プロローグ(1)
「100レベル以上のキャラメイクは難しいな~」
ギルド拠点の宝物庫にある作業台という名前の長机の前で作業を行う女は、コンソール画面と製作途中のNPCを見比べ、手を止めた。
寂しく1つだけ置かれている椅子から立ち上がり、黄金で装飾された収納箱に覆われた部屋を見渡す。
「うーん……足りない。ムーンドラゴンの素材ってまだ残ってたっけ?」
真っ黒な服に身を包んだ女が宝物庫の奥へと歩き出す。
彼女のつぶやきに返事をするものは誰もいない。
当然、部屋の中央にいる作りかけの人形が代わりに答えることはなかった。
フルダイブ技術が開発されて久しく、医療、軍事に技術が流れてから数年後。
技術が一般に広まると一番に頭角を現したのはゲーム業界だ。
そこからは早かった。まるで待っていたというように、多くのVRMMORPGが作られていったのだ。
現在、二〇八四年。一大タイトルとして、ユーザー数九千万人を超えるメガRPG。
届かぬ願い、と名付けられたファンタジーゲーム。
《Unfulfilled wish》
このゲームが人を惹きつける最大の特徴は、無限のクリエイトシステム。
従来のゲームは、何百万何千万という組み合わせにより自由な創造が可能だと唄ってきた。
だが、開発者はそれを一蹴した。
サービス開始から六年たった今でも把握できないほど増えていく、アイテム・マジック・スキル・モンスターと、プレイヤーの想像を再現する技術をもって、真の自由と無限を手に入れた、と開発者は語る。
ゲーム内に作られたギルド《エルドラド》は、「アンフル」(日本で定着したUnfulfilled wishの呼び名だ)内では、知名度は高いギルドだ。
その理由の1つは、ギルドへの加入条件にある。
課金額1億円以上。
フルダイブ型のゲームは、もう1つ人生と言われている。その体験につぎ込まれる金額は今までのゲームとは桁が違う。だとしても、これほどの額を課金するユーザーは多くない。それができる人間も限られる。
そんな中でも、エルドラドは23人もの幸運なメンバーに恵まれ、ギルトを構成していた。
当初は課金されたアイテム等を目当てにした敵対するギルドが後を絶たなかったが、今ではその課金の力を多くのプレイヤーが知るところとなり、彼女らは比較的平穏なゲームライフを送っている。
ギルド拠点内の宝物庫で見知らぬアイテムを眺め始めた
ギルド創設者にして、ギルドリーダー、そして唯一の現実においての「無職」である。
学生の頃に、ある宝くじをあてたのだ。その当選金7億円を元手にゲーム生活を満喫している。
「やばっ、また関係ないアイテムに気を取られちゃった」
持っていたクリスタルをボックスに戻しながら、次のボックスを開けようとするが、フィセラは手を止めた。
「やーめた。なんでこんなにごちゃごちゃしてるの?昨日ここで作業した人だれ?」
フィセラは整理のされていないアイテムボックスをにらみつける。
昨日作業をした人間、ついでに一昨日クリエイト用素材を宝物庫に適当に投げ込んだ人間の顔を思い浮かべた。
だが、頭の中に自分の顔が2つ並んだところで考えることをやめた。
その時、視界の端が青く点滅した。
アンフルでは戦闘時でなければ、視界にはゲーム的な情報はほとんど表示されない。現在はギルド拠点内にいるため、現在いるエリア名や拠点内にいる人数が表示されているだけだ。
青い点滅と同時に拠点内人数が1から3へと切り替わった。
このギルド
すぐに会いに行くべきだが、宝物庫では転移が制限されている。そもそも転移の方法が面倒くさいため、あまり使うことはない。
フィセラは、決められた扉を通過して地下通路に出ていき、地上の本館へと転移門(プレイヤーの自由な転移とは違う、指定された場所にのみ転移できるスポットだ)から移動しなくてはならない。
フィセラは慣れたルートを使って、メンバーが集まる広間へ急ぐ。
広間に近づくと、この先にある部屋から会話が聞こえてきた。
「今日のご予定は?」
「決めてない。砦の改造はもう終わったからね、急ぎの用はないかな」
「では、今日のレイドに参加するんですね?」
「いちいち答えなくちゃ分からないのか?ここに居る時点でわかるだろ」
大きな円卓を挟んで繰り広げられる不穏な会話に、フィセラは顔を歪める。
だが、割り込まなければ、喧嘩が起きそうだ。
フィセラは挨拶代わりに右手を上げながら、二人の会話に入っていく。
「お疲れ様。今日は早いね。Yoshizawaさん」
Yoshizawaと呼ばれた男がこちらに顔を向ける。
肌の色が真っ黒だ。黒人というわけではない。本当に黒色なのだ。上半身に服を着ていないため、やせ細った体が目立つ。だがそれよりも、目を奪うのは、きらびやか宝石と黄金でできたアクセサリーだ。指輪、ブレスレット、ネックレスをこれでもかと装備している。
「お疲れ様です、フィセラさん。自分は早上がりですよ。羨ましいですか?」
Yoshizawaはもう一人の女性に振り返る。
――なぜそっちに話を振ったんだ?私が仕事をしていないからか?
「……べつに。私いつもこの時間だし」
女のそっけない反応に、不服そうな顔を浮かべる黒い顔が見える。
舌打ちが聞こえたのは気のせいだろう。
女は手元のコンソールでゲーム内メールを見ている。
かなりの美人だ。きれいなブロンドショートが似合っている。紫色の全身鎧には、大昔の不良が、使いそうな言葉が書かれている。ここからだとちょうど、肩の「怒羅権」がよく見える。
それこそが彼女の名前だ。
趣味が悪いと笑うメンバーはクエスト中に背中を刺されるという噂があるが、真偽は不明である。
そうやってメンバーと雑談をしていれば、次々に他のメンバーがログインしてくる。
人が集まれば、今日はどうするかと話し合い、モンスターを狩りに行く。
その後は各自で時間を見つけて、キャラクリエイトを行う。
これがギルド《エルドラド》の日常だ。
ダンジョンから帰り、拠点内ホールでログアウトする仲間を見送ってから、フィセラは時間を確認する。
ちょうど日付が変わる頃だ。
まだまだ時間があることを確認してから、自室へ向かう。もちろんゲーム内の砦に作られた自分の部屋だ。
――今日は遅くまでみんな残ってくれたな~。おかげで、足りなかったアイテムが補充できそう。
「あ!そうだ、あの子がまだ途中だった」
フィセラは宝物庫に残されたNPCを思い出した。
少しだけ急いで自室のアイテムボックスに今日の戦利品をしまう。
部屋にはフィセラが作成したNPCが中央に配置されたベッドの脇に座っている。
フードを被った少女だ。いや、幼女と言った方がいいほどの背丈だ。
「またね、ムーちゃん」
この幼女が言葉を返すことはないと分かっていても、自分で作ったNPCにはついしゃべりかけてしまう。
フィセラは声をかけただけで、すぐに部屋を出て廊下を走っていく。
自室があるのは本館の4階だ。
階段を下りて、地下に下り、様々な形の扉をいくつか通り過ぎる。目当ての扉まで行きその中に入ることで、隔離された宝物庫へと転移することが出来るのだ。
かなり面倒な手順だが、宝物庫が砦の入り口の目の前にあるよりかはマシだろう。
宝物庫に戻ってきてすぐに人形が視界に入った。
白いまっさらな人形が一人立つ部屋に不気味さはあるが、もはや見慣れた光景である。
素材やアイテムを人形に組み込むことで、そのNPCの種族・職業が決まり、様々な設定を加えながら形作る。
設計書などはなく完全に手探りで、目的の能力を持つようにキャラをビルドしていく。
それがアンフルのNPCづくりだ。
作業の進捗から考えると、この人形が人の姿を得るにはもう少しかかるだろう。
フィセラは腕を高く突き上げて、伸びをする。
もちろんゲーム世界でこの動作に効果はないが、今日(時刻的には昨日だが)の疲れと、これから始まるクリエイト作業の大変さが無意識にそうさせた。
「ん~~。さあて、頑張りますか。」
先に宝物庫にしまう用の素材を片付けようと、適当に近くのアイテムボックスに手を伸ばした。
ボックスに手が触れる直前、視界の端が赤く点滅する。
――ん?
青の点滅はギルドメンバーが拠点に入ったことを示す。ならば、赤色は何を意味していただろうか。
長く見ることのなかった光景に思考がまとまらない。
――……は?
赤色の点滅とはギルドメンバーおよび許可の受けたフレンド、それ以外の未確認プレイヤーの侵入を意味する。
つまり、敵プレイヤーによるギルドアタックが、今、行われているということだ。
エルドラドの加入条件は広く知れ渡っている。そこから、高価なアイテムを狙う輩が出てくることは多くあった。
防衛戦を想定した作戦はいくつも用意しているが、今はそのほとんどが使えない。
なぜならば。
「嘘、うそうそうそ。みんな帰ったばっかだよ!?」
たった一人での防衛の想定はしていないのだ。
フィセラはすぐに宝物庫の出口へと走って外へ飛び出すが、そこで足を止めた。
彼女はあわててコンソールを開き、拠点内限定の転移魔法を発動させる。
するとコンソールの横にまた違う画面が開かれる。そこにはズラッとゲナの決戦砦にある百以上のエリア名が並んでおり、フィセラはものすごい形相で目当ての名前を探しながら画面をスクロールしていく。
「なんでこんなにいっぱい転移先設定してあるの~!?」
この作業が面倒で転移魔法をあまり使わないのだが、実はこちらの方が短時間で目的地に行けるのだ。
「あった!」
時間の惜しいフィセラがやっと見つけたエリア名の上に指を持っていくと、瞬時に居場所が切り変わる。
移動した場所は本館前高台。
「敵は?」
転移した場所から数歩前に進んで、そこから見える景色に目を凝らす。
拠点とは、「複数のエリア」から作られる「ステージ」の連続で構成されている。
門のあるステージと本館のあるステージは専用の道で繋がっているが、拠点アタック時は閉鎖される。
敵はステージをまたいだ攻撃を出来ないため、この位置からなら安全に敵の監視を行えるのだ。
視界に映る光景は、今までに何度も見た代り映えの無いものだった。
「誰もいない?……もしかして、まだ」
いつもと変わらない景色を不思議に思い、もう少し近くで、と目の前にある落下防止の柵へ手を付いた瞬間、城門が爆発した。
「……きた」
爆炎で見えづらいが、衝撃で城門の片側が破壊されてしまったようだ。
そこから最初に出てきたのは、銀の全身鎧の戦士たち。彼らは敵ではなくエルドラドに所属するNPCである。
やはりすでに戦闘は始まっていたようだ。
ゲナの決戦砦の門は二重になっており、戦士たちはそれらの中に配置されている。彼らが内側に出てきたしまったということは、敵によって前線が押し上げられたことを意味する。
破壊された門の奥に人影が見える。先に出てきたNPCの数を考えると奥にいるのはおそらく、敵だ。
――逃げるなら早い方がいい、けど。誰が私たちに喧嘩を売って来たのかは確認しなくちゃ。私達の砦はそう簡単に落ちない!まだ時間はある。
フィセラは城門から出てくるであろう敵から、何もない城門前の広場へと視線を移した。
城門の破壊によって敵の内部への侵入を感知した砦の防衛機能が起動する。
広場に何十という数の戦士が出現したのだ。
さきのNPCとは違い、自動召喚のレベルも一段下がる戦士だがそれで十分だ。
このステージには特別な仕掛けがある。それがある限り、高レベルプレイヤーにも通用するはずだ。
召喚された戦士が向かう先にある門の陰からは、ついに敵が姿を現そうとしていた。
――あれは天使?レベルはかなり高いみたい。
そこにいたのはまさしく天使だった。
背中には白い羽根、頭の上には光輪、身に着けている装備も神聖力特有の輝きがある。
その天使が次から次へと列をなして侵入してきた。
――天使隊ね。面倒なのを召喚しやがって、私は天使きら、い……待って、あれは。
たった今戦闘を始めた天使隊だが、戦い方がバラバラである。召喚されたのであればある程度決まった動きをするものなのだが、その様子はない。
フィセラが注視してみると、その装備も微妙に違うことに気づく。
そもそも頭の上に浮かぶ光輪の形が全員違うのだ。
「召喚された天使じゃない。全員プレイヤーだ。クソ!」
珍しい天使種族、似通った装備や武器。ここまで規格をそろえるには、単なる寄せ集めでは決してできない。
「馬鹿なグループだと良かったんだけど。マジのギルドじゃん、あれ」
時折、冷やかしや腕試しと称してギルドにちょっかいを出すプレイヤーグループがいるのだ。
今回もそうであってほしいと願っていたのだが、そんな願いは簡単に打ち砕かれた。
――あのレベルのギルドの攻撃なら、これは計画された攻略作戦ね。人がいない時間を見計らった?だとしてもタイミングが良すぎる。
「まさか、ログアウトを監視してた?」
普通そんなことはできない。これはあり得ない考えだと自分でも思うが、それができるアイテムを知っている。
さらに、そのアイテムを持つギルドがどこなのかも。
アンフルにおいて、アイテムにはすべてレベルが付けられており1から99レベルの評価システムが使われている。
100レベルではないのか?中途半端じゃないか?
当初は疑問の声が多くあったが、答えはすぐに得られた。
100レベルアイテムの出現。1つのアイテムとしては破格すぎる効果を持つものばかり。
ゲームのルールを変え、制限を無視するものさえあるという。
特殊な条件での入手を基本とするが、作成も不可能ではない。
だが、実際にそれを所持できるのはトップギルドや有数のプレイヤーたちだけだ。
この最強のアイテムを用いた戦闘など、めったに起こることはない。
フィセラが小さくつぶやく。
「プロビデンスの目」
対象としたエリア内のプレイヤーに対しての完全な監視効果を持つアイテムだ。「完全」と称される通り、ゲーム内でのエリアの移動に留まらず、その場で行ったログイン、ログアウトさえ知ることができる。
効果と名前を公開されている数少ない100レベルアイテムだ。
――最高レベルの天使限定、それにプロビデンスの目。
思わず手に力が入り、石の柵にひびが入る。
フィセラは怒りと悔しさを抑えながら、敵の名前を口に出した。
「……プレセパ教団」
広場で放たれたひときわ大きな閃光が彼女の怒りを薄れさせ、注意を門前の戦線に戻す。
最初に見たときよりも味方兵士の壁が薄くなり、戦士たちは明らかに後退している。
トップギルドの一角、プレセパ教団が相手では無理はない。
プレイヤーを倒せるほどの高レベルNPCもいるが、あまり多くはなかった。
自動召喚されたNPCと混ざってしまい、高レベルNPCがどれだけ残っているかが見えない。
フィセラは1歩下がり心を落ち着かせ、やるべきことを考える。
「みんなを呼ぶ」
――無理。オフラインのメンバーへの連絡手段がない。
「私だけでも戦う」
――無理。多分一人も倒せない。
「……やっぱ逃げるか」
そう言い放った瞬間、コンソールを操作してギルドボックスを目の前に開く。
ギルド拠点内に限り、ギルドの共有ボックスはどこからでも開くことで出来る。
いつどこでも、そこに収納されている最強のアイテムを取り出すことができるのだ。
取り出したアイテムは、片手で持てるほどの大きさで、丸いガラスドームの中に城の模型が入っている。
フィセラはそれを頭上に掲げながら、息を大きく吸い込み、大声で叫ぶ。
「あんたらが100レベルアイテムなんて使ってズルするんなら、こっちだって使ってやるんだから!せいぜい悔しがれ!バーカ!どんだけたくさんで攻めてきたって無駄……」
そんな声が届くわけもなく、いまだ戦闘中のプレセパ教団は兵士をなぎ倒し、また一歩ずつ歩を進めている。
そして今まで門の影になって、フィセラからは見えなかった教団の最後尾にいる男が姿を現した。
他のプレイヤーが白や銀を基調とした装備を付けている中、現れた男は明らかに異質だ。一目で敵リーダーだと気づく。
黄金色の全身装備に包まれた男をみつけて、叫んでいたフィセラは男をにらみつける。
「キリス!」
エルドラドとプレセパ教団の邂逅はこれが初めてではない。互いに深い因縁がある。
フィセラは当然、そんな敵ギルドのリーダーの顔を忘れたことなど無かった。
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