冒険のはじまり

「まったく!この私が行くって決めた、て言ってるのにグチグチしつこいんだから……」

 フィセラは愚痴をこぼしながら、憎っくき長髭の賢老の顔を思い浮かべた。

「まぁでも、許してやるか。こうやって、私1人で、ここに来れたんだから!」

 両手を広げて五感を解放する。

 その風景、そこに住む人々に声、風、空気をしっかりと体で受け止めた。

「いいねぇ、ファンタジー都市!」

 

 確かにそこには、どこか現実とはちがう街並みがあった。


 幅10メートルはどの石造りの道。周りの建物も木やレンガ、石を使っているのだろう。鉄を用いているようには見えなかった。

 道を行く人々はやはり日本の顔立ちではない。

 服装は皆似通ったもので、多種多様とは言えなかった。

 だが、ラガート村と比べればカラフルでキレイだ。

 

 ここはカル王国の南端にある都市・フラスク。

 特産や伝統品などは無い街だが、特筆すべき点がないわけではない。

 過去のとある戦争では最前線の砦として用いられた都市であり、外壁がぐるっと周囲を取り囲んでいるのだ。

 その外壁は後世に繋いでいくべき歴史として、必要のなくなった今でも時折補修がされている。

 

 人口は2万人ほどで、郊外の集落を合わせても3万を超えず、王都からは遠く離れた穏やかな時間が流れる都市だ。


 そんな小さな都市の真ん中を通る大通りにフィセラは立っていた。

「ねぇあの人何してるの?」

「見ちゃだめよ。早くきなさい!」

 人通りがある道でいきなり叫んだフィセラをある親子が不気味がっていた。


 それを聞いたファサラは両手を広げたまま、背中を逸らす。

 背後にいた子供をおかしな体勢で睨みつけた。

「……あ?」

 子供はビクッと震え上がり母親の方へと走って行った。

 

 ここで恥ずかしそうに顔を赤らめるような少女であれば、彼女は魔王とは呼ばれてはいないだろう。


「さて、まずは何をしようかな」

 姿勢を戻して気を取り直す。

 ――とりあえず、の目的はあるけど、それをするのに何をすればいいのかも分かんないんだよねー。

 行くあては考えずに歩き出してみる。

 ――でもそれがいい!自由とは、整備された綺麗な道を気持ちよーく進むことじゃない!道を阻む壁、崖、悪天候に苦難挫折、良いも悪いも全部あってこそ真の自由なのだ!


 テンションが上がり、脳内独り語りが多いフィセラである。


「やっぱり、めんどくさいな」

 早々に自力で「それ」を探すことを諦めた。

 

 フィセラはちょうど横を通り過ぎようとした男に声をかける。

「あの〜、冒険者のギルド?協会?集会所?て知ってます?」

「冒険者協会だろ?この街の支部はこの通りじゃないよ。1本向こうに行って、左だ」

 男は十分な情報だけ教えるとすぐに去って行った。

「協会、支部……。詳しいことはそこで聞けばいいか」

 

 フィセラの第1の目的、それは冒険者になること。

 それを叶えるため、都市フラスクに来たのだ。

 

 アンフル時代にもプレイヤーだけの集会所に行ったことがある。

 協会の支部という場所も、そこと似たような光景だろうか、とほんの少しの期待を胸に道を進んでいく。


 もともと都市を見て回ろうと街の中心近くにいたからか、目的の建物にはすぐに着いた。

 周りの建物よりは大きいが同程度の大きさのものは街の中で何度も見た、というぐらいである。

 想像していたそれっぽさはあまり無かった。

「ん――……」

 フィセラは正面の扉を開けて入る前に、その上に置かれている看板を見つけた。

 ――……読めない。言葉が通じるなら文字も読めるようにしてくれないかなぁ?異世界転生はそこらへんがなイマイチなのよね。


「ジャマしますよー」

 遠慮気味に小声を発しながら、扉を少し開く。

 その隙間からでも、屋内に数人の人間がいるのが確認できた。

 フィセラは安心して扉を開き中へ入っていく。

 


 カル王国。

 冒険者協会依頼発行所、都市フラスク支部。


 建物の中に居たのは20人ほど、風貌から察するに彼らが冒険者だろう。

 奥のカウンターの向こうにも人が見える。そちらにいるのが従業員、いわゆる受付嬢(男も見えるが)と呼ばれる者たちということだ。


 冒険者たちは扉を開けて入って来た者を一瞥する。

 まだ来ていない仲間かもしれないし、依頼者かもしれないからだ。

 だが、それらとは違うものだと知って視線を戻す。

 だがこの時、入って来た者の顔に覚えが無いことに気づいて、また見る。

 新顔、それに女。

 珍しい、と言うほどでもないが、少しは気になる。だが、その程度だ。


 そして、ようやく気付くのだ。

 そこに立つ女のあまりにも整えられた完璧な美貌に。

 光を吸い込むような漆黒の髪。

 燃えるような赤い瞳と唇。

 肌は赤子の肌のように柔らかそうで綺麗だ。

 腰に付けた剣を見るに冒険者なのは間違いないはずだが、その肌には傷1つ無い。


 誰も彼もその美しさから目を離すことは出来ないでいた。


 無関心、興味、驚愕。

 典型的な2度見、3度見をほとんどの冒険者たちが見せた。

 

 フィセラはそれに気づかず、まずは建物の造りを見ている。

「ふんふん。紙がいっぱい張られた掲示板、向かいにある受付、大きめの机や椅子、ドアも全部サイズが大きい…………冒険者の匂いがするなぁ~」

 ――最初は掲示板を見る…………じゃなくて!登録とかかな?

 フィセラは掲示板を見てみようと近づいたが、直前で方向転換して受け付けは向かった。

 

 決して、張られた紙の詳細が見える位置で文字が読めないことを思い出した訳ではない。


「どうも。冒険者になりたいのだけど、ここであってるかな?」

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