将来の夢となる選択肢
「あははは。凄かったねー。皆して理乃先輩に群がってて」
「無表情なのは相変わらずだったがな」
お姉が『好きな人に告白出来ますように』という願い事を去年の七夕で短冊に書いたことを言うと、その場にいた三年の女子たちが一斉にお姉に質問攻めしたのだ。
「どんな人?」「出会いは?」「どこを好きになった?」ともみくちゃにされてた。
俺と鹿野さんも巻き込まれてもみくちゃにされそうになったので、慌てて退散した次第だ。
「理乃先輩、じーっと桐ヶ谷君のこと見てたけど、アレって睨んでたのかな?」
「たぶん本人はそのつもりだったんだろうけど、表情を変えてないんじゃ意味がないな」
二年の教室に戻ろうと階段を下る。
その時、鹿野さんが俺の前に立ち止まり、俺を見上げる形で聞いてきた。
「ねぇ?桐ヶ谷君には、何か将来の夢とか無いの?」
「夢?」
「そう。夢。私はお嫁さんっていう夢があるけど、桐ヶ谷君にはそういう夢っていうのはあるのかな~って」
なるほど。単純な興味本位か。
他人の夢なんてどうでもいいと思うけど……夢……夢かぁ…。
「無いな」
「え。そうなの?意外~」
「意外?俺から夢は無いって聞いて、そんなこと言われたのは初めてだな。どこが意外だったよ」
「だって、桐ヶ谷君って凄く頭良いじゃん。漢検準一級とか、相当だよね?」
「まぁ、およそ3000字の漢字が範囲だからな」
「そんな凄い資格取ってるんだから、将来やりたいことあるのかな~って思うのが普通じゃない?」
確かに、鹿野さんの言う通りかもしれない。
普通に就職する分には、何も準一級まで取る必要までは無いって人の方が多いと思う。
まぁ大抵の人はやや距離のある大学やビルまで行くのが面倒とか、言い訳にもならないこと言ってるけど…。単純に勉強出来ないだけだろ。
「別に就職に有利だから取るってだけで、何か凄い研究者になりたい訳でも、何か凄い職業に就きたい訳でもない」
「う~ん。じゃあさ、子どもの頃は?プロのスポーツ選手になりたいとかあったんじゃない?」
「無い。ずっとのほほんと生きてきたから、プロ野球選手になりたいとか、そういう子どもらしい夢すら抱いたこともない。やってもつまらなかったしな」
「やったことはあるんだ」
「隆二に無理矢理な」
鹿野さんは「ふーん」と言い、顎に指を当て、目を閉じて思案する。
なぜ俺の夢にそこまで興味があるのかわからず、とりあえず放っておこうと先に教室に戻ろうと階段を降りようとすると、鹿野さんがまた「じゃあ」と声を上げる。
「今度はなに?次体育だから早めに準備したいんだけど」
「桐ヶ谷君って、ヲタクなんでしょ。漫画読むよね?」
「あまりの決め付けに草を生やしたくなるけど、まぁそうね。漫画は結構読むよ」
「ワン○ースとかNA○UTOとか?」
「読むな。バトル系は基本好きだから」
「じゃあ恋愛系は?」
「あまり読まないけど、最近はぼく○や100○ノにハマってはいる。……いや、後者はほぼギャグ漫画か」
なんでそんなこと聞いてくるのかわからないまま、質問に答えていく。
一体何が言いたいんだこの人は?
「100○ノはまだだけど、ぼく○は私も読んでるよ。全巻持ってる。いいよね~アレ。どのキャラが一番好き?」
「先生だな。もし教師になるなら、あんな教師になりてぇな」
「冷徹な教師に?」
「誰が初期の頃の先生つった。初登場時は全然好きじゃなかったわ。むしろ嫌いなタイプだった」
「あはははっ。きっとそういうファン多いよね~。……にっひひひぃ…」
鹿野さんが気持ち悪い笑みを浮かべて、俺を見てくる。
若干引く…。
「なんだよ。気持ち悪い笑みを浮かべて」
「心の中だけに留めて欲しかったなーそれ…。まぁそれはそれとして」
パンっと手を叩く鹿野さん。
気持ち悪い笑みからいつもの可愛い笑顔に変わる。
「あるじゃん」
「はぁ?なにが?」
「『やりたい』はないかもしれないけど、『なってみたい』ならあるじゃん。私、夢ってそれで十分だと思うんだ~」
なってみたい……教師になるならって話か?
「なってみたいとは言ってないぞ?」
「まぁまぁ、良いじゃんそれでも。もしもの話でも、十分だよ」
俺が教師に…?いやいや、向いてないだろ教師なんて。
「人に興味ない俺が教師とか、一番なっちゃいけないだろ」
「違うよ。なっちゃいけないのは、人を思いやれないクソ野郎だよ」
「それは論外という奴では?」
「というか、桐ヶ谷君さっき言ったじゃん。教師になるなら、あんな人になりたいって。漫画を読んだただの感想でも、それがいつか夢になることだってあるし、そういう理想像があるなら十分向いてると思う。私も、お母さんみたいなお嫁さんになりたいな~って思いから、夢は立派なお嫁さんになったの」
「……なんかイマイチ言いたいことがわからんぞ。一体俺に何を言いたくてこんな話してるんだ?」
「うーん。夢を持ってないっていうのは勿体ないって話?」
「なんで疑問形?」
鹿野さんは「私もよくわからない」と言って笑うと、階段を降りながら言う。
俺も付いていく形で降りていく。
「『やりたい』ことがないなら、もしもの話だとしても『やってみたい』、『なってみたい』って思った物を夢にしたらいいよ。なんか良いなって思った物でも良いと思う」
「は?それって夢とは言えない気がするんだが……」
「まぁ私の価値観みたいな物だよ。どんな仕事でも、一度でもやってみたい、なってみたいって思った物なら楽しくやれると思わない?少なくとも私はそう。アイドルって楽しそうだからやってみたいな~って思ってたところを、ちょうどスカウトされてね。実際やってみて、凄く楽しんでやれてるよ」
踊り場でまた立ち止まって、楽しんでやれてると言う鹿野さん。
その笑顔と言葉には噓偽りはなく、いつもながら眩しかった。
「……まぁ、なんとなくわかる。わざわざやりたくもない仕事に就くのもおかしいし」
「でしょ?一時の感情に任せてとまでは言わないけど、やっぱり楽しめる物をやりたいよね」
「……まぁ、だからって漫画を読んだ感想から、『教師になってみたい』となるかは別だろ?」
「うーん。でも、悪くはないんじゃない?もしもの話でも、ぼく○の先生みたいになりたいって思ったんでしょ?このままやりたいことが見つからなかったら、選択肢の一つにするのも良いと思う」
ああ……そういうことか。
鹿野さんは些細なことでも良いから、やりたいことが無いなら『将来の夢となる選択肢』を増やば良いと言いたいんだろう。
どうも鹿野さんの説明はわかりづらいが、たぶんそういうことだと思う。
「まぁ……悪くない考え方だと思う」
「でしょ~」
鹿野さんは得意げにそう言うと同時に、チャイムが鳴った。
なんか、昼休みなのにあまり休まった気がしないな…。
「わわっ。昼休み終わっちゃった。次体育だよね?早くしないと遅れちゃう!?」
「おい。そんなに急いだら……」
「あっ……」
慌てて階段を降りようとした鹿野さんが、階段を踏み外して体勢が崩れてしまう。
そのまま階段から転がり落ちて行く前に、俺は鹿野さんの腕を掴んで抱き寄せた。
「あっ………あ、ありがとう…」
「いいよ。次から気を付けなよ」
そう言って、鹿野さんを離して一人階段を降りていく。
「……け、結構……ガッシリしてた…」
しばらく放心してから呟かれた鹿野さんの言葉に振り向くと、彼女の顔と耳が赤く火照っているのが見えた。
が、俺は特に気にすることなく教室の体操着を取りに行った。
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