桐ヶ谷誠と鹿野結衣③
授業が終わって10分の休み時間になったら、クラスの皆が鹿野さんに群がるようにして話しかけた。
「鹿野さんって凄く綺麗な声してるよね!しかも美人さんだし。やっぱりアイドルは違うな~」
「えー。そんなことないよー。私よりも良い声する人や綺麗な人はいっぱいいるもん」
「アイドルだけど、鹿野さんは好きな人とかいるの?」
「うーん。好きって気持ちはよくわかんないなー。だから今はいないねぇ」
「おい。いないってよ。ワンチャンあるんじゃね?」
「ないない。住む世界が違い過ぎるって。冴木みたいな奴ならわかるけどよ」
「ちょっと男子?変な気を起こしたりしないでよ?」
「しねぇよ!第一友達になることすら烏滸がましいし…」
「よくわかってんじゃん」
皆がそんな勝手な事を言って笑い合ってると、やや暗い表情で鹿野さんは誰にも聞こえないようにボソリと呟いた。
「そういうこと一々気にしなくても良いのに……わかってないな~…」
机をくっつけたままだった為、俺にはその言葉が聞こえてしまった。
鹿野さんはアイドルとか関係なしに皆と付き合っていきたいらしい。まぁ、普通の付き合いが出来ないのはアイドル、というより芸能人の宿命なんだろうな。
鹿野さんが暗い表情だったのは一瞬で、すぐに元の眩しい笑顔で皆との会話に戻った。
――――――――――――――――――――
授業が終わる度に皆が鹿野さんに群がり始めるものだから、隣の俺にも若干の被害は出る。
三時間目の授業が終わった後の、休み時間のことだった。
トイレから戻って来ると、女子の一人が俺の椅子に座っていたのだ。
親しくもない人の席を勝手に使うのはどうかと思うが、まぁ有名人と少しでも話して仲良くなっておきたい気持ちはわからなくもない。人ってそういう生き物だから。
そう自分を納得させていると、鹿野さんが俺の席に座っている女子に言った。
「
「あ。ごめん桐ヶ谷。でももう少し借りてても良いでしょ?10分休みだし」
うわ。謎に俺を下に見てる言い草。俺の席を使うのがほぼ決定してるみたいな感じ、正直ムカつく…。
まぁカースト底辺の陰キャな俺が何言っても反感買うだけだし、別に良いけどさ。
ただ、どうやら不満な態度が顔に出てたらしく……
「何よ?ちょっと借りるだけじゃないのよ。そんな顔しなくたって良いじゃん!」
「はいはいそうですね。心の狭い俺が悪うございました」
そう言って、昼休みに会いに行こうと思っていた隣のクラスの友人の所に行こうと踵を返した。
すると、誰かが俺の手を軽く引っ張るようにして掴んで来た。
振り返ると、俺の手を掴んでいたのはなんと鹿野さんだった。
「言うこと聞く必要無いよ。桐ヶ谷君」
優しい笑顔と声でそう言ってくる。
そのまま俺を引き連れて、俺の席に座っている大野さんの所に行った。
「ねぇ大野さん。さっきの言い方はちょっと良くなかったと思うな。見た感じ、桐ヶ谷君と大野さんってそんなに親しい関係じゃないよね?」
「え……うん。そうだけど…」
「じゃあ、もうちょっと言い方があったでしょ?友達だったらまだ良いと思うけど、さっきの言い方は凄く桐ヶ谷君に対して失礼だよ」
鹿野さんの顔からは笑顔が消え、少し怒った表情をしていた。
そんな顔はテレビでも見たことないのか、大野さんだけでなく皆が萎縮した様子だった。
「えっと……ごめん桐ヶ谷。私、その……」
「別に。俺だって悪い部分はあるし、気にしなくていい。そのまま使ってて良いよ」
「うん……ありがとう」
そのタイミングでチャイムが鳴った。
このまま楽しく談笑することも出来なさそうだったし、ベストタイミングだった。
皆が「また後で」と鹿野さんに言って自分の席に戻って行く。
俺と鹿野さんも席に着くと、鹿野さんが声を掛けてきた。
「ごめんね。私のせいで」
そう謝って来る。
なぜ鹿野さんが謝る必要があるのだろうか?
「アイドルの私のせいで、桐ヶ谷君に嫌な思いさせちゃったでしょ?だから、ごめんね」
ああ。そういうことか。
鹿野さんは結構心優しい人のようだ。なにも自分のせいにしなくても良いのに。
「別に。普段から俺の態度が悪いから、ああなっただけだし。鹿野さんが気にすることないよ」
「でも……」
「むしろありがとう。俺の為に怒ってくれて」
俺が素直にお礼を言うと、鹿野さんが意外そうな顔で言ってくる。
「桐ヶ谷君って、お礼言えるんだ」
「はぁ?」
「だって、ずっと無愛想で口が悪い、不良みたいな桐ヶ谷君が素直にお礼が言えるなんて正直思ってなかったから。しかもそんな優しい表情で」
鹿野さんがそう言うと、前の席から「ぶふっ!」と吹き出す声がした。
隆二後でシバく。
ていうかさっき大野さんに親しくないのにどうとか言ってた癖に、この人は…。
「……じゃあもう礼は言わんし、愛想も良くしない」
「えー!なんでー!?もしかして私、せっかく開きかけてた桐ヶ谷君の心を閉めちゃった!?うわー勿体ないことしたー!」
「心開こうとしてないし…。バカなこと言ってないで、さっさとノート出したら。先生来たよ」
「今バカって言った!?野茂瀬先生!桐ヶ谷君がバカって言ってきたよー!」
「仲がよろしいことで結構結構。あははは!」
鹿野さんが「私に味方はいないのー!?」と悲痛の叫びを上げると、クラスが笑いに包まれる。
さっきの一連の流れで生じた暗い雰囲気はもう無くなっていた。
「はぁ……やかましい隣人が出来たなぁ…」
俺は誰に言うでもなく、そう呟いた。
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