薬で成り立つ生なんてー僕みたいな存在は滅びるべきなんだー

光城 朱純

第1話 毎日飲む薬

「あいつ、目が赤いぞ。吸血鬼ヴァンパイアだ! 捕まえろ!」


 僕を捕らえようだなんて、無理に決まってるだろ? 吸血鬼化が進んだ僕のことを、人間が捕まえられるわけがない。

 遠くに聞こえる叫び声は次の瞬間には遥か彼方後ろ。

 僕の足は風よりも速く走り、鳥よりも高く飛ぶ。

 

 射られる矢が僕の足を掠め、剣の切先がこめかみに傷を作る。

 そんな傷も、血が出る前には消え去ってしまう。

 あぁ、僕は本当にバケモノになり下がってしまったんだ。

 

 それでも僕は走り続ける。腕に抱いた宝物を落とさないようにだけ注意して、ただ真っ直ぐに。




「レオ。これ、今日の分のお薬ね。ちゃんと飲んで」


 母さんは毎日僕に一錠の薬を渡す。

 それは丸薬のときもあるし、カプセルの時もある。粉薬を渡されたことはないってことは、僕が飲んでるコレは、きっと味が酷いんだ。


「うん。わかってるって」


 毎日同じ母さんからの注意。僕が飲み忘れないようにって、しつこいぐらいに念を押す。

 大好きな母さんから渡される薬にどんな効果があるかなんて、詳しく聞いたこともない。

 だって、母さんが僕のためにならないようなものを、飲ませるわけがないんだから。


「レオが今のまま元気でいられる薬なの。絶対に飲み忘れたりしちゃダメよ」


「はぁーい」


 僕の手のひらに薬を握らせながら、母さんが苦しそうにそう話す。

 母さんのそんな顔を見たくなくて、僕はいつでも何も考えてないフリをしながら、わざとらしく明るく声を出して薬を口に放り込む。

 口の中に溜まった唾を飲み込むのと同時に、薬を喉の奥へと運び込んだ。

 水? そんなものいらないよ。毎日飲んでる薬、いつだってどこだって、簡単に胃の中へ入れられる。

 



「レオ、これ今日の薬……」


「母さん! 薬が必要なのは母さんじゃないか。僕は心配しなくても飲み忘れたりなんかしないから、頼むから安静にしてて」


 ベッドに座りながら、震える手で僕に今日の分の薬を渡そうとする母さんは、僕の記憶にある母さんの姿の中で、一番弱ってきていた。

 母さんから毎日薬をもらい続けて、もう何度も季節が巡った。

 周りの野原に花が咲き乱れる春が来るたびに、僕は一つ成長して、母さんは一つ老いていく。

 それでも母さんの目には僕は能天気な顔で薬を口に入れる小さな子供で、僕の目には母さんは少し苦々しい顔をしながら僕に薬を渡す大人。そう写っているようだ。


 母さんと二人、何とか生活できるぐらいの広さしかない小さな家で、毎日刻一刻とその時が近寄ってくるのを感じる。

 体を起こすことが少なくなった母さんの枕元で、昔話に花を咲かせるのが日課。

 その合間を縫って、母さんが僕に薬を手渡して、文句を言いながら僕が受け取る。

 朝日を浴びながら目を開けて、星を数えながら目を閉じる。

 ただそれだけの毎日。だけど、きっとこれが平和っていうんだ。



「レオ……今日はお願いがあるの」


 母さんが改まって座り直して、僕の目を見つめてきたのは、春の訪れを告げる黄色い花が咲く少し前。

 冬の匂いはもう限りなく少なくなって、春の若芽の匂いが鼻の奥をくすぐり出した頃。

 

「何? お願い?」


「えぇ。もし、私に何かあったらね、エミリアのところに行って。そこでレオの薬を受け取って」


「何かって。縁起でもない。そんな日、まだしばらく来ないよ」


 母さんのお願いを、軽口と共に笑い飛ばした。だって、母さんに何かあるなんて、考えたくもない。


「ふふ。そんなことないわ。自分の体だもの。ちゃんとわかってる」


 僕の軽口を受け入れて、そして穏やかに微笑んで受け流した母さんが、息を引き取ったのは翌日の朝だった。

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