけども……君、誰ぇ!?」


 宮海さんが俺を指しながら言う。バラエティの定番ネタだな。

 俺はすぐに自己紹介せず、自分の後ろをふいっと見る。


「ちゃうちゃうちゃうちゃうちゃう!君の後ろじゃなくて、君よ。誰ぇ?しれっとシリウスと一緒におるけど…」


 俺の渾身のボケに宮海さんがツッコミ、現場が笑いに包まれた。


「あははは…。どうも曇天☆夕立レストランをご覧の皆さん。初めまして。私、俳優の桐ヶ谷誠と申します。本日はよろしくお願い致します!」


 なるべく元気に、努めて笑顔でそう挨拶をした。


 俺はこの番組でなるべく好印象になるよう努めるつもりだったけど……たぶんネットで散々叩かれるだろうな~と思いながら、この番組に挑んだ。

 だが後日放送されたこの回が、予想外の反響を呼ぶことになる。そのことをこの時の俺は、当然知る由も無かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る