ゲナの決戦砦

 カル王国でサロマン王が報告を受けとったと同時刻。

 つまりフィセラが村を発見したばかりの頃。


 ゲナの決戦砦と異世界の境界は破られ、完全にこの世界へ根を下ろしていた。

 

 未開領域 アゾク大森林・南方にある大山、洞窟内。

 ギルド拠点・ゲナの決戦砦。


 老人が巨大な門を見つめていた。

 老賢という言葉が似合う知性を感じさせる顔つきをし、彼が身に着けているローブと装飾は品位を感じさせる。

 思惑にふけっているのか、元からあるしわが寄り余計に年を目立たせた。


 現在、内門は完全には閉じられておらず、そこに隙間ができている。

 その奥に数人の人影が見える。

 そのうちの1つが、隙間から出てきて姿を見せた。

「じいさん、修復は完了したよ。もう隠蔽魔法をかけられるぜ」

 女が老人に呼びかける。


 暗い色のローブととんがり帽子からは、赤い髪と若い女の顔が見える。

 少し赤みがかっているその衣装は、誰が見ても「魔女」だと分かる。


 老人が彼女に頼んだ仕事は扉の修復だ。隠蔽をしようにも扉が傷ついていると魔法が定着しないようなのだ。

 その仕事は終わったようだが。

「じいさん?なんだ、その呼び方は?……おぬしの方が歳は上だろう?」

 帽子のつばで見えにくいが、女には長命種であるエルフ特有の長い耳があるはずだ。

「ハッ、その見た目でそれを言うのか。こまけぇなーおい」

 老人は女を一瞥し、門へと視線を戻す。

 女はそれを気にせず、話を続ける。

「あー…………あんたはヘイゲンだったか?俺らは今日が初対面なんだぜ。名前なんざすぐに覚えられるかよ」


 ヘイゲン・へスタ・ユルゲンバルム。地上ステージ(現在は山中に埋まってしまっているが)の最奥にあるエリアの守護と管理を命じられている。NPC内の序列では、最上だ。


「歳はまあよい。だがわしらの名は創造主より与えられたものである。その名をないがしろにすることはよせ。ベカ・イムフォレストよ」


 ベカ・イムフォレスト。複合居住ステージの管理者であり、最高レベルの魔術師だ。ヘイゲンと同様に、「ステージ管理者」という立場にいる。


 その彼女が名前を呼ばれた瞬間、目の色を変えた。

「おい!……ただ、ベカと呼べ。殺すぞ」

 威圧的な鋭いまなざしが老人に突き刺さる。

 ないがしろにするなという言葉を聞いていなかったのか。とも思うが口には出さない。

 ベカの瞳は相手を焦がすほどの烈火のようであり、尋常ではなかった。


 事情があるのか。うむ、それすらも想像主より与えられたものであるのならば、これ以上は無粋じゃな。

「うむ。次からは気を付けよう」


「ちっ、行くぞ!」

 ベカは門の隙間からこちらを窺っていた者たちに声をかけた。

 こちらも、ベカと同様に魔女の衣装に身を包んでいる。

「はっはい」

 魔女三人が頼りない返事をしてベカのもとに走っていく。


 ヘイゲンは急いで門と広場の修復をしなくてならなかったが彼は部下を持っていないので、ベカの部下を借りていた。

 ベカは攻撃系統の魔法を主に習得しているため、修復魔法は持っていない。だが、その彼女の部下が修復魔法を持っている。そのため作業はすべて彼女の部下たちが行っていたはずだ。

 もちろん、ヘイゲンも修復魔法は使える。だが、欲しかったのは人手なのだ。


 ベカは部下を連れだって彼女のいるべき場所に帰っていく。

 だが、足を止め、振り向かずにヘイゲンに聞く。

「俺たちはここで……隠れるだけか?」

 ヘイゲンも彼女を見ることなく答えた。

「それが命令だ」

「…………」

 ベカは無言で立ち去っていく。

 ヘイゲンは気づかれないように、視線だけをベカの背中に送る。


 わしらだけでは、長くは持たぬな。

 それでも、主の帰還まではここを維持しなくてはいけない。


 そのための最初の仕事を行うため、ヘイゲンは内門の隙間を抜けていく。

 そのまま外に出るわけではない。

 内門と外門の間は四角い空間が開いており、そこに出るだけだ。

 眼前に現れた外門はしっかりと閉じられている。

 本来はこの門に隠蔽魔法を施すのだが、損傷が激しく魔法をかけられなかった。

 修復後に魔法をかけようと思った矢先に、上空にドラゴンが現れたため、現在は外に獣除けの魔法を発動して、この状況をしのいでいた。


 ヘイゲンは両手を門へ掲げ、魔法を唱える。

 <隠蔽魔法・オーバーコンシアルメント>。

 透明化・消音・存在希釈までの効果を持つ最上位級魔法だ。

 外門の前面だけが山の外に出ていたが、今はそこに見えない結界が作られ外からは知覚できない空間が出来上がっていることだろう。

 この近くにいるはずのドラゴンもこれに気づくことは難しい……はずだ。


「レベルの低いドラゴンであれば時間は稼げるが、魔法が使えるならば厳しいやもしれぬな」

「我らが総出なら、ドラゴンであろうと倒せるはずだ。なぜそうしない?」

 突然に話しかけられたが、驚いてはいない。

 ヘイゲンは、あるNPCがここに居るのは知っていた。

「レグルスよ。その理由はおぬしが一番よく知っているはずだ」


 この空間は元は天井から太陽の光がさすのだが、ここも洞窟の中にあるため真っ暗となってしまっている。その暗闇から大きな影が一歩前にでる。

 そこには腕組をしてヘイゲンを見つめる獅子の頭を持つ戦士が立っていた。

 この戦士がレグルス。門の守り手である。

 彼に隠れているつもりがなくても、この暗闇ではレグルスが立っていることに気づくには難しいだろうが、互いに120レベル、暗闇などで視力は落ちない。


「命令を聞いたのはおぬしだろう。それとも主の言葉を忘れたか?レグルスよ」

「門を修復し、隠れ、待つ」

 レグルスはすでにヘイゲンと共有していた「命令」を唱える。

「であるならば、こうするしかあるまい。この門はフィセラ様が戻るまで開かれることはない!」

 レグルスが小さくうなるが、反対することはできない。


 彼がベカと似た反応するのは、思いが同じだからだろう。

 我らが主をただ待つのみ。この閉ざされた空間で何もできないもどかしさを感じているのだ。

 その思いはヘイゲンも同じだが、こちらには感情に惑わされない冷静さがある。


「ドラゴンには注意しておくのだぞ」

「任せろ」

「……万が一に備え、何人かここに配置しよう。良いな?」

「任せる」

 レグルスは門を守ることだけが仕事であり、あまり頭を使うことはない。

 ヘイゲンは当分の忙しさを予見しながら、門から出ようとしたがレグルスの独り言を聞く。

「あのドラゴンはフィセラ様の帰還の邪魔にならないか?」

 その言葉を聞き、ヘイゲンは大きなため息を漏らす。

「無駄の心配をするでない。わしらの頂点に立つお方の前に障害など存在せぬわ。あの程度のドラゴンはフィセラ様の敵ではない」

 

 あるアイテムの効果によってフィセラと共にこの世界に召喚されたNPCは、その身に魂を宿し何者にも縛れない自由で強靭な体を手に入れたが、動かない。主人が残した言葉に従い、ただ静かに主の帰りを待っている。


 偶然にもそれを阻むように白銀竜も門の前で、自らのテリトリーに侵入した「獲物」を待っていた。

 NPCと白銀竜の邂逅はあり得ない。この砦に最初に訪れた者が竜を退治し砦の門を開けなくてはいけなくなった。

 それが誰なのかはいまだ分からない。

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