プロローグ(2)

 現在、攻略中のゲナの決戦砦はトップギルド・エルドラドのメイン拠点。

 苦戦は当然想定していた。だからこそ、<プロビデンスの目>、<非存在の檻>の100レベルアイテムを2つも準備してきた。

 だというのに、ただの自動生成NPC相手に苦戦している仲間に、プレセパ教団リーダーのキリスはいら立ちを隠せないでいた。


「非存在の檻の効果はあと91分、それまで誰もここにはログインできない。猶予はないぞ!早く次のステージへ進むんだ!」

 キリスは後方から仲間に指示を出す。


 自身の目の前で戦闘が行われていながら、戦闘に参加せず後方で待機しているのは、彼がこのプレセパ教団のギルドリーダーだということもあるが、まだ温存しなければならない重要なアイテムを彼が持っているからだ。

 キリスはようやく門をくぐり砦の内側を視界に入れる。

 以前から行っていた情報収集のかいあって、砦内の構造はキリスのイメージ通り。

 奥に進むには、左右のステージ攻略が先のようだ。

 キリスが周囲を見渡し奥にある本館へ視線を向けた時、フィセラを見つけても動揺は少しもなかった。

 アイテムによると、拠点内に残っているのは「フィセラ」だけ。

 あそこで一人こちらを見ているということはその情報が正しいようだ。

「何もできまい。そこで見ていろ」

 

 もはや、恨みさえ持っているギルドのリーダー。

 キリスには殺意さえ芽生えるが、今日は抑えておく。

 この作戦が成功すれば、復讐は果たされるからだ。


 キリスは前線の状況を確認するためにフィセラから目を離そうとした。その時、彼女が持つ「何か」に気づいたのは二人の距離を考えれば奇跡であった。

「あれは……なぜ?なぜ貴様がそれを持っているんだ!?」

 突然キリスが取り乱したことに周りの仲間は困惑していたが、誰よりも早く冷静さを取り戻したのもキリスだった。

「開けろ!」

 キリスを見守っていたギルドの仲間でも、何を開けるのかすぐには理解できなかった。

 だが、キリスがあるアイテムを取り出したことで皆すぐに動き出した。


 道を開けろ!


 キリスは前へと一歩、二歩、三歩。四歩目の踏み込みと同時に長い金髪がふり乱れ、手にしたアイテム<グングニル>の矛先がフィセラをまっすぐ捉えた。

 

 同じ時。

 フィセラはキリスを見つけてすぐに、手元にあるアイテム<王都の浮上>の起動を行っていた。

 エルドラドがもつ100レベルアイテムの1つであり、これも情報が公開されているアイテムの1つでもある。


 転移アイテムであり、その対象にエリアそのものを指定することができる。転移する場所はランダムではあるが、使用者以外は、その転移に巻き込まれることはないため。ギルド拠点ごと逃走するときの最終手段として保管されていた。

 ある有名攻略サイトでは、現在の持ち主はフィセラ達とは関係のないギルドであると明記してあるのだが、実際は半年前にエルドラドが奪取している。

 所持しているだけでギルドアタックの抑止となるのだが、互いにその情報を公表していなかった。

 奪われたギルドは抑止を失ったことによる戦闘を恐れ、エルドラドはこのアイテムを次に奪おうとする者との戦闘を恐れた。

 そんな保身が、プレセパ教団をゲナの決戦砦へと招いてしまったのだ。


 フィセラはそんなアイテムに目を落として起動操作を続ける。

 起動方法はドームを囲む輪を二度指でなぞることだ。逃走用と考えると、瞬時に起動できないのは難点だが誤発動しないだけ良い。

 <王都の浮上>が起動するとドームの中の模型が粒子となり、逆さまの城を再現しようとしている。

 こうなると後は、秒読みだ。

「これでいいんだ。皆ごめんね」


 敗北と逃走の意味は違う。

 例えそうだとしても、どちらもエルドラドにはふさわしくない言葉であった。


 起動のためにキリスから目を離したのは仕方ないが、一瞬の気の迷いによる油断は致命的だった。

 フィセラが再び顔を上げキリスを確認すると、彼は既に投擲体勢。フィセラが何を行っているのか理解する前に、槍が飛んだ。


 順にステージを攻略していき最奥へと進んでいくのが、ダンジョン・迷宮・拠点の攻略ルールだ。踏破していないうちに次のステージへの攻撃など許されることはない。

 ――何か投げた?なんで?届くわけない。ここにはルールの壁がある。

 プロビデンスの目という100レベルアイテムを使うギルドだ。当然、他の用意だってある。

 それができる連中だということを良く知っている。

 ルールを破ることは出来ないと思いつつも、それをやってくる奴らだと、フィセラは既に知っている。

「それもかよ!」

 そう、これも100レベルアイテムなのだ。

 キリスから投擲されたグングニルが真っすぐにフィセラへ飛ぶ。

 バリンッとガラスを割るような嫌な音を立てながら、ステージ間にあるルールという名の防壁を貫く。

「早く!」

 両手でドームをわしづかみ、とにかく叫んだ。


 まだ槍が来ない。外れた?止まったの?

 確認しようと顔を上げた先、槍の矛先がフィセラの眉間を貫く瞬間。

 あらゆる光が消え、フィセラの視界は闇に包まれた。

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