あたたかな村の平和(2)
次の日。快晴。
フィセラはいつも通り朝食を食べに来たソフィーによって、食事が終わるや否や、手を引かれて村の外れまで来ていた。
そこには彼女たちより先に大荷物を地面で広げている男がいる。
「おおー。フィセラ様、ようやく来てくださいましたね」
そう言って大柄な赤髪の男が立ち上がり、フィセラの手を力強く握る。
村の大人は盗賊討伐の恩があるといって、皆フィセラ様と呼ぶ。
彼がソフィーの父親であり、村でただ一人の狩人。名前はフランク。
短く切りそろえた頭髪は凛々しさがあるが、その額には大きな傷が目立つ。
盗賊につけられたのか、狩りで獣につけられたのかは分からないが彼の威圧感を増すことになっている。
「来てあげましたよ~」
フィセラは気だるそうに答える。
彼女の服装はいつもの狩人コーデだ。ほぼこれしか着ていない。
髪はまとめておらずそのままにしているのでサラサラな金髪が風で揺れている。
なぜだか寝ぐせは少しもない。少しの圧では形が崩れないのは、強さゆえなのだろう。
ソフィーは姿勢の悪いフィセラの手を引っ張って活を入れる。
「シャキッとしなきゃ、フィセラお姉ちゃん。これからこのアゾク大森林に入るんだよ」
ソフィーは両手を広げて目の前に広がる光景を見せる。
そう、このラガート村の狩りはアゾク大森林で行う。
数多の魔獣や亜人さえひしめく未開領域だ。あとで聞いた話では、山の麓まで探検隊が入った記録があるようだが帰った記録がないということも危険度を表している。
もちろんこの村での狩りでは奥地へなど入りはしない。せいぜい500メートルほどまでだ。
それぐらいなら魔獣はいないらしい。
フランクの行う獣用の罠狩りならこのぐらいエリアで十分なのだろう。
村長曰く、魔獣と獣の違いは魔力の違いにあるそうだ。
魔法やスキルを使うに限らず、魔力を持つ生物はみな異常な成長を見せ異形となる。
対して獣はほとんど魔力を持っておらず、その姿形は村長から聞いた限りでは現実にいる動物だ。この世界だけのおかしな生き物はいなさそうだ。
亜人と言われるのはゴブリンやオークのことで、エルフやドワーフは同じ人間種という認識だった。
ちなみに人に害をなしたり敵対行動をとったりする魔獣や亜人をモンスターと呼ぶらしい。そのあたりの知識が乏しいという村長が本をくれたがまだ読めていない。
字が読めないから。
――ちょっと、ややこしよね。まあ人族至上主義とかじゃなくてよかったかな。そのうちエルフの国に行ってみたいし……ドワーフはいいや。
ドワーフへのあこがれは持っていないフィセラである。
少し考え事をしていたフィセラの顔をソフィーがのぞく。
「おねえちゃん!聞いてる!?」
「え!ああ、ごめんね。将来の旅の計画を考えてたんだ」
フィセラがそう言うとソフィーはとたんに目に涙を浮かべる。
「え、なに?なんで?」
「どこかに、行っちゃうん、ですか?」
ソフィーの母は彼女を産むときに亡くなっている。
ラガート村にはソフィーと同じ年頃の子供はおらず友達も出来なかった。
いるのは1回り小さい子ばかりで、その子たちのために今までずっと姉のように振舞ってきた。
誰かに甘えることが出来ずに育ってきたので、美しい大人な女性であるフィセラに懐くのは当然だった。
フィセラは、ソフィーにとっては友や姉であり、(心の内では)おいしいご飯を作ってくれる母とも思っていた。
ソフィーの今にも泣き始めてしまいそうな、崩れた顔をみてフィセラも目頭が熱くなる。
フィセラは、ついソフィーを抱きしめてしまう。
「どこにもいかない。ずっと一緒だよ」
「ほんと?」
胸元で上目遣いなソフィーをみて思わずドキッとしてしまう。
――かわいい!
「ほんとだよ!」
フィセラはより一層つよくソフィーを抱きしめる。
まるで感動の再会か今生の別れのような光景だが。
「いや~仲いいな~…………あ、もう終わりました?」
大荷物を背負い終わったフランクはにっこりとした顔で二人を待っていた。
「フィセラ様は俺より好かれていますね、ハハハ」
茶化すような態度のフランクにフィセラがジト目で彼をにらむ。
やはり血のつながった親子ということなのだろう。笑顔がソフィーにとても似ている、が。
――こいつの顔イラつくな。
「何かあったら娘さん優先で行動しますね」
ニコっと不敵な笑みを見せるフィセラ。
「ぜひ!お願いします。それなら安心できますよ」
フィセラの敵意には気づかずに感謝するフランク。
――なんかあったら置いて行ってやるからな!
ソフィーの父親だということをすっかり忘れて、フィセラは心の中でフランクに中指を立てる。
「と言っても、仕掛けている罠を見に行くだけですから、戦闘は起こりません。弓矢は必要ないでしょうな。まあフィセラ様なら獲物が1キロ先だろうと仕留めちまうから関係ないでしょうけど」
ガハハハっと笑いながら、森に向かって歩き出す。
フィセラとソフィーは、フランクがうるさいので少し後ろからついていくことにする。
10分ほど歩くと遠くにあった森は木々へと変わっていき、20分ほどで目の前の強大な1本の樹木になった。
「よし、ここでいいか」
フランクが立ち止まり、二人に振り返る。正確にはソフィーを見る。
先ほどまでの脳天気な雰囲気はなくなり、鋭い眼差しを持つ狩人へと変わっていた。
「ソフィー。俺たちは今からアゾク大森林に入る。本来はもう少し成長してからと考えていたが……俺もいつ死ぬか分からん」
実際に盗賊によって死の淵を味わい、まだ何もできない幼い娘を残すことを恐れたのだろう。
親として子が生きていけるように技術を託す、という責任から今日の狩りを計画したようだ。
「こんな危険な仕事でもやりたいと言っていたな?だから、今日から森に入って狩人の技を教える。絶対に俺から離れるなよ」
フランクの真剣な顔に、ソフィーもつられ笑みが消える。
「わ、わかった」
フランクは次にフィセラに向き直る。
「この子のことを見守ってやってください。今日の狩りではなく、これから村にいる間、ほんの少しの間でいいんです……お願いします」
フランクは腰を直角に曲げて頭を下げる。
さっきはソフィーを慰めるために言っていたが、これはそんな適当な言葉ではない。
約束だ。
「うん。もちろん、そうするつもりだよ」
「ありがとうございます」
すると、先ほどまでの雰囲気が嘘のような口調で話し始める。
「よし、ソフィー、お前は俺にはついてくるな。代わりにフィセラ様から離れるなよ。俺の10倍は強いから安全だろ。ついでに弓の引き方も教えてもらえ。そっちのほうがお前も嬉しいだろう」
ついさっきまでの言葉は何だったのか。
フィセラとソフィーはあきれている。
ガハハハと高らかに笑うフランクを見てソフィーは言う。
「それでも父親か、あんた」
「何を言うか。森で野生児のように暮らしていたお前を引き取って育ててきたが……こんな娘になっちまって」
フランクがわざとらしく目頭をつまむ。
――……え!?
「面白くない」
泣きまねをしているフランクに冷ややかな目を送っているソフィーの隣で、フィセラはそっと胸をなでおろしていた。
――びっくりしたー。嘘なのか。ほんとかと思った。
「冗談はこのぐらいにしてそろそろ行こうか。今日はやることがいっぱいあるぞ。最近バタバタしていたせいで回収できていない罠や道具があるから、それを集めながら俺が森を案内する」
盗賊に占拠されていた1か月と療養中だった1か月で、森には長く来ていなかったらしい。
「こんな感じでいいですか?フィセラ様」
「問題なし」
「よし。それではついてきてください」
三人がついに森の中に入っていく。
フランクは2か月のブランクを感じさせない確かな足取りで進む。
ソフィーはフィセラの腕をつかんで、ぴったりとくっつき、少々歩きにくそうにしているが怯えているというわけでもなそうだ。
フィセラはレンジャーの探知能力を展開し、周囲を警戒しながら森を歩く。
――なんか複雑だな~。ここに戻ってくるの。
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