撮影開始
「アクション!」
カンッ!という音と共に演技が始まる。
シュークリームを食べ歩きながら会話するシーン。
ここから桐ヶ谷誠が家族を殺した犯人を捕まえる為に特殊警察組織に入ったと告白するシーンまで長回しだ。
「いっただきまーす!はむっ……うーん!美味しい!」
鹿野さんがメロンパン並に、下手したらそれ以上に大きいかもしれない文字通りSUGOIDEKAIシュークリームに齧り付く。
普通なら失敗して生地がふっくら仕上がらなさそうなものだが、ちゃんとしたインパク(インパクトグラム)映えするシュークリームになっている。
このボリュームでお値段たったの300円。高校生のちょっとした贅沢にピッタリです。ありがとう、SUGOIDEKAIシュークリーム屋さん。
「もぐもぐ……甘ぇ…」
「シュークリームなんだから、当たり前でしょ?」
「そうだな。当たり前だな」
ほとんどアドリブなので何を喋れば良いのかわからず、ややぎこちなく喋る俺。やはりドラマの撮影は緊張してしまう。
だが、鹿野さんの勢いに押されてる風に見えてるだろうし、別に問題無いと思う(思いたい)。
「桐ヶ谷君って、意外と甘い物好きなんだね?」
「いや。君が拗ねて余計面倒臭くなりそうだったから一緒に食ってるだけで、好んで食べるほど好きじゃない」
「え?じゃあなんで並んでたの?」
「前半部分否定しないのかよ……家族とか親戚へのお土産選び。この件が片付いたら地元に帰るから、その下見。ゆっくり選んでる暇無いだろうし」
「へぇ~。でもシュークリームは適してなくない?持って行く内にダメになっちゃいそう。地元どこ?」
「北海道。配達してくれるらしいから、それに頼る」
「えー良いなぁ北海道。冬は雪で綺麗なんだもんね~」
「いや全然。綺麗なのは札幌雪祭りくらいなもんだ。実際は滑り止めの砂利とかで凄く汚い」
「うぅわっ。夢壊された気分…」
北海道の現実を教えると、少々オーバーにげんなりする鹿野さん。
ハリウッド版ピカチ○ウみたいで、ちょっと面白い。
ちなみに北海道は母さんの出身地だ。
お盆とかに遊びに行ったりしてる。
「じゃあ、本当に好きな物は?」
「……米」
「おお。ザ・日本人。じゃあ趣味は?」
「学校で話さなかったか?漫画アニメ、それとゲームだ」
「ゲームか~。どんなゲームやってるの?」
「なんでそんなことまで聞く?」
「いいじゃん。減るもんじゃないし」
「……原○とかウ○娘。あとオバ○ォ」
「本当!私も最近オバ○ォハマってるんだ~。ねね、フレンド登録して一緒にやらない?」
「……………」
俺は無言で嫌な顔をした。
「そ、そんな露骨に嫌な顔しないでよぉ…。傷付くぅ~…」
「だって、一緒にやるってなったらボイチャ付けるんだろ?俺ボイチャする時ヘッドホンするから耳元でやかましい声が聞こえて来るの嫌なんだけど…」
「私の!どこが!やかましいって!?」
「そういうとこだよ…。あと徐々に近付いてくるな」
しばらく鹿野さんは頬を限界まで膨らませて猛抗議してくる。
だけどそろそろ俺が組織に入った理由を聞いて来るところだったはずなんだが……あ。これはあれだ。ガチでフレンドになるって言わないと進まない奴だ。
「んぬぅ……わかったよ…。ID教えるから……それで良いだろう?」
「やったー!桐ヶ谷君と一緒にゲーム出来るー!」
「君はアイドルの仕事もあるんだから、機会は無さそうだけど…」
「そこはほら?お互い休みを合わせるとか」
「めんどい…」
「良いじゃ~ん。一日二日くらい合わせてくれてもぉ」
なんかこのまま話が進まず、商店街を抜けてしまいそうだ。
それだと流石に江月さんも撮影を止めてしまうだろう。
仕方ない。俺から切り出すか。
「はぁ~……さっきから俺のプライベートに土足で入り込んで来やがって…。鹿野さんは本当に凄いな…」
「えっへへ~。それほどでも~」
俺は鹿野さんをジト目で睨む。皮肉を皮肉とも思わないとは、本当に凄いな。
マジでそのお花畑な脳内を伐採、いや除草剤を撒いてやりたい。
と、そこで鹿野さんが顎に手を当てて、考える素振りを見せる。
そして、やや真剣な面持ちで聞いてくる。
「………ねぇ。土足ついでに、もうちょっと踏み込んだこと聞いて良い?」
「さらに踏み込んで来るんすか?もうお腹一杯なんで帰りたいんですけど?」
物理的に言うとシュークリームで。これ腹に溜まるんだよ…。
「なんで桐ヶ谷君は、この組織に入ったの?」
その言葉を聞いて俺は足を止め、鹿野さんも少し先で止まり、こちらを振り返る。
ここだ。俺が鹿野さんに相談して、アドリブを入れようと思ったシーン。
鹿野さんの目を見る。
「なんでそんなことを聞く?」
「私たちはそれぞれ、大なり小なり事情を抱えて組織に入った訳じゃん。だから他の人がどんな事情を抱えてるのか、ちょっと気になってたんだ。流石の私だって、こんなこと聞くのはデリカシーが無さ過ぎるって自覚はあるよ?だけど桐ヶ谷君……なんだか少し辛そうだったから…。もちろん、桐ヶ谷君が言いたくないなら、これ以上は聞かない」
鹿野さんから、先ほどまであった明るい雰囲気が消える。
まるでこちらのことを全て見透かしてるようだった。
「はぁ~……聞いたところで、嫌な気持ちにしかならんぞ。特に鹿野さんからしたら」
「いいよ。私から聞いたんだもん」
「……そう…」
そして俺は、本来のセリフとは異なるセリフを言う。
恐らく、視聴者の同情を大きく誘う、俺のアドリブ。
「中三の頃の話だ。俺には幼馴染の……恋人がいたんだ」
「恋人?」
俺のセリフを聞いた江月さんとスタッフさんたちに動揺が走る。
本来の設定と違うことを、まさか鹿野さんではなく俺がやるだなんて思わないよな。
「俺たちは幼稚園からの付き合いでな。俺から告って付き合い始めたんだ。お互い恋愛初心者なのもあって、最初はなかなか上手くいかなかった。それでも……笑い合って、毎日周りが羨むくらいには幸せに過ごしていたさ」
「……うん。なんとなく想像出来ちゃうな。優しい笑顔を浮かべてる桐ヶ谷君が」
「彼女にもよくそう言われたよ」
俺はその時の思い出を懐かしむように、空を見上げて語っていた。
「だけど、ある事件を切っ掛けに、その幸せは簡単に打ち砕かれた」
「事件……もしかしてそれが?」
「ああ。俺が組織に入った理由だ。当時、中高生の少女を狙った誘拐事件が多発していてな。俺の彼女も……その被害者の内の一人だ…」
鹿野さんは静かに、俺の言葉に耳を傾けていた。
俺は俯き、さらに続ける。
「あの時の俺は格好つけたがりでな。出来もしないのに、ずっと傍で守ってやるなんて言っちまった。傍にいない時は、大声で俺を呼べとも言った。必ず駆け付けるからって、約束しちまった。そんなの、ただの中坊のガキに出来る訳ないのにな」
「……………」
「そしてまんまと誘拐されちまった。幸い、と言って良いのかわからないけど、アイツが誘拐されてから一週間ほどで犯人は捕まった。他にも何人もの共犯がいたそうだが、数人逃がしちまって、そいつらの身元もわからないから今も逃走中だそうだ」
「そう……なんだ…」
「俺はすぐにアイツに会いに行った。だけど……誘拐されてからの一週間は、アイツに恐怖を植え付けるのに十分だった…。会って早々、俺はなんて言われたと思う?」
俺は自嘲の笑みを浮かべながら言う。
「噓つき……だってよ」
「……………」
鹿野さんは沈痛な面持ちになる。
「守るって言ったのに。呼んだら駆け付けるって言ったのに。出来もしない約束なんてしないでって、まるで親の仇でも見るような目で睨まれちまった」
「でもそれは……」
「わかってるさ。俺も、アイツも……ただ彼女に格好つけたかっただけの、ガキの戯言だったって。でもそんなの、言い訳にもなりゃしねぇ。大切な彼女を守ることも、交わした約束も守ることも出来ない、情けない男だってことに変わりはない」
「桐ヶ谷君…」
「そして情けない中坊は、どこまでも情けなくてな……翌日にアイツ、謝りに来たんだよ。誠を責めるなんて間違いだった、誠は何も悪くないのにって。情けない上に、屈辱だよな?大好きな彼女に、こんなこと言わせるだなんて…」
「……………」
そして俺は拳を強く握り、言う。
「それから北海道から出て来て、この組織に入った。アイツを酷い目に合わせた、逃げた犯人共を捕まえる為に……っていうのはただの言い訳。俺はただ彼女から逃げて来ただけだ。北海道にも支部くらいはあるのに、わざわざここに来たのがその証拠だ」
「……でも、北海道に帰るんだよね?」
「ああ……そっちの件は、親から顔を出せって言われたんだ。彼女に会うかは、まだ決めてない」
「そっか…」
「……………カーット!」
鹿野さんがそう言ってしばらくしてから、江月さんの声が響いた。
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