桐ヶ谷誠と鹿野結衣④
昼休み。
鞄からお姉に作ってもらった弁当を取り出す。
今日は好物のだし巻き卵が入っていると言っていたので、食べるのが楽しみで仕方なかった。
弁当箱を包んでいる風呂敷を解いていると、教室がまた騒がしくなった。
もう鹿野さんで散々騒いだのに、今度はなんだ?
クラスの皆が向いている視線を追っていくと、教室の入り口で二人の女子生徒が誰かを探すように教室を見渡していた。
「あ!
「うるさっ。てか早く机離せよ。いつまでくっ付けてる気だよ…」
「結衣さん。お待たせしました」
「ううん。全然待ってないよ」
「聞けよ」
俺の言葉を無視して、年齢離れした胸の大きさをしている栗色の髪をしたショートカットの女子と話し出す鹿野さんに、溜息が出る。
もう一人のスラッとした高身長な、腰まである美しい黒髪をした女子は隆二と何か話している。
少し隆二が複雑そうな顔をしている気がしたが、それを気にする前に鹿野さんから紹介が入った。
「あ。紹介するね桐ヶ谷君。この子は
「初めまして桐ヶ谷さん。藤堂純です」
「ん。桐ヶ谷誠っす。じゃあ俺は行くから、鹿野さんと飯食うならこの席使っていいよ」
そう言って席から立つと、鹿野さんが俺の手を引っ掴んで来た。
「……なに?」
「桐ヶ谷君も一緒に食べよ?」
ニコッとこれまたキラキラした笑顔で言った。
「なんで?」
「だって私たち、もう友達でしょー?じゃあ一緒にお昼食べようよ!」
「はぁ?バカなの?頭の中お花畑なの?今日一日を通して俺と君が友達認定される要素がどこにあった?」
「教科書を見せてくれたこと!あと、休み時間の時に私が代わりに怒ってあげたこと!」
ダメだこの子早く何とかしないと。
鹿野さんの友達認定がガバガバ過ぎて頭を抱えたくなる。
「そう思っているのは鹿野さんだけだ。俺は君のことを友達だと思ってないし、仮に友達だったとしても一緒に飯を食べる程親しい仲では決してない」
「えー。そんなこと言わずに、お願いだよ桐ヶ谷く~ん。私もっと桐ヶ谷君と仲良くなりたいんだよー」
「俺は仲良くなりたくないですー。面倒臭いですー。それに君はアイドルなんだから特定の人物、しかも男と仲良くしてるところなんて見られたら、色々とまずいでしょ」
「……桐ヶ谷君…」
鹿野さんが声のトーンを少し落とし、上目遣いで寂しげに言った。
「お願い。私、アイドルとか関係なく一人の女の子として、桐ヶ谷君と仲良くなりたいの」
瞳を潤ませ、頬をやや赤くさせて言った鹿野さんの爆弾とも言える言葉に、クラスがシーンとなった。
皆してポカーンと間抜けな顔になっていた。
男子の中にはやや見惚れてる感じがするが…。
「……で?」
だが俺にはそんな鹿野さんの言葉は効かなかった。
だって完全に演技だもの。
「あれ?ダメ?」
「演技だってわかるわ。わかりやすいわ。そんな安い手に引っ掛かる程愚か者じゃねぇよ」
「ぶー。つれないな~…」
クラスの皆は「なんだ演技かー」「びっくりしたー」などと言って、鹿野さんの演技の感想を話し始めた。
正直言うと俺も演技だとは最初思わなかった。だけど若干目が泳いでいたことと、今日一日で見た彼女の性格から考えて、あんなしおらしい態度を取ることはまずないと思う。
それに女優としても活躍してるらしいから、あれぐらいの演技は出来るだろうと思った。実際出来てたし。
鹿野さんのしつこさにいい加減嫌気がさしていると、藤堂さんが鹿野さんを止めに入ってくれた。
「結衣さん。桐ヶ谷さんが困っているので、その辺にしませんか?」
「でも純ちゃんも見てわかったでしょ~。桐ヶ谷君は私たちのことアイドルとか芸能人とか関係なく接してくれるって」
鹿野さんが器用に頬を膨らませながら喋っていると(なにそれどうやってんの?)、凛とした爽やかな声がした。
「結衣。我儘を言ってはダメ。本人が迷惑しているんだから、その辺にしときなさい」
そう言って鹿野さんを諭したのは、藤堂さんと一緒に来ていた背の高い女子だった。
俺(170センチ)より少し背が高い…。しかも顔はしっかり女子なのに、隆二よりイケメンのように感じる。
隆二が複雑そうにしていたのは、女子に顔で負けたように感じたからか?アイツにそんなくだらないプライドなんて無かった気がするけど。
「だって…前みたいに普通に話せる友達が出来ると思って……」
「……まぁ…その気持ちはわかるけどね…」
鹿野さんは近くにいる俺たち三人にしか聞こえない声で、俯きながら言う。
今度のは演技でもなんでもなく、本当に心からそう言っているのがわかった。
俺は鹿野さんに聞こえないようにして、藤堂さんに聞く。
「鹿野さん、前の学校で何かあったん?」
「アイドルになる前からずっと仲が良かったお友達が、結衣さんがアイドルになると急によそよそしく……と言うのは流石に大袈裟なんですけど、だいたいそんな感じになったそうなんです。たぶん桐ヶ谷さんも見ていると思います。クラスの皆さんが、どこか距離のある様子で結衣さんとお話しているのを」
言われて思い返してみる。
確かに皆、『普通の女の子の鹿野さん』としてではなく、『アイドルの鹿野さん』として見ていた。
友達になることも烏滸がましいとか、バカなことを言ってる奴だっていたし。
恐らく、友達して鹿野さんと付き合っていくことがあったとしても、本当の意味で友達になってくれる人は少ないと思う。
彼ら彼女らの目には、『アイドルの鹿野さん』という風に映っているから。
「そういえば、アイドルとか気にしなくていいのに、みたいなことを呟いてたな」
「そういうことだと思います。最近は見なくなりましたが、デビューしたての頃は寂しそうな顔をする事が多かったです」
そう言われ、イケメン女子に慰められている鹿野さんを見てみる。
今にも泣き出しそうな表情をしている。
………そうか。あんなにしつこかったのは、また『普通の友達』が出来ると思って焦っていたのか。
じゃあさっきの……
『私、アイドルとか関係なく一人の女の子として、桐ヶ谷君と仲良くなりたいの』
あれは全部が全部演技ではなく、本心から出た言葉でもあったということか。
まぁ、あんな言われ方をされれば、普通の男子ならイチコロだろうしな。俺には効かなかったけど。
だけど流石に女子にガチであんな悲しそうな表情されると、俺も弱い……しょうがないな~、もう…。
しかし今日は先約がいる。なので……
「……今日は無理だけど、明日なら良いよ」
俺はなるべく努めて、優しく鹿野さんに言うと顔を上げた。
「え……良いの?」
「そんなガチ泣きしそうな顔でいられる方が面倒だからな。てかちょっと泣いてるし……ほら、ハンカチ貸すよ」
そう言ってハンカチを差し出す。
しかし鹿野さんはそれを無視して思い切り抱き付いて来て、俺の胸に頭をぐりぐりして来た。
「ぐふぅ!?おま、離れろ!うっとおしい!?」
「ありがとー!ありがとありがとありがと、ありがとー桐ヶ谷くーん!」
「……………おい。アルファさんであろう、そこの貴女。オリオンの保護者的立ち位置なんだろ?助けろ。俺がハンカチにされてる」
「うふふ。ごめんなさい。助けてあげたいのは山々なのだけれど、もう少しだけ結衣の我儘に付き合ってあげて。やっと念願の『お友達』が出来たみたいだから」
「………イシスさん?」
「は、はい!結衣さん。めっですよ!桐ヶ谷さんが困っています」
「約束だからね桐ヶ谷君!明日絶対一緒にご飯食べようね!」
アルファが駄目ならイシスにと助けを求めるも、その言葉を無視して尚もぐりぐりする鹿野さん。
「すみません!ダメでした!」
「ねぇ諦めないで?俺の制服が濡れる……てか現在進行形で濡れてる」
「本当にごめんなさい。結衣は今泣き顔を見られたくないのよ。だからもうちょっとだけお願い。あ。このタイミングで言うのもおかしいのだけれど、一応自己紹介。アルファこと
「……………はぁ……わかったよ…」
困惑しているクラスの皆には、二条院さんが今度出演する恋愛ドラマの練習に付き合ってもらっているという風に説明してもらった。
俺の中で、鹿野さんのことは『やかましい隣人』から『距離が近いウザイ友人』に昇格しておいた。誠に遺憾ではあるが…。
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