カル王国
フィセラがこの世界に転移してきた日の夜。
村に到着したばかりの頃。
彼女の知らぬ間に、白銀竜の出現はある王国を揺るがそうとしていた。
カル王国・王都王城。
ある兵士が王城の暗い廊下を大股で歩いていた。
かなり急いでいるようだ。
夜の王城では少しの物音にも気を付けなければいけないため走れない。
なのだが、風を切る音が聞こえるほどの歩く速度は徒歩のそれではなかった。
彼の身体能力による歩行速度は、一般人の全力疾走と変わらない速度なのである。
城に勤めているメイドが見れば、悲鳴を上げられていたことだろう。
兵士が王の寝室に近づくと、部屋の外にいる二人の護衛兵がその兵士の影をとらえて槍を構える。だが、その顔が見えるとすぐに姿勢をただし、扉の両脇で既定の姿勢から微動だにしなくなる。
歩いてきた男がスピードを落とさずに近づき、扉の目の前で急停止した。
小さな声で兵士に声をかける。
「ご苦労」
両脇の兵士は少し声を大きくして「はっ」と答える。
「陛下は?」
「お休みになっております」
男の顔は少しも動かず、視線も扉から外れることはない。
「緊急の報告をしなくてはいけない。お前たちは少し離れていろ」
「はい」
二人の兵士がすぐに扉から離れ、廊下を少し進んだところに待機する。
就寝中の王を護衛する兵がこんな簡単に動くことはない。
たとえ貴族が相手だとしても、この護衛兵たちは誰も部屋に入らせることはないだろう。
だが、この男だけは例外である。
王国最強の戦士であり、大英雄と評される兵士。
王の近衛の中でも最強の三人、「三極」の一人。
最も強く、最も忠義に厚く、王からの信頼も厚い男。
近衛隊隊長二コラ・デルヴァンクール。
二コラが扉をノックするが、返事を待つ間もなくすぐに扉を開ける。
「失礼します」
普段ならこのような礼儀を欠いたことは行わない。
それほどの事態が起きたということだ。
部屋の中央に配置された豪華なベッドの前まで行く。
「陛下」
ただ静かに呼びかけただか、二コラの言葉は低く重い。
それ自体が力を持っているようだ。
ベッドの中で人が動く。
首だけを動かし、自分を起こした男の顔をみる。部屋の中に光源がない。男の影さえ見えないが強者のオーラは隠せていない。
「二コラか?」
「はい、陛下」
男がベッドの上で体を起こし、二コラに向き直る。
「…………どうしたのだ?」
ベッドの上の男こそ、このカル王国の導く人物。
カル王国27代目国王。サロマン4世(サロマン・スカリオル・カル)である。
寝起きだというのに鋭い眼光を持っている。
王としては齢50という、まだ若い王だ。
二コラが淡々と報告を告げた。
「白銀竜がアゾク大森林の<山>に降りました」
サロマンに驚いた様子はない。
「間違いないな?」
「近隣都市のフラスクより報告を受け、千里眼と星読みにも確認させましたが、間違いありません」
「そうか。前回の出現はいつだったか」
サロマンは思い出すようなそぶりを見せ、そこに二コラが助け舟を出す。
「300年前になります。陛下。……サロマン3世の治世です」
カル王国千年の歴史において白銀竜がこの国に降り、厄災を振りまいたのは三度。
すべてサロマン王の統治時代であった。
「わかっておる。まったく、呪われた名だ。……本当はこの名が白銀竜を呼び寄せているのではないか?」
サロマンに動揺はなく、冗談を言う余裕さえあるようだ。
「確か、陛下の名は誕生される前に」
「そうだ。余が生まれる二日前に、星読みが竜の出現を予言し、<竜を迎え撃つ王>の名が与えられた。真に、迎え撃ちたいものだ」
サロマンはどこか遠くを見ている。これから始まる激動の年を予感しているのかもしれない。
二コラは王の命令を静かに待っている。
「会議を開く。軍団長と参謀を呼べ。王都にいる貴族も集めるのだ。彼らの兵も借りなければいけない。地方の有力貴族には伝令を出し、三日以内に返事を受け取れ」
二コラはサロマンにオーラを感じた。戦士として周りを排除するようなプレッシャーではなく、周囲を惹きつけるような、まるで引力だ。
サロマンの治世に起こる激動の竜との闘い、それにも関わらず国がいまだ存在する理由が、目の前にあった。
二コラに感心している暇はない。
「直ちに行います」
二コラが踵を返してサロマンに背を向ける。
扉に手をかけたところでサロマンの声がそれを止めた。
「ようやくだな。二コラ」
サロマンは笑みを浮かべている。
二コラは王が何を言っているのかを察したが、王の次の言葉を待った。
「我が王国の宿敵を、悪夢を、我が代で葬り去るのだ。王国の歴史でも最強と評される現三極ならば、白銀竜などトカゲと変わらん。そうだろう?わが剣よ」
王が二コラをまっすぐ見据える。
最強の戦士がその場にひざまずき、誓いを立てる。
「この信念の剣に誓います。悪しき竜を必ずや討ち倒し!その首を陛下のもとへ持ち帰りましょう!」
最悪の竜が降り立ったこの時代には、幸運にも最強の戦士が王国を守っていた。百の策を用いて千の兵士を沈めてようやく、竜の首に刃が届く、その可能性を持った戦士がここにいた。
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