プロローグ(5人目)

 ゲナの決戦砦に作成された施設は多くあるが、転移後の稼働率はやはり、大食堂が群を抜いて高かった。

 VRMMO<アンフルフェイルド・ウィッシュ>時代にも食堂はあった。もちろん、形だけなものではなく実際に動いていた。

 <料理>の付与効果を目的として、クエストや迷宮の攻略、アイテムやNPCの制作時の支援準備施設として毎日のように動作していた。


 大食堂には5名のNPCが常時配置されている。

 驚くべきことに5人のレベルは、全員が90レベルを超えていた。

 だが、考えてみればそれも当然だ。

 ギルドメンバーの趣味や拠点の装飾としてのNPCではなく、実際のゲームプレイに影響を与える<料理人>達なのだから。

 一部のNPCを除いた戦闘キャラクター、施設やエリアの主人を務める幹部キャラクター、と同レベル帯と思えば彼らのレベルの高さは想像しやすいだろう。

 

 大食堂の構造はシンプルだ。

 円の中に527席もの食事用の空間、それらを囲むように5つの厨房がある。出入り口となる扉を含めると、ちょうど6等分にしたように、外円に入り口と厨房が並ぶ形となっている。


 ちなみに527席という中途半端な数なのは、もともと500席で設計したところに、他のギルドメンバーがそれぞれデザインした机や椅子を勝手に配置した結果である。

 

 作る料理は5名のNPCによってそれぞれ種類が分けられている。

 それは和・洋・中・神・魔。

 和洋中ならばゲームを知らなくても理解できるだろう。

 特殊なのは神魔であるが、少なくとも、フィセラが食すことは今後一切ないものだ。


 そして現在、食事を必要とするNPCのためにその扉を開いた大食堂は大いに賑わっていた。

 5人の料理人たちも、その腕を存分に振るえる環境には満足しているようだ。

 

 そんな食堂にファセラの姿があったのはほんの数分前のことである。

 

 彼女が大食堂に近づくと徐々に食堂から届く声は小さくなっていく。建物の中に足を踏み入れた瞬間には、今まで食事を取っていた全員が起立不動となるのだ。

 これを直すには「普段通りにしろ」というだけ。

 毎回しなくてはいけない、ということを無視すれば大きな問題でもない、はずだ。


 少し前、食堂に入ったフィセラは和食料理人・ウミノアラシを訪れた後すぐに出ていってしまった。

 

 もしや、自分たちがいるから落ち着いて食事を取れない、と思われてしまったのでないか?

 食堂に残されたNPCたちはそんなことを思いながら、どんよりした空気の中で食事を続けていた。


 当のフィセラはというと、ルンルンで城門の下を歩いていた。

「食堂でお行儀よく食べるより、その日に思いついた場所でテキトーにすませる方がいいの。ね?」

 後ろを歩く2人のメイドに振り返る。

 はい、と決まったセリフしか帰ってこないが、独りでいるよりはマシだ。

 同意を求めるような聞き方には必ず、はい、と答えるが、当然普通の話もできる。

 砦内であればどこにでもついてくるのが鬱陶しいと思ったが、今では良い話し相手だ。

 そうやって話しながら、フィセラは食堂で受け取ったテイクアウト(持ち運べるアイテムというわけでは無く、ただ単に作った料理を包んだだけ)を片手に、外へ向かっていた。

 

 城門にはすでに整列をした門番・戦士たちとレグルスがいる。

 

 私がくる前から整列してない?

 どうやって気づいたの?

 そういう連絡網とかあるの?


 という疑問を待つ時期はすでに過去のことだ。

 答えは得られていないが。


 フィセラは簡単な挨拶だけをして、彼らの前を通り過ぎていく。

「ご飯食べにきただけだから、気にしなくていいわ」

「ごはん……こちらでお食事を?……!」

 レグルスはフィセラの手にある包みを見て理解した。

 と言うより、包みの中から漂う匂いを感じ取ったのだ。

「下がっていろ、お前たち」

 フィセラのため、レグルスは戦士たちに砦の中へ入っているように命ずる。

 だが、彼だけは彼女のあとを追う。

 

 ステージ管理者というギルドの幹部としては、本当にフィセラを1人にしてしまうことはあってはいけないことである。


 城門を通り抜けたフィセラはその先で、外の景色を眺めていた。

 その場所はまさしく彼女がこの世界に転移したあの日、半壊した門をくぐって砦の外に出たあの場所だ。

 だが、扉はとっくに直され地面さえ変わっていた。

 

「この石畳は誰が作ったの?」

 問われたメイドたちはあたふたし始めた。

 質問の答えが分からなかったのだろう。

 フィセラがそれに気づき悪いことをしたと思って、気にしないで、そう言おうとした瞬間。

「ヘイゲンでございます。フィセラ様」

 メイドたちのさらに後ろにいたレグルスが答えた。

「なにやらアイテムを用いて瞬く間に地面を石畳に変えておりました」

 ――ビルド用のアイテムかな?あれもNPCが使えるようになってるんだ。

「階段は?」


 城門の前の石畳は20メートルほど続いており、その先は山の斜面があったはずだが、今では立派な大階段がある。

 もちろん人間用のサイズで作られており、フィセラが一段一段降りられる幅になっていた。


「そちらも同様にヘイゲンですな。確か、同じアイテムを用いていましたが、使用する前に召喚した50体のゴーレムに命じて斜面を階段状にしておりました」

「へぇ……地形変化じゃなくて、材質変化か」

 ――拠点制作までNPCが出来る世界ってこと?便利だな~。

 そのような感想だけを思い浮かべながら、フィセラはまた歩きはじめた。


 階段を一段降りて、そのまま下まで行くように見えたが、そこで足を止めて階段に腰を下ろした。

 地面に座った主人の姿にメイドは困惑したが、レグルスは落ち着いていた。

 それを見てメイドたちは一歩下がる。レグルスに場を任せたようだ。

 

 フィセラは背後に立つ者たちを無視して、持っていたテイクアウトの包みを地面に広げた。

「今日のご飯は何かな~?」

 と言っても最近のフィセラは「おむすび」にハマっていたので、包みの中はいつも通りのおむすび3つと少しの漬物である。

 かなり大ぶりのおむすびで、それなりの量に見える。

 ――この体に太る概念があるのか…………絶対無い!まあ知らないけど、多分ね、たぶん。


 この時、大食堂の料理人・ウミノアラシの言葉を思いだした。

 中の具は食べるまで分からないから予想しながら楽しんでください、と言われたのだ。

 だがフィセラは容赦なく<上級鑑定>を発動させた。


 ――今日のご飯が何なのか考えるのが好きなのであって、食べるまで分からないのは好きじゃないんだよね。

 鑑定結果は、スカイオーシャンの至宝の切り身、一日鳥のから揚げ、野草だった。

「野草?」

 ――多分、うちの農場で作った野菜だな。自分で作った素材とかってアイテム名付けられないことがあるし。地産地消はいいことよね。

 とりあえずは野草以外のどちらかを適当に手に取り、口に頬張る。

 

 食べながらも視線は森の方に向けられており、見えている景色は常人のそれではなかった。

 砦から山を下った先にあるのは樹霊たちの囲い、そしてそこから北(その方角が本当に北かどうかは定かではないが、太陽の動きから考えてそう呼んでいるだけ)に延びる巨大な「道」だ。

 その先端、何千メートルも先で動く点のような影を見ていた。


 もぐもぐと口を動かしながらフィセラは喋る。

「巨人たちは今日も頑張ってるね」

 彼女の視力をもってすれば、遠く離れた場所で働くジャイアン族を観察することは容易なのだ。

 

「もう少しで森を開通できるんじゃない?あんなアイテムでここまでやったと考えればすごいもんだよ」

「フィセラ様、どうして彼らにあのようなご命令を与えたのですか?」

「ん?ああ、デバフがたんまり付いた斧で森を切り開けってやつ?」

 レグルスが頷く。

「効率的なレベリングをするには、わざと馬鹿みたいな負荷をかけるのがいいって、誰かが言ってたからさ」

「彼らを鍛えているのですね。戦場に出すおつもりで?」

「いやいやいや、強いのが罪になることは無いってだけの話よ」


 ふむ、と何やら考え出すレグルス。主人が明かさない深い考えを探ろうとするが、シワを寄せる獅子の顔を見るとその調子は良くないようだ。


 喋りながらも食事を続けていたフィセラは、最後のおむすびの欠片を口に投げ込んだ。

「美味しかった!」

 いただきました、の代わりに食後はそう言うと決めている。


 座ったまま腕をあげて体を伸ばす。

 バランスが崩れるのに体を任せて、地面に背中を付けた。

 

「修練場の子たちは元気かな?」


 フィセラは寝転びながら首を無理に曲げて城門の方を見る。

 全開の門の向こうに、かろうじてある建物の端が見えていた。


 <修練場>。

 名前に反して、この場所の目的はかなり遊戯的である。

 

 NPCの作成に絶対不可欠なのが、アイテム<魂器人形>だ。

 この魂器人形には3つのランクがあり、それによって作成できるキャラクターの最大レベルが決まる。

 そのレベルとは60、90、120となっている。

 修練場に配置されているのは最高ランクのNPCでは無く、全員が90レベルに統一されている。

 

 限られたリソース、ステータスの中でどれだけ強いNPCを作ることが出来るのか、という実験をメンバー同士で競いながら行っていたのだ。

 目的はただ1つ、最強の90レベルの作成である。


 そんな修練場を視界に収めながら、フィセラは彼らの任務を思い出していた。

 簡単に言えば、諜報活動、である。

 

 転移した場所である、カル王国、それに隣接する3国。

 そこへ修練場のNPC達を送ったのだ。


「情報収集って言っても、ほとんどスパイでしょ?問題起こしてない?」


 任務をこなせる強さ、人に紛れることができる弱さ。

 この条件に当てはまった者たちではあるが、諜報のような活動ができるかは怪しいところだった。


「毎日報告は受けております。皆頑張っているようですよ」

 レグルスは笑顔を見せた。

 修練場は城門ステージに入っており、彼らもレグルスの部下となる。

 彼らのことを応援してください、という笑みなのだろう。


「ふーん。頑張ってるなら、よし!でも、ちょっと楽しそうだよね。異世界で色んな所に行って色んなことを知るって、さ!」

 フィセラは勢いをつけて体を起こす。

 その眼差しは大森林を抜けて、その先にあるだろうへとへと向いていた。

「いいなぁ……私も何かしたいな」


 ――…………は?いいなぁ?……この程度のことをなんで羨ましがった?私が出来ないことだから?


 ――違うだろ。できるだろ。やればいいだろうが!ここで暇してちゃ勿体無いぜ?


 ――異世界にきたらまず最初に何をする?決まってんだろ。

「行くか!冒険に!」

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