桐ヶ谷理乃

 昼飯を食い終わったあと、俺は鹿野さんを連れて三年の教室に来ていた。

 二条院さんと藤堂さんは総司ともう少し話していたいそうで、三人は教室に残った。


 総司と友達になりたいというのは社交辞令ではなかったということか。

 特に藤堂さん割とヲタクっぽかったし、総司のアニメ話も楽しそうに聞いてたもんな。


 総司もアイドルとか関係なく人と接するタイプで、素直な性格しているから二人からも気に入られたんだろう。


「あ。ここだね。三年C組」

「ああ。えーと……お姉は…」


 教室を見渡すが、お姉の姿が見えない。

 そういえば、ここ最近ポンポンペイン(お腹痛いの意)とか言っていたから、トイレに行っているのかもしれない。

 だったらここは早めに退散して出直すか。なぜなら……


「おい。アレってシリウスのオリオンちゃんじゃねぇか?」

「本当だ。マジで転校してきたんだー。でもなんでここにいるんだろう」

「二年だったよな?確か」


 鹿野さんがさっき言った通り、周りが騒ぎ始めてきた。

 このままでは鹿野さんにお近付きになろうと迫ってくる奴らが出てくる。


 俺は鹿野さんに今日はやめようと言おうとしたが、後ろから声がかかった。


「どうしたの誠。今日の晩御飯のリクエストでもしに来た?」


 振り返ると、二条院さんよりも背丈がある美人さんがそこにいた(つまり俺よりもうんと背が高い)。

 背中の半ほどまである髪を、後ろで軽く結んでいる女子……俺の姉だった。名前は理乃りの


「いや。そういうんじゃない」

「じゃあ、可愛い彼女の紹介?」

「俺にそんなのが出来るとでも?」

「やろうと思えば出来るでしょう?優良物件なんだから」


 表情一つ動かさず、淡々と言葉を述べる。

 本心なのかお世辞なのか、全くわからない無機質なその表情と鹿野さんのキラキラした表情をついつい見比べる。

 この「なんて綺麗な人なんだろう」と思ってるのが、すぐわかってしまうくらいキラキラした顔を見ると、いっぺん投げつけて交換してみたいと思ってしまった。


 弟の俺でさえ、お姉のこの真顔以外ほとんど見たことないからな。多少笑ったりする姿をたまに見る程度だ。

 とはいえ今さら表情豊かになられたら気持ち悪いが。


「そんなことはどうでもいい。今日転校してきた鹿野さんが、お姉に会いたいって聞かねぇから連れて来ただけ」

「そう……大変そうね」


 お姉は察しが良い人だ。俺が振り回されてるんだなとすぐに理解したらしい。


「初めまして!桐ヶ谷君のお姉ちゃん!私、鹿野結衣って言います!」

「ご丁寧にありがとう。桐ヶ谷理乃よ。誠のお友達?」

「はい!桐ヶ谷君とは隣の席で、教科書を見せてもらった縁で仲良くなりました」


 鹿野さんは表情を一切変えないお姉と楽しそうに話し出した。

 お姉は普段あまりしゃべらないが、鹿野さんのコミュ力の影響か幾らか饒舌になっている気がする。


「誠と仲良くしてくれてありがとう。この子は人に興味が無いから、幼馴染の二人以外に友達がいないのが心配だったの」

「へぇ~。そうなんですね。でも桐ヶ谷君は、私がアイドルなのを気にしないで接してくれる優しい人なので、全然心配する必要はないですよ」


 お姉が俺の心配してるなんて初耳だな…。いつも家ではポケーっとスマホ弄ってるイメージしかないから、意外だった。

 あと鹿野さん?俺のどこに優しい人要素があるのですか?


 ……まぁ鹿野さんの世界では俺は優しい部類なのだろう。

 誰が誰をどう見てるかなんて、それぞれ違うんだから。


 鹿野さんとお姉の会話をボーっと眺めていると、後ろから「ねぇねぇ」と誰かに突かれた。

 振り返ると、二人の女子がいた。


「君って、桐ヶ谷さんの弟さんなの?」

「ええ。そうっすけど」

「えー!?桐ヶ谷さんって弟さんいたんだー。知らなかったぁ。お姉さんより背が低いって、なんだか可愛いな~」

「はぁ…」


「ねぇねぇ。普段桐ヶ谷さんってどんな感じなの?一緒に話してても、何を考えてるのか全然わからないからさー」

「しかも自分のことほとんど話さないから、余計に気になるのよねー」


 冷めた反応をする俺を気にせず話す二人。どうやらお姉の知り合いのようだ。

 お姉ってば、学校でも相変わらずなんだな…。俺という弟がいることも知られてなかったみたいだ。

 でもそうか。考えてみれば、俺とお姉って学校ですれ違っても話すことないな。そりゃ俺たちが姉弟だなんて知られてないわな。


 お姉に何か用事がある訳でもないし、お姉も俺に何か用事が無い限り、家でも話しかけて来ない。

 それが俺たちにとって当たり前だったから、今まで疑問に思わなかったけど、これって一般的な姉弟ではないのでは?

 などと考えてみたが、それが俺とお姉の普通だから別に問題ないか。喧嘩も一切しない、手のかからない姉弟だって母さんも言っていたから、たぶん俺とお姉はこれで良いんだ。


信原しのはらさん。田付たつきさん。弟に聞いても無駄よ。弟も私のことをよく知らないわ。強いて上げるなら、私が無表情で何考えてるかわからないってことだけ。でもそれは貴女たちもわかっていることでしょう?」


 お姉が先輩女子二人にそう言う。

 相変わらずの無表情で感情が籠っていない言葉だが、どこか嫌味のある言い方だった。


「あ、ああ……そうなんだ。桐ヶ谷さんって本当に誰にでもそんな感じなんだね」

「まぁ確かに、桐ヶ谷さんが誰かと楽しそうに話すところとか全然想像出来ないしね。でも普通さぁ、家族にまで『氷の女王様』のままでいるー?」

「ねー。桐ヶ谷さん美人なんだから、弟さんの前くらい感情を表に出したら良いのに。そしたら、イケメン彼氏の一人や二人は簡単に出来ちゃって幸せになれちゃいそうなのに、なんだか勿体なーい」


「……そうね」


 「あははは」と勝手なことを言って笑い合う先輩女子二人。

 お姉は特に気にした様子もない感じだが……少しだけ、本当に少しだけ、溜息のような物がお姉の口から漏れた気がした。


 お姉も大変だな。こんな勝手なこと言う奴らを相手にしてて。


「……あの!先輩方……その言い方はないんじゃないですか?」


 俺が他人事のように思っていると、先輩女子二人にそう言ったのは、鹿野さんだった。


「鹿野さん。別に良いのよ。いつものことだから」

「尚更ダメじゃないですか!?いいですか理乃先輩?幸せっていうのは人それぞれなんです。自分の幸せを他人にどうこう勝手なこと言われて、嫌じゃないんですか?」

「……それは…」


「な、なに貴女?アイドルだからって調子に乗って……」

「アイドルとか関係ないです!私はただ本当のこと言っただけです。たとえ冗談でも、人の幸せをとやかく言う権利は誰にも無いんです。お二人はたぶん、私がアイドルだからとちやほやされて、調子に乗ってる幸せな女だと映ってるかもしれません。ですが、私にとって本当の幸せはアイドルなんかじゃありません」


 鹿野さんは一旦言葉を区切ると、声高々にして言った。


「私にとって本当の幸せは、『立派なお嫁さんになること』です!」


 鹿野さんのカミングアウトに、なんだなんだと騒いでいた周りがシーンと静まり返った。

 俺は思わず「ぶふっ」と吹き出してしまった。


「ちょ、桐ヶ谷君!?笑うことないじゃん!?」

「す、すまん……先輩相手に説教かまし始めたかと思ったら、いきなりシリアスさんがお亡くなりになる発言するからつい……ぷくく…」

「な、なんだとー!?私はこれでも真剣なんだよー、もうー!?ぶーーーーー…」

「悪い悪い。鹿野さんの言う通りだな。笑ってすまなかった」


 本当にこの人は真っ直ぐで、正直な人だ。

 俺の時もそうだったが、明らかに間違ってると思ったことに対して、こうしてぶつかっていくその精神は純粋に尊敬する。


 一頻り笑ったあと、俺は信原先輩と田付先輩に向き直った。


「あーそのー……お姉は弟の俺ですら何を考えてるのかわからないって言いましたが、実際は少しだけわかります。まぁお二人にお姉が、本当は普通の女の子と変わらないってすぐにわかってもらえそうなのは、去年の七夕でお姉が短冊に書いた願い事くらいですけど」

「願い事?」


「!? ま、誠!?そ、それは……」


 周りは依然としてシーンとなったままだ。

 お姉はミステリアスな部分が多いから、皆してお姉がどんな願い事を書いたか知りたいんだろう。


 俺も他人事のように思いつつも、これ以上実の姉が不本意なことを好き勝手言われるのは嫌な為、去年の七夕で短冊に書かれていたお姉の願い事を暴露した。

 お姉の願い事。それは………


「『好きな人に告白出来ますように』です」

「「「え?」」」


 俺がそう言うと、周りが信じられないとでも言いたげな目でお姉の方を見た。

 お姉の顔は……相変わらず無表情だが、耳が真っ赤であった。


「え?耳真っ赤…。か、可愛い…」


 その場にいた男子の誰かがそう呟くと、お姉はついに顔まで真っ赤になった。

 な?俺の姉も、ちゃんと普通の女の子だったろ。

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