ドラマの設定
「それじゃあ、桐ヶ谷君もやる気になってくれたことだし、ドラマの設定とこの後のシーンについて手短に説明するよ」
江月さんはさっそくと台本を見せてくる。
夕方の商店街のシーンとのことだから、巻いて行かないといけないらしい。
「キャラの名前は、そのまま桐ヶ谷誠ということで行かせてもらうよ。さっき撮っちゃったシーンをまるまる使いたいからね」
「え?アレ使うんですか?もっとちゃんと撮った方が良いんじゃ?」
「安心してくれたまえ。ちゃんと様々な角度から撮らせてもらったから、問題無い」
「うーん。肖像権とはなんなのか、ますますわからなくなりますねぇ」
「ごめんって。そんなジト目で睨まないでくれよ…」
そこで注文したココアが届いたので、それを飲んでから改めて台本に目を向けて、江月さんの説明に耳を傾ける。
どうやら鹿野さんたちシリウスが主演のアクションドラマらしい。
内容は『芸能界の裏で色々と悪どい商売をしている奴らをとっちめる』というもの。
シリウスの三人は、この街で行われてる闇取引の真相を暴く為に転校という形で派遣された、アイドル警察という設定。
潜入や戦闘面の荒事をオリオン。通信やアイテムでサポートするアルファ。交渉や情報収集はイシス。(別にアルファとイシスが非戦闘員という訳ではないらしい)
そういった具合に、それぞれの得意分野で構成されたチームという設定。
一話ごとに協力者がいて、記念すべき第一話の協力者が俺がやる男子高校生。彼もまた特殊な警察組織の一員とのこと。
なんというか……聞くだけだと割と面白そうではある。B級感あるけど。
次に江月さんが説明したのは、オリオンと誠について。
超人気アイドルのシリウスを見ても特に気にした様子が無い。むしろ興味が無い雰囲気の男子高校生、桐ヶ谷誠。
今まで見たことのない反応をする彼が気になったオリオンこと鹿野結衣は、短い間とはいえ協力関係にある立場を口実に、桐ヶ谷誠に積極的に関わっていく。
そのシーンの内に、夕方の商店街を歩きながら話すシーンがあり、それがこの後撮るシーンだ。
「まぁぶっちゃけちゃうと、撮影は最初からやり直しで、台本もほとんど描き変えることになる。シリウスは桐ヶ谷誠が通う高校に転校してくる設定だからね。だから、中盤を撮ってからなんていう異例の撮影になっちゃうけど、後日改めて序盤の撮影をしなくちゃいけない」
「スケジュールが全然合わなくて、元々順番ごちゃごちゃだったけどね〜。今日来るはずだった俳優さんと撮影するのも、実は初だったし」
「ふーん」
シリウスは現役高校生アイドルだしな。学校行事とか最近の転校手続きとかでスケジュールが合わないのはままありそうな話ではある。
「……まぁ、役者が代わる訳ですし、改めて序盤のシーンを撮るのは当然でしょうね。でも、台本まで大幅に変える必要ってあるんですか?そりゃあ、多少の変更は必要でしょうけど」
「大いにあるさ。中盤から終盤は少しの修正で良いけど、序盤は違う。言ったでしょ?さっき撮ったシーンまるまる使うって。あそこまで親しく会話する関係になるようなシーンはほとんど無いんだ」
ああ……確かに、会って間もない男女二人の会話にしては、少々親密………いやどこが?俺ってば鹿野さんを突っぱねてましたけど?
「だから後で二人には、今日あった出来事を、出来る範囲で良いから事細かに話して欲しい。それを元に台本を作り直す」
「俺はまぁ、良いですけど」
「うーん。私も別に良いけど……江月ちゃん、連日徹夜だって聞いてるけど、大丈夫なの?」
「徹夜って言っても、深夜二時には寝てるし、基本的にオリオンちゃんたちが学校に通ってる間はお昼まで暇だしね。十分睡眠時間は確保出来てるのさ。子どもも上の子がしっかりしてるし、問題なし」
そう言って、再び真剣な面持ちで俺に向き直る江月さん。
てか子持ちなのかよ…。常識ねぇ親だな。
「それでこの後のシーン……さっきの流れで行くと、台本のセリフはほぼ意味が無いものになる。だからほとんどアドリブになるのだけど……良いかしら?」
「ええ。普通に会話するだけみたいですし」
俺はそのシーンに目を通す。
商店街を歩きながら、オリオンこと鹿野結衣が桐ヶ谷誠と趣味や好きな食べ物などを教え合いながら適当にぶらつく。
その中で、彼がなぜ特殊な警察組織に所属したのかを知ることになる。というシーンだ。
「理由は……家族を殺した犯人を捕まえる為、ですか」
「ああ。使い古された定番の設定だが、視聴者もわかりやすくて良い設定だからね。他に何か案が?」
「……いえ。特には」
「よし!じゃあ早速撮ろう!時間はもう残り少ない。巻きで行くよう!」
江月さんはそう言って、俺のココア代まで支払って店から一足先に出ていく。ゴチになります。
……しかしなんだろうか?これよりもっと良い設定がある気がする。
そう思いながら、作中の桐ヶ谷誠が所属した理由を見る。
……視聴者の同情を誘う、インパクトのある設定…。
「桐ヶ谷君。どうしたの、難しい顔をして?」
「……………鹿野さん」
「なに?」
考えた末、俺が考えた設定を江月さんに説明して許可を貰う時間は無いと判断。出来れば綺麗な夕焼けのまま撮影したいだろうし。
だから鹿野さんに聞いた。
「アドリブって、どこまで許される?」
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