より面倒臭くなるから…

 俺は帰宅部だ。放課後は真っ直ぐ家に帰る。

 今日はシリウスっていうアイドルユニットが転校してきたことにより、騒がしい一日になった。

 そのせいか、なんかいつもより学校にいる時間が長く感じた。主に鹿野さんのせいだと思う。


 俺の隣の席になった転校生、鹿野さんになぜか気に入られたもんだから、今日一日ずっと彼女に振り回されっぱなしだった。

 ……いや、気に入られた、と言うよりも懐かれたと言った方が正しいかもしれない。


 まるで飼い主に構って欲しくて仕方の無い犬みたいだったからな。自由奔放で天真爛漫な女の子。

 恐らく運動部の奴らより体力があり、身体能力も男顔負け。ただ勉強の方はあまり得意ではない印象を受ける。

 特に六時間目の数学だな。体育の後っていうのもあるだろうが、数式を見た瞬間に夢の世界に旅立ってしまった。

 明日友達のよしみで~みたいな感じでノートを見せてと言ってくる予感がする。


 そんなことを考えていると、後ろから今朝見掛けた男子生徒が横を通ていった。


「おい、早くしろよ!撮影終わっちまうって!」

「待てよ!?帰宅部の俺に無茶言うな!ていうかお前部活は?」

「サボる!」


 ………ああいう奴が就職や受験に失敗するんだろうな~…。


――――――――――――――――――――


 家に帰ると、お姉がソファに座っていた。

 じーっとこちらを見つめてくる。これはアレだ。誰かに対して怒っている時にやる行為だ。

 昼の件で大変そうだったもんな、お姉。

 他人事のように思っていると、お姉が一言だけ喋った。


「シュークリーム」

「………コンビニ?商店街?」

「商店街」

「おっきい方でよろしいでしょうか、お姉様」

「よろしい。でももうすぐご飯支度するから、明日で良い」


 表情を一切変えずに商店街の大きなシュークリームを所望するお姉。恐らく昼間の件を許して欲しければ買って来いということだろう。


「さいですか」


 そう言って、スマホをちょし……じゃない、触り始めたお姉の隣に腰掛ける。

 ……たまに方言が出そうになるの、早く直したい。


 通知をオフにして、バッジ機能だけオンにしているLITI《ライチ》を開く。

 一件だけ誰かからLITIが来ていた。


 送り主は総司だった。


『藤堂殿からイシスとして誠殿に火急の頼みごとがあるとのこと。ついては誠殿の連絡先を教えてもよろしいでござるか?』


 藤堂さんが?イシスとしてってことは、アイドルとしてってこと?


『え?なんで?』

『実は昼休みの時に二条院殿と藤堂殿と連絡先を交換したでござる』

『そうじゃなくて、なんで俺に頼みごと?しかもアイドルとしてなんて。明らか鹿野さんが俺を呼んでるようなもんじゃん…』

『拙者もよくわからんでござる。内密に話がしたいとのことでござるからして』

『無理矢理ござる口調にすんな…』

『して、誠殿の連絡先は渡しても?』

『まぁ良いけど…』

『おや?即答でござるか?面倒臭がってダメと言うと思ったでござる』

『どうせ鹿野さん絡みだろ?今日一日の付き合いしか無いけど、今日じゃなくても明日連絡先を無理矢理聞き出しに来るに決まってる…』

『あの犬みたいに尻尾をブンブン振ってそうな懐きようからして、拙者もそう思うでござる』


 総司から見ても、鹿野さんは俺に犬の如く懐いている風に見えるらしい。

 ああいうのを犬系女子と言うのだろうか?自由奔放さで言ったら猫っぽい感じもするけど。


『藤堂殿に誠殿の連絡先を送ったでごある』

『はいよ。ごあるになってるぞ』

『スルーしろでござる…』


 暫くして、俺の携帯に一本の着信が来た。


「もしもし。桐谷きりたにですけど」

『あれ!?桐ヶ谷さんじゃ……すみません!間違えました!』


 ぶつっ!つー…つー…つー…。

 面倒臭いことに変わりないので偽名使ったら信じちゃいました。

 藤堂さんが悪い人に騙されないか心配です。と、心にもない事を思ってみる。


「間違い電話だそうだ」

「……………話くらい聞いてあげたら?」


 暫くじーっと見つめてきたお姉が言う。

 俺が偽名使った理由を一瞬で理解する。勘の良い姉は嫌いじゃない。

 また俺の携帯が鳴った。さっきと同じ番号からだ。


「もしもし。桐谷ですけど」

「………誠…。お姉ちゃん心配だわ…」


 心にも無いことも無さそうなお言葉を頂いた。


『……桐ヶ谷君よね?』

「二条院さんだったか。こりゃ騙せねぇな」

『はぁ……純は本当に名を体で現してる子だから、勘弁してあげて…』

「すんません。で、要件は?まぁどうせ鹿野さんが、『私、友達になったのに桐ヶ谷君と連絡先交換してない!え?二人は早乙女君と交換したの?何それズルい!?』とかなんとか言ったんだろ?」

『凄いわね……今日一日で結衣の性格を完全に把握したのね…。まぁ本当の要件は全然違うけどね。それで、例の頼みなんだけど…』

「あ。頼みがあるのは本当なんだ…」


 面倒臭いと思いつつ、二条院さんから話を聞くことにした。

 絶対明日の方が面倒臭くなるから。鹿野さんが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る