氷鬼
5時間目の体育は体育館でやることになっていた。
前は外でやることになっていたが、急遽先生が体育館に変更したらしい。
鹿野さんは始まるギリギリで列に並んだ。結構な時間あのまま放心していたようだ。
チャイムが鳴り、号令がかかる。
「えー、今日は本当は外で男子はサッカー、女子はソフトボールの予定だったのですが、皆さん転校生が来て少々浮足立ってると思うんですよね。それも転校生はアイドルですので、余計に」
ほとんどの生徒が図星だったようで、主に男子が目を逸らした。
ちなみにうちの学年は例年より人数が少なかった為、二クラスのみだった。
少子化が進んでおりまする。……ド○えもんのもしもなんちゃらがあれば一発で解決出来そう。
……いや。人口爆発し過ぎて逆に問題になりそう…。アレも万能じゃないからな。
「ということで、今回は親睦を深める為に鬼ごっこをやりたいと思います!」
皆して「フゥーーーー!!!」と騒ぎ立てる。
この体育教師、
それらを理解し、生徒のやる気スイッチを押すことが出来る先生だ。たぶんこの学校で一番生徒のことを理解しようとし、思いやれる有能教師。
こうして生徒たちが転校生イベントで浮足立ってるのを見て、新しい仲間との親睦を深める機会も作るような人なので、生徒たちからの人気は計り知れない。
でも顔は至って普通なので、そんなにモテてる訳ではないらしい。本人はフツメンで良かったと言ってたので、満足してるのだろう。ぐぅ有能と言わざるを得ない。
皆が何鬼にするか相談し始める。
俺はなんでも良いので、あくびを噛み締めながら決まるのを待つ。
そこに中津先生が話しかけてきた。
「桐ヶ谷。今日もお前は平常運転だな。別に無理に参加しろとは言わないが、やりたいことがあるなら言って良いんだからな?」
「別に。俺は本当になんでも良いですよ。運動はむしろ好きなので、難しい奴でもなんでも、本当に」
「そうか。まぁお前は体育の成績も優秀だが、やっぱりあまりにも協調性がないからな~。先生も人それぞれの個性で良いと思うが、やはり客観的に見ると……」
「評価4でも良いですよ。俺は別にガチの秀才になりたい訳じゃないんで」
「まぁ、桐ヶ谷が満足なら良いんだ」
世間体というのもあり、こうして俺の悪いところを注意してくるが、この先生自体は俺のこの性格を大事な個性の一つとして捉えてくれるから、本当にありがたい。
俺が卒業するまで、どうかこの学校にいて欲しいものだ。教師って、僅か二年で転勤とか割とあるらしいからな。
程なくして、種目が決まる。
種目は氷鬼。
逃げる側は鬼にタッチされたら凍らされ、その場で両手を上げて決して動くことなく、助けを待つ。
逃げる側の誰かが捕まった人をタッチすると氷が溶けて、また逃げることが出来る。
それを繰り返して、制限時間内に逃げ切れれば逃げる側の勝利。
鬼側は男女から一人ずつ選出し、とにかく捕まえまくって全員凍らせたら勝ち。
もちろんこのままでは鬼側は不利なので、凍らされた人は五秒間助けることが出来ない仕様になっている。
鬼の決め方は男女で別れてじゃんけんして、最後まで残った二人が鬼ということになった。
「……で、なんで君となるんだろうね?」
「あははっ。私たち運命の赤い糸で結ばれてたりして?」
じゃんけんで最後まで残ったのは、俺と鹿野さんだった。
俺は鹿野さんの運命の赤い糸発言に露骨に嫌な顔をする。
「ちょっと!自分で言うのもアレだけど、美少女に赤い糸で結ばれてるって言われて、その反応どうなの!?」
「いや、至って普通の反応だと思います。近寄らないで」
「人を害虫を見るような目で見ないで!?」
「ゴキブリを見るような目でございます」
「名指ししてる分、余計酷いよ!?」
そんなバカなことを言い合っていると、二条院さんが声をかけてきた。
「あの。桐ヶ谷君。貴方は運動は得意な方?」
「ん?急に何?」
「お願いがあってね。結衣は男子顔負けの運動能力の持ち主だから、一人で無双出来ちゃいそうなのよね」
「は?そんな大袈裟な…」
「……………」
「え?マジ?」
大袈裟だと笑う俺に沈黙で答える二条院さん。
その目は割とマジだった…。
「だから、もし運動がある程度得意なら、結衣と手繋ぎの状態で鬼をやって欲しいの」
「は?なんだそれ?そんなんでまともに氷鬼出来るのか?」
「うーん。たぶん出来ると思うよ」
鹿野さんが自信満々に言う。
一体何を根拠に出来ると考えているのか……
「まぁ、桐ヶ谷君が私の足に着いて来れたらの話だけどね?」
ぴくっと自分の眉が動いた気がした。
鹿野さんを見るとキョトンとした顔で「どうしたの?」と言ってくる。
どうやら嫌味でもなんでもなく、本心から言っている様だった。
「結衣……貴女、もう少し言葉を…」
「あれ?もしかして私、なんかヤバいこと言っちゃいました?」
「はぁ……ごめんなさい桐ヶ谷君…。結衣に悪気は無いから許してあげて…」
「……いや。別に良いよ。手を繋いでも」
「え?良いの?」
「ああ。ただし、俺の足に鹿野さんが着いて来れれば、だけどな…」
『自分の方がお前より足速いけど、手を繋いだ状態で一緒に走れるのか?』
という挑発を暗に自分がしていたことに、俺の言葉で流石の鹿野さんもわかったようだ。
「なるほどね~。つまり桐ヶ谷君は私より足が速いと?」
「おんや~?そう聞こえたなら申し訳ない。何せ俺は煽られるなんて初めてだったもので、ついキャラに似合わずムキになってしまったようだ」
「あはははっ」
「ははははっ」
「……………」
「……………」
「えっと……二人とも?お、落ち着いて?」
全く笑ってるとは言い難い笑顔でお互いを睨み合う俺と鹿野さん。
二条院さんの言葉を無視して、どちらからともなく手を繋いでスタンバった。
「俺、やるからには全力でやるタイプだから。遅れるなよ、鹿野さん」
「それはこっちのセリフだよ。言っておくけど、私についてこれた男の子は誰一人いなかったんだからね。引きずられて、摩擦で火傷しないようにね」
「ご忠告どうも。俺も相手が女子だからって遠慮はしないから、そのつもりで」
「いいね~。望むところだよ」
周りからは、俺と鹿野さんから何か炎的な物が見えていることだろう。
逃げる側の皆は、やや怯えた表情をしていた。
特にガチで怯えてるのは、隆二と総司。そして二条院さんと藤堂さんだった。
「おい総司。昔の逃げ足は健在か?」
「隆二殿。拙者、ヲタクになってからまともに運動しとらんでござるよ…」
「がんばってあの頃の逃げ足を取り戻せ。誠が本気出すとどうなるか知ってるだろ?」
「あ……悪夢でござる…。小学校以来の悪夢再来でござる…」
「純。貴女は隅っこで大人しくしてなさい。動くと死ぬわよ」
「は、はい~…。逃○中で100人の鬼さんから逃げ切った結衣さん相手に、逃げるなんて往生際の悪い事はしません…」
「そういうことじゃなくて…。はぁ……反省、逆に焚きつけてしまったわ…。」
「ガタガタガタガタガタガタガタデス…」
俺と鹿野さんによる、恐怖の鬼ごっこが始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます