桐ヶ谷誠の公開について

 喫茶サエキで明日のスケジュールを確認……と言っても、しばらくドラマ撮影とその宣伝の仕事が主だから、そんなに時間もかからずに解散となる。

 私たちシリウスは今、事務所の車で家まで送ってもらってるところ。


「ふんふんふ~ん♪」

「結衣さん、今日はずっと上機嫌ですね?」

「そうね。結衣にとって、今日はかけがえのない一日になったでしょうからね。ずっと普通に接してくれる友達が欲しいって言ってたもの」


 二人が鼻歌を歌ってる私を見てそう言う。

 確かに私は、桐ヶ谷君と会ってからずっとテンションが高いのを自覚している。


「うん!今日会ったばかりだけど、桐ヶ谷君と友達になれて凄く嬉しかったもん!それに桐ヶ谷君のおかげでドラマも成功しそうだし、本当に良いことづくめで楽しかった!」

「本当に結衣さんが嬉しいと、こっちも嬉しくなりますね」

「ありがと~純ちゃん。私も純ちゃんが嬉しいと嬉しいよ!」


「無限ループって怖くないかしら?」

「簡単なんだよこんなの♪」

「無限ループが?」

「しりとりの『る』ループとかね」


「あのアニメってそんなに平和なループでしたっけ?」


 そうやって談笑してると車が止まった。


「オリオン。着いたわよ」


 マネージャーの波川なみかわちゃんが、ドラマの撮影の関係で引っ越して来た十階建てのマンションに着いたことを教えてくれる。

 もっと凜華ちゃんたちと話していたかったな~。


「もう着いちゃったか~…。やっぱり歩いて帰りたかったなー」

「我儘を言わないで。夜道を年頃の女の子、それも国民的アイドルを歩いて帰らせるなんて出来る訳ないでしょ?」

「ぶー…」


「結衣、拗ねないの」

「はーい…」


 凜華ちゃんに諭されて、私は車から降りる。

 アイドルになってから徒歩で移動することが少なくなったから、私的にはそこが不満だ。


「それでは、明日は学校に迎えの車を寄越すからね」

「えー。歩いて行きたーい」

「ダメよ。撮影に間に合わなくなるでしょ?」


 うっ……学校から撮影現場までそれなりに遠いから仕方ないけど、少しでも身体を動かしていたい私からしたら、やっぱりちょっとストレス感じるなー。

 でも……


「うん。わかった」


 現在進行形で上機嫌な私は、素直に頷いた。


「……えらく聞き分けが良いわね?そんなにあの桐ヶ谷君という子と友達になれて嬉しかったの?」

「うん!」


 波川ちゃんに聞かれて、即答する。

 だって初めてアイドルなんてことを気にせずに接してくれた人だもん。そんな人と友達になれたら嬉しいに決まってるよ。

 早く明日になって、桐ヶ谷君に会いたいなー。待ち遠しくて仕方がない気持ちで一杯だ。


「えへへ~…」

「オリオン……貴女今、人に見せられないくらいだらしな可愛い顔してるわよ…」


「えへへ~…」

「純、マネしないの…」


 だらしな可愛いという新ジャンルを作りつつ、運転手さんに送ってくれたお礼を言って、皆にバイバイしてからマンションに入る。

 カードキーで入口を開けるのって未だに違和感…。今まで普通の鍵で開けてたからな~。

 こういう警備がしっかりしてる所に住んでると、自分がアイドルということを地味に実感する。


 エレベーターで自分の部屋がある八階に着いて、部屋の鍵を開けて入る。


「ただいま~!」

「おかえり~。ご飯出来てるわよ~」


 お母さんが長い髪を揺らしながら、顔を覗かせてそう言う。

 私は目をキラキラさせながらお母さんに駆け寄った。


「お母さんお母さん!聞いて聞いて!今日ね、凄い友達が出来たの!」

「凄い?あの学校に有名人っていたかしら?」

「そういうんじゃなくて――――」


 手洗いなどを済ませて、今日あったことを晩ご飯を食べながらお母さんに報告する。

 お母さんはずっと「そ〜」「良かったわね~」とニコニコしながら相槌を打ってくれる。


「良いお友達が出来たのねぇ。それも男の子の友達なんて初めてじゃない?」

「え?んー……確かにそうかも」


 アイドルになる前から、私に対して下心ある男の子がほとんどだったから、友達って呼べるほど仲の良い子はいなかったなぁ。


「せっかく普通に接してくれる友達、大切にね」

「うん!……ふぅ。ごちそうさまでした!」

「はーい。下げちゃうわね~」


 お母さんが食器を片付けてくれる。アイドルをやる前は洗い物だけじゃなくて家事は手伝ったりしてたけど、アイドルを始めてからは家事はお母さんが全部やってくれてる。

 おかげでアイドルや女優業に集中出来るから、本当にありがたい。


「それで、ドラマに一緒に出ることになったんだっけ?」

「うん。そうだよー。俳優さんが怪我しちゃったからねぇ」

「宣伝とかってどうするの?聞く限りだと、その子ドラマ以外で顔を出したくなさそうだけど?」

「宣伝?……あぁそっか。もうあの人と一緒に出るっていう宣伝しちゃってるんだった」


 私たちシリウスが初主演のドラマということで既にニュースに取り上げられてるし、ドラマを楽しみにしてる人たち……主に出られなくなった俳優さんのファンから凄く反感買いそう…。

 しかも別の人気俳優ならまだしも、一般人の桐ヶ谷君ってなると余計に。

 撮影期間が短いあまり、焦ってそこら辺全く考えてなかった~…。


 とそこで、私のスマホに着信が入った。江月ちゃんからだ。


「誰から?」

「監督から。ちょっと出て来るね」


 自分の部屋に行き、電話に出た。


「はいオリオンです。どうしたの江月ちゃん?」

『ああオリオンちゃん。こんな時間にごめんね?としたことが、桐ヶ谷君に頼み忘れてたことがあってね?それを代わりに伝えて欲しいんだ』

「桐ヶ谷君に?」

『うん。桐ヶ谷君のドラマ出演にあたり、桐ヶ谷君の親御さんから許可を貰うのすっかり忘れててさぁ…。法律上は許可が無くても大丈夫だった気がしないでもないんだけど、一応ね』

「ああ。なるほどね~……うん、わかった。桐ヶ谷君に伝えておくね。……あ!そうだ江月ちゃん。キャスト変更についてなんだけど……」


 私は江月ちゃんに、先ほどの懸念を伝えた。


『ああ~……そっか、そっちもか~…。こんな事は初めてだから、完全に頭から抜けていたな……………うん。じゃあ、明日のニュースで公表したいからさ。桐ヶ谷君に、名前とその他の最低限の情報だけでも公表して良いか、聞いてくれる?』


 しっかり者の江月ちゃんでも、こんなにミスを連発するんだなぁ。

 確かに江月ちゃんってば、いつも通りに見えて結構焦ってた雰囲気はあったかも。桐ヶ谷君をスカウトする時なんか特に。


「良いけど……顔は出さなくても良いの?」

『それは絶対、後にした方が良いね。いきなり顔出ししたら、ファンがうるさいから…。桐ヶ谷君のことを悪く言う訳じゃないし、そこが美徳なんだけど「なんでこんな冴えない奴使うんだ!?他にもっと良い役者いただろ!?」みたいな感じで、炎上待った無しだからさ』

「ああ……容易に想像出来ちゃう…」


 特にイケメン俳優の後だとなぁ……そう考えると、徐々に浸透させて行った方が良いか。

 私は桐ヶ谷君の顔好きだけどな~。学校で見せた優しそうな笑顔なんか特に。普段が無愛想なだけに、ちょっとしたギャップ萌えを感じました(丸)


「でも、いきなりドラマで公開っていうのも反感ヤバそうじゃない?」

『まぁね。そこでなんだけど、来週は確かバラエティ番組で宣伝する予定があったよね?』

「うん。それがどうかしたの?」

『そこで桐ヶ谷君の顔を公開するのさ』

「え……それってつまりー…?」


 江月ちゃんは、一呼吸置いて答えた。


『桐ヶ谷君に、その番組に出演してもらおうと思う』

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