エピローグ・エルドラド
フィセラは討伐隊の姿が完全に見えなくなると、顔から笑みを消した。
「何か魔法使ってた?」
「<アンチホスティリティ>を展開しておりました」
「道理で……」
――アンチホスティリティはモンスターの敵意を削ぐ効果しかないはずだけど、明らかにプラスに働いてたわね。異世界仕様ってやつかな。
う~ん、とフィセラは伸びをする。
そう疲れている訳ではないが、仕事をひとつやり切った感覚がある。
ここ数日は砦の中でごろごろしていただけだったこともあり、外での久しぶりの活動は新鮮だった。
「こうやって何かするのは気分がいいものね」
転移した直後は異世界旅行をしたらどこに行こうかと考えていたが、砦に戻った今はそんなことをきれいさっぱり忘れてしまっていた。
だが、砦に籠るだけでは、やはりつまらない。
どこに行こうか。何をしようか。
――まあ、もう少し先かな。今は砦の安定が最優先。そのためには、ここが何なのか知る必要がある。
アゾク大森林という名だけを知っていても意味はない。
未開領域という未知のエリアに砦が位置している以上は、それを受け入れるしかない。
知って理解し作り変える。それが拠点作成の基本だ。
「森の探索は進んでる?」
フィセラは現在進行中の作戦の進捗を聞く。
「はい。砦前面の森は8割方、地形を記録し生息している魔獣の管理を行っております。背面の森の調査には遅れが生じています。生息している生物のレベルが一段上のようで、人員の選別を再度行っているところです」
「問題は?」
「一切ありません」
――つまんないの。
フィセラのメインジョブである「放浪者」は器用貧乏を極めた職業だ。あらゆる任務だってこなせるだろうが、たった一人のフィセラとNPCでは、数が違う。
フィセラの出来る仕事に精通したNPCは必ずいるのだ。
それに放浪者で転職した際のペナルティ(能力値的に100レベル台まで落ちる)のことを考えると、フィセラのレべルより上のNPCがそれなりにいる。
そんな中で、暇つぶしを願うフィセラに声がかかることはほとんどなかった。
「それじゃ、私は帰るよ」
おそらく、討伐隊が盛を出るには何時間もかかるだろう。彼らが無事に帰られるかをも届ける必要があるだろうが、ケンタウロスが秘密裏に護衛している。そのため、フィセラの仕事はこれで完全に終わりだ。
ヘイゲンにはまだ後片付けが残っている。見送ることは心苦しいが、仕方ない。
「お疲れ様です。フィセラ様。あとはわしにお任せを」
よろしく~と言いながらフィセラが山の斜面を登っていく。
ヘイゲンはフィセラが少し離れてから、片付けを開始する。
と言っても一言で終わるのだが。
「もとに戻るのだ」
ヘイゲンの周りには何もない。
なら彼が誰に命令を下したのか。それはある「植物」に対してだ。それも何百本という数の大木だ。
ヘイゲンの言葉に従って、樹霊が動き出す。木の形をしたモンスターだ。
山を囲っていた毒の植物や毒の霧の代わりとして、植林されている樹霊たち。
すでに山の周囲の4割が「樹霊」に置き換わっており、侵入者を拒むも引き入れるもエルドラドの自由となっていた。
ゆっくりと動く樹霊がぽっかりと空いた半円を埋めるのを見届けて、山の方に視線を戻した。
まだフィセラは山を登っている。
フィセラの能力値なら山登りなんて苦ではないだろう。それでも、荒れた斜面をそのままにしておくのはダメだ。
ヘイゲンは砦まで続く道の整備計画を頭の中で組み立てながら、主人の後ろ姿を目で追う。
「王国軍を4千人殲滅したことで人間種と争いを望まれていると思ったのだが、友好的な態度も取られるとは……う~む、お心が分からぬ」
軍を滅ぼす容赦のなさを見せたかと思うと、人を傷つけるなと言う。それに、近くに村では中を深めている少女もいる。
「自身の中に従うべきと信念と人を見極める計りがあるのだろう。立派なお方じゃ」
2つの太陽が空の頂点で重なる。平和な日だ。
「フィセラ様は外で活発に動くことをあまり好まないご様子。……しばし、平穏が続けばよいが……」
そう言うヘイゲンの足元、大山の下、ゲナの決戦砦のはるか下。暗い洞窟を小さな影が走っていた。
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