桐ヶ谷誠と鹿野結衣②

 一時間目の授業は国語。

 俺は鹿野さんに教科書を見せる為に机をくっ付けていた。

 のだが……


「おい。なんで君までくっ付いて来るんだ?」

「え?この方が右のページ見やすいじゃん」


 鹿野さんはS極とN極の様に俺にくっついて来ていた。

 さっきの今なのに、この人の正気を色々と疑う。はかれない系少女か。


「えー。次の文章を鹿野さん読んでください」

「はーい。えっと……」


 国語担当の屋戸やど先生(62歳男性)に指された鹿野さんは席を立ち、俺の教科書を持って指定された箇所を丁寧に読んでいく。

 さすがアイドルをやってるだけあって、透き通った綺麗な声をしている。

 男女問わず、彼女の声に魅了されていた。


「はい。ありがとうございます。えー鹿野さんが読んでくれた所のですね―――」

「ねぇねぇ。どうだった?私の読み上げ」


 鹿野さんは座ると、読み上げの感想を求めてきた。

 俺に求めないでほしい。


「良かったんじゃない。知らんけど」

「ぶー。適当だなー」


 そう言って、また俺にくっ付いてきた。

 いい加減ウザったらしくなってきたので、舌打ちして彼女の顔を押して引き剥がした。


「えぶっ。何するのさ~…」

「ごめん。ウザかったから」

「ぶーーー…」


 また頬を膨らませて不満そうな態度を取る。

 不満なのはこっちの方だ。馴れ馴れしい。


 元々必要以上に人付き合いしたくない俺からしたら、彼女の行動は受け付けられないものだ。

 本人も自分がアイドルだっていう自覚をちゃんと持ち合わせてなさそうなのもまた問題だし、それ以前に女の子なんだから男に近付き過ぎるのは如何なものか…。


 などと馬鹿なやりとりしていると、屋戸先生が俺を指してきた。


「桐ヶ谷君。この漢字は会話で使うことはあっても、漢字で目にすることはあまり無いと思うんですけど、読めますか?」


 眠気を誘う声で言われ、黒板に書かれた漢字を見る。

 『頗る』と書かれている。


「すこぶる」

「はい。ありがとうございます。皆さんどうですか?読めましたでしょうか。『頗る』元気や『頗る』腹が立つなどと使いますが、まぁ皆さんの場合は『すげぇ』や『超』などを使って―――」


「凄いね。私全然読めなかった」


 鹿野さんがそう褒めてくる。


「別に……それなりの漢検持ってる奴だったら普通に読めると思うけど」

「そうなんだ。ということは桐ヶ谷君も持ってるの?」

「一応、準一級持ってる」

「上から二番目の!?すごーい!」


 鹿野さんはキラキラした笑顔で言う。

 混じりっけなく、あまりにもストレートに凄いと褒めてくれるので、少々気恥ずかしくなり、「どうも」とだけ言って前を向いた。

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