冒険のはじまり(2)
「はっ、はい?え……と」
フィセラの言葉を聞き取れなかったのか、受付嬢は彼女の服装から身分と要件を探る。
フィセラの装備は当然いつもの漆黒のものではない。
下から<アンサン伯爵の遺産・ブーツ・27/99>、<皇族御用達服飾士のレディースパンツ・ブラックカラー>。
上半身には<ブランド・バルエマのホワイトシャツ>、<太陽を泳いだ蛇の革手袋>。
アイテムの性能とラフさの両立を求めた末のコーディネートになっている。戦闘の楽しさを保つために若干だが性能は落とし気味だ。
この見た目だけで言えば、貴族上がりの女騎士の休日、という風にも見えるだろう。
少なくとも村人Aには見えないはずだ。
「冒険者になりたいけど、何から始めればいいのか分からなくて……」
「では、冒険者の資格初登録ですね!」
用件を理解した受付嬢は快く応対したくれた。
「そんな感じ」
「ありがとうございます。最初の登録手続きに時間はかかりません。さっそくですが、いくつかの確認事項がありますので、私の質問にお答えください」
「ええ。いいわよ」
――ゲームアカウント取得前の規約同意みたいなものかな?
受付嬢がカウンターの下の引き出しから何かを取り出す。
フィセラ側からは死角になっており何を出したのか見えないが、目線から推測するに何らかの用紙だろう。
そこに書かれた文字を目で追いながら、受付嬢が質問をしていく。
「まず、冒険者資格の取得は今回が初めてですか?」
「うん」
「他都市、あるいは他国での資格取得もありませんね?」
「ええ」
「犯罪歴はありますか?これによる資格はく奪等はありませんので、正直にお答えください」
「無いわ」
――この国の軍隊を皆殺しにしたのは、たぶんノーカンよね。
その後もいくつかの質問がされたが、どれも簡単に答えられるものばかりだった。
この質問の段階で問題がある者などほとんどいないのだろう。
受付嬢は特にメモを取ることも無く事項の確認を済ませた。
「では、ここにお名前と住んでいる場所、職業をお書きください」
「…………ちょっと待ってね」
――この女っ。文字が読めないって言ってんだろ?……いや言ってはないけど……、どうしよ。
「…………もうちょ~~と待ってね」
「はい?……あ!この都市へ来たばかりでしたか?であれば名前としょくぎょ、……職業も冒険者仲間と話し合って決める人もいますから。今は名前だけでいいですよ」
受付嬢はこちらの事情を理解したような笑顔で用紙を引き戻した。
ペンを持ってフィセラを待つ。どうやら名前程度ならば、と代わりに書いてくれるようだ。
「名前だけ!?それでいいの?」
それだけで登録できるのか、と逆に不安になってしまう。
だが受付嬢は変わらない笑みでフィセラを待っている。
「そ、そう。私の名前はフィ…………」
――あれ?いつだか大森林に来た兵士と冒険者にはなんて自己紹介したっけ?名前はそのまま、だったような。でも変装はしてた?覚えてないわね。とすると「フィセラ」で登録するのは……都合が悪いか。
どんな都合が悪くなるかはまったく分からないが、とりあえず偽名を使うことにした。
「セラよ、私の名前はセラ」
いい名前が思いつかなかった。
「セラ様ですね。初めての登録は無料ですが、変更にはお金が必要です。ご注意ください」
「は~い。と言うか名前だけでほんとにいいの?」
「これはまだ仮登録ですから。本登録は<ランク認定試験>の完了後です。……セラ様は運がいいですね。ちょうど明日が試験依頼の日なんですよ。参加なさいますか?」
――何言ってるのか全然分からないけど、試験ってのは実力測定みたいな感じでしょう。断る理由もないわね。暇だし。
「もちろん。参加でよろしく」
受付嬢の快い返事を聞いた後。
フィセラはカウンターの反対にある掲示板を見ていた。
受付嬢によると依頼内容によって下位と上位に区別されているらしい。
金額、戦闘の有無、目標の発見、攻略、討伐の難度。
色々な面を見て判断しているということだ。
今フィセラが見ているのは下位の依頼書が貼られた掲示板だ。
文字の読めない彼女でも数枚見ただけで初心者向けだとわかった。
――この葉っぱの絵と同じものを取ってこいと言う訳ね。簡単そうだけどあんまり人気ないのかしら?紙がボロボロだわ。
手を伸ばして触れてみる。
紙というよりもっと分厚いものだが、触っただけでやはり劣化を感じられた。
――ずっと貼ってある……通年で依頼が出されてる?いつ持ってきても買い取ってくれるとかか。
「頭いいなわたし」
自画自賛をし始めるフィセラ。
ここで依頼書を見ていても、それらを受けること出来ない。
依頼受注は正式な冒険者だけが出来る。
今のフィセラでは、どれだけ掲示板を見ても時間の浪費だ。
そろそろ帰ろう、と後ろを振り返ったところで背後に人が立っていることに気づいた。
女が2人だ。
「あ、待たせちゃってた?ごめんね」
片手を上げて礼をする。
すると、女の1人がニコッと笑みを作った。
「あなたの為ならばいつまでも待ちましょう。セラ様」
フィセラに対する尊敬の念が女から溢れ出ている。
日頃、NPCからの向けられるそれには慣れているが、初対面の者から向けられる身に覚えのない感情には耐性がなかった。
「え?あ、ハハッハ、ハハ。さっきの聞こえてた?恥ずかしいなぁ」
――……こいつはヤベェやつだな。よし逃げるか?
後退りし始めたフィセラを逃がさないように、女がもう一度その名前を呼んだ。
「セラ様。あなたに提案があるのです」
「は?……………………なに?」
なんの脈絡もない突然の提案。
口にされてしまったからには、聞いてしまったからには、逃げる選択肢は無い。
無視することのできない状況で、渋々とだが話を聞くことにした。
「私たちとパーティを組みませんか?この私タラムと彼女シオン、そしてあなた。3人の冒険者パーティです」
タラムとシオン。
身なりは確かに冒険者のものである。
だが顔立ちは普通じゃない。
ファセラ同様に眉目秀麗、一笑千金、傾国傾城の美しさを持っているのだ。
タラムと名乗った女の美しさには妖艶さがある。
真っ白な肌に、肩口で揃えられた黒髪。束にした白い髪の毛がアクセントになっていた。
濃い茶色のマントを羽織っており、正面の隙間から薄紫のスカートが見える。上半身にも同じ色がある。
おそらく、ロングワンピースのようなものを着ているのだろう。
手に持つのは彼女の背丈とほぼ同じ杖。
木製でありながら正直なまっすぐな形をしており、1番上の部分の材質が石になっているだけのシンプルな杖だ。
「私はシヨ…………んん゛!私はシオン、です」
自分の名前を噛んだことで少し気まずそうな顔を見せる。
シオンはタラムとは正反対のイメージを感じさせる外見だ。
金色の髪、高身長のスタイル。
活発なスポーツ美女という雰囲気である。
上半身はしっかりと鎧を身につけ、下半身は膝から下のみの鎧という装備だ。
胸や肩周りには鎧の上から白い布が装飾されていて、ゴツゴツとした鎧の雰囲気を和らげている。
鎧の中に詰め物をしていなければの話だが、胸がデカい。
「どこかで会ったことある?」
2人は首を振る。
「いいえ、ありません。今日初めてお会いしました」
「だったらなんで私を誘うわけ?話聞いてたんでしょ。私はまだ冒険者になってもいないんだけど?明日が、」
「ええ、全て存じております」
――全てだぁ?……やっぱ逃げるか、ダッシュで!
「だからこそ、私たちには……そうする他無いのです」
胡散臭さを感じていたフィセラだが、この瞬間、より一層に怪しい雰囲気が深くなった。
そこへシオンが間に入る。
「パーティに参加するかはゆっくり考えてください。私たちはここで……」
シオンは丁寧にお辞儀してタラムの手を引く。
その時何かを耳打ちしていたが、その内容は流石のフィセラにも聞き取れなかった。
「……くぞ、めだ……すぎだ。……んせんす……、……えいの……だろう?」
タラムは、はっとしたような反応をしてから顔をうつ向かせる。
黙ってしまったタラムをどうすればいいのかフィセラは分からず、仲間のはずのシオンも何もできなかった。
体感では長く感じたが、実際は2,3秒の沈黙である。
その後顔を上げた彼女は晴れやかな顔をしていた。
「申し訳ありません。セラ様。少し焦っていたようです。お返事はまたの機会で構いません。私達と共に冒険を……少し考えていただければ幸いです」
「私からもお願いします」
シオンが頭を下げる。
それでは、と言って去っていく2人の姿をフィセラは黙って見ていた。
「なんか雰囲気と言うか深刻さと言うか……、温度差ありすぎじゃね?私たち」
アンフル時代にギルドへの勧誘をしていた彼女でも、ここまで切羽詰まったような勧誘をしたことは無かった。
「でもまあ、独りよりかはね……」
そう口にすると、つい笑みをこぼしてしまう。
「護衛が必要って言われたのを断って1人で来たのは私なのに、結局仲間を欲しがるのか」
仲間と共に冒険をし、仲間と共ににギルドを築き、仲間と共に居場所を守ったきた。
そんな彼女にとっては孤独は耐え難いものだった。
たとえそれが孤高に至るものだとしても。
――とにかく明日は試験か。楽しませてくれるといいけど……ね。
「さて、宿探すか」
次の日。
試験場・指定地点にて。
「おはようございます。セラ様」「おはようございます!」
「う、うん。おはよ」
――いや居るんかい!
普通にいた。
――次あったら返事を、みたいなこと言ってたけどこれじゃねえよな?
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