はじめての村に到着(6)

 フィセラが森の中に入り、すでに20分ほど経過していた。

 盗賊探しはレンジャー固有の探知魔法を使いすでに終わらせている。


 盗賊たちは森の真ん中に陣取り、彼らのキャンプ地の周囲には13人の男たちが確認できた。

 彼らは焚火跡を囲むように円になっている。

 夜は火をつけているのだろう。今は地面に黒い跡だけが残っているだけだ。

 彼らの隣には三角の形をしたテントが2つ。

 寝床とするには小さい。

 フィセラの推測通り寝床ではない、テントの中は食糧だ。

 匂いで獣が寄ってこないように隠しているのだろう。

 盗賊は周囲の警戒をしていないみたいだ。

 そればかりか、街道を見張っている監視役もおらず、横になっている者が半分はいる。

 これでは自分たちを監視する者に気づくことはできないだろう。


 フィセラは盗賊の監視のためにキャンプ地から200メートルほど離れた木の上にいた。

「さっきより人多いな……ラッキー。さっきは全然スキルが試せなかったし家の中だったしで、しっかり戦えなかったからな」

 ――律儀に弓を使わずに剣でも使えばよかった。


 フィセラは現在の狩人コーデをアンフルでもつかっていた。

 弓矢もそれとセットの武器だったのだ。


 そろそろ戦闘を開始しようと思い、使用するスキルを考えておく。

 どのように効果が発現するか分からない。

 だからこその実験なのだが、慣れていないからとまた盗賊を逃がすのはプライド(そんなものはあってないようなものだが)が許さない。

 戦闘シミュレーションよりも先に行っておく作業がありそうだ。


 フィセラは意識を集中させ、魔法を行使する。

 <カスミオオカミ召喚>。

 木の上で発動したため、フィセラの周りに現れた5匹の狼が召喚された瞬間に落下していく。

 当然この程度でダメージを追うような召喚獣ではない。


 カスミオオカミ。62レベルの狼型モンスターである。

 その姿はまるで霧に包まれ姿がぼやけた狼だ。

 事実、その体は霧でできている。

 実体を持たないことで物理攻撃の無効化と霧による隠密能力をもつ、まさしくレンジャーの伏兵としては完璧なモンスターだ。

 弱点は魔法攻撃にすこぶる弱いこと。初級の魔法でも霧散してしまうほどだ。

 さらに62レベルは5匹の総合能力値から計算されたレベルなため、1匹ではさほど脅威ではない。


 と言っても、この状況ならば彼らだけで盗賊を全滅させるぐらいは容易いが、今回の彼らの仕事は戦闘ではない。


 狼たちは地面から木の上のフィセラを見上げて、利口に待機している。

「えーと、私の言葉分かるかな?」

 そう問いかけた瞬間に、今発した言葉がフィセラの頭の中でこだまする。

 共感覚である。

 ある程度、召喚獣の感覚を共有できるようだ。

 ――気持ち悪いってことはない。不思議な感覚だな。私の分身ってわけでもないけど、自分の思い通りに動かせるみたい。

「じゃあ、みんなであのキャンプ地を囲むように待機していて、誰かが逃げてきたら殺していいよ」

 主人の命令を聞き終えると狼たちは霧の残像を残しながら、高速で散って行った。


 ――よし、準備完了!

 フィセラは弓に矢をつがえ、じっとタイミングを待つ。


 フィセラが持つ弓矢の見た目は平凡なものだ。

 特別なことは見事な彫刻が施されている程度で、村長たちが見ても立派な弓矢だと言っていたぐらい、そのぐらいありふれたものに見える。

 だが、実際は89レベルの高レベルアイテムであり、優秀なスキルをいくつも内包していた。

 他にも、村人に怪しまれないように選んだ狩人然とした装備や装飾も、実は平均85レベルを超えていた。

 フィセラは種族や職業ごとにコーデセットをいくつも用意しており、この狩人コーデはフィセラのお気に入りの1つなのだ。

 当然、彼女は装備の持つ複雑な効果を詳細に把握している。


 フィセラは弓を持つ手に力を入れて、弦を引っ張る。

 戦闘プランが決まったようだ。


 フィセラは最初のスキルを選択し、矢の先を空に向けた。

 弓に内包されているスキル<雨矢>をほぼ真上に向けて射る。


 矢が降ってくる前に次の行動を行わなくてはいけない。


 すかさず、次の矢をつがえ弓を引く。と言っても彼女は矢筒を持っていない、弓に手をかけ引く動作をすると自動で魔法の矢が生成されるのだ。

 弓を限界まで引き絞ると矢が3本、5本と増えていく。

「ふぅー」

 五感を研ぎ澄ませ、200メートル先(木に邪魔されて盗賊たちの姿はフィセラからも見えていない)にいる盗賊をターゲットに、<指定>する。

 スキル<蛇行矢>を選択し、矢を解き放つ。

 5本の矢が木々をよけて、盗賊めがけて飛んでいった。


 蛇行矢は、対象を追尾するという効果を矢に付与するスキルだ。

 矢が複数生成されたのは、弓を引く強さで本数が増える効果で、どちらもこの武器が内包している能力である。


 蛇のように地上は這いながら、それぞれの矢が盗賊を打ち抜く。

 すぐさま、5人の悲鳴が森に響いた。

 キャンプが騒がしくなるが、まだ何が起こったか理解はできないだろう。

「蛇行矢だと、即死は無理か~。……あと二秒ぐらいかな」

 ちらっと、キャンプの上空に飛ばした矢へと目をやる。

 ――あと一射!

 集会場でも使用したスキル<強弓>を選択する。

 だが、すぐにスキルを解除した。


 このスキルは威力が高く、集会場で見せたように至近距離で撃てば大砲のような攻撃能力を有するが、蛇行矢のように木を避けることはない。


 スキルを変更し<大強弓>を選択しながら、矢を目一杯に引く。

 本来なら矢が増加するほど弓を引き絞るが、この大強弓は1本の超高威力の矢をつくるスキルだ。射線にある木など何本あっても問題にならない。


 ターゲットを指定できないため、なるべく近くの盗賊めがけて矢を放つ。


 バツンッ!と矢を解放した音が森に鳴った。

 フィセラとターゲットの間にあった木々を貫きながら矢が飛ぶ。


 矢を放つ音はかなり大きかったがそれに気づいて振り返る間もなく、男の上半身が吹き飛んだ。

「よし!」

 フィセラがこぶしを握りガッツポーズを取る。

 もはや隠れる気はなかった。

 大強弓のせいで木がバキッバキと何本か倒れ始めたが、もはや盗賊たちにその音は聞こえていない。

 皆放心した状態で空を見上げていた。

 フィセラが最初に放った<雨矢>が何百本という矢の雨へと変わり、彼らの頭上を覆っていたからだ。


 速戦即決。最初から何もさせる気はなかった。

 ――かわいそうだとは思わないよ。だって当然の報いでしょ?悪い盗賊さん。


 フィセラが木の上から蟻を見下ろすかのように盗賊を眺める。


 もはやあきらめている者やどうにか矢を防ごうと周りの物を盾代わりにする者。

 フィセラほどの強者が使うスキルを防ぐことをできる者は盗賊の中にはいない。

 とにかく逃げようとキャンプ地から離れようとしている男がいた。

 この行動が一番賢い。

 <雨矢>はキャンプ地の真ん中にある焚火跡を目印にしたため、そこから半径15メートルほどの範囲にしか矢は届かないのだ。

 ほとんどのものが絶命し、数人がうめき声を上げながらのたうち回った。


 一人の男が右肩と右足に矢を刺しながら、雨矢の円から逃したした。そのままどうにかその場を離れようとよろよろと走りだす。

 男が矢を引き抜こうとするがびくともしない、あきらめて手を離した瞬間、魔法の矢は消滅し血が一気に溢れ出した。


 ――あれじゃすぐ力尽きるね。でも、待つは退屈だな~。


 男はこのままじゃ5分と持たずに倒れて、森の養分となるだろう。

 だが、その程度の時間をゆっくりと死ぬ資格さえ彼らは持っていなかった。


 フィセラが周囲の召喚獣・カスミオオカミに命令を出す。

 ――キャンプに倒れている全員の喉を噛み切れ。一人も生かすな。……逃げている奴は私が追う。


 弓矢で殺すことは簡単だ。だが、最後ぐらいこの手で直接、と考えが浮かんだ。

 弓矢をアイテムポーチにしまって木の上で立ち上がる。

 まるで空中だということを忘れているかのように前へ歩み出す姿勢で垂直に落下する。そして地面への直地と同時に風のように駆けた。

 ほんの数秒で200メートル強を走り男の背中をとらえると、スピードを緩める。

 

 男は背後で誰かが動く音を聞いて驚いた。

 この状況ならば、とどめを刺そうと追ってきた敵が来たのだと思うのが普通だ。

 それえでも、仲間の誰かが生きていたのだと半ば願いながら後ろを振り向いた。


 そこには、見知らぬ女が立っていた。

 整った顔立ちだ。こんな森には不釣り合いな高貴さを感じるほどだ。

 男は人生でエルフを数度見たことがあるが、それらとは比べられないほど美しい。

 それでも、ここに立っている以上は普通じゃない。

 格好からして兵士や暗殺者ではないはずだ。

 

「お前は冒険者か、貴族に依頼を受けたのか?」

 冒険者なら、協会のバッジを装備につけているはずだが、それが見えない。

「違うのか?偶然ここにいるだけなら、俺は何も関係ない。あんたのことも黙っている。どうだ?見逃してくれないか?」

 自分でもおかしなことを言っていることに気づくが、もう冷静な判断は出来なかった。


 フィセラは何も答えずにゆっくりと近づく。


 無理か。やはり俺らが狙いだったんだな。知らねえぞ、エルフの追手なんて。

 男は距離をとるように後ろに下がるが、もはや立っているだけでも限界だ。

 全力で後退してもフィセラとの距離が広がらない。

「ん?なんだ?」


 男は空から降って来た弓矢から逃げるように走ったのだが、その時負ったケガではキャンプ地から遠く離れることはできなかった。

 そのため、男の位置からはフィセラの後ろにキャンプ地がまだ見えていた。


 仲間の死体があるだけの場所で動く影がある。

 狼が仲間の死体を食べていたのだ。

「獣どもめ!畜生!……待てよ……何だあれ?」

 狼の体に靄をかけたような何かが死体の胴と頭をきれいに分けているのだ。

 今まで燃えるようにあった出血部の熱さがどんどんと下がってきて遂には凍えるほど寒くなってきたが、男の視界はまだぼやけていない。


 あれは狼じゃない。モンスターなのか?あんなの見たことねえ。

 そうだ!こいつがモンスターに気を取られている内に……。


 見たことのないモンスターにこの女も気を取られるはず、男は隙をついて逃げようと画策するが、フィセラを見て愕然とする。

フィセラが一切背後など気にせず、すました顔でそこに立っていたからだ。

 男は嫌な想像をしてしまう。

「魔法か。お前がアレを従えているのか?そんな、そんなの……ありえねえ!」


 周りに女の仲間がいるようには見えない。

 全部こいつが一人でやったのか。

 一瞬でみんなを殺して、モンスターも使役している。

 そんなことは冒険者の頂点にいる奴らでもできないぞ。

 詩で歌われるような英雄たちぐらいだ。


「そうか!10大強者か。確かエルフがいたな。あんたがそうなのか?……なんであんたみたいなのがここにいるんだよ!?」

 男の足はとっくに止まっていた。

 足は動かず、右手は肩からの出血でびっしょりと濡れている。

 足元に血だまりもできていた。


 フィセラは<転職>して職業を剣士に変更してから、ゆっくりとアイテムポーチから剣を取り出した。

 胸の高さまである長剣を軽々持ち、二度三度素振りを行った。


 男はもう、生をあきらめていた。

 それでも、一人で死にたくなかった。

 相手が自分を殺そうとしていても、ただ会話をしたかった。

「なんか言ってくれよ」

 今にも泣きそうな崩れた顔で、黙り続ける敵に懇願していた。


 フィセラの氷のような青い目は少しも揺らぐことはない。


 だが、フィセラは手を止めた。

「あのさ、これだけ言っとくけどさ。私はいたって普通の女の子だからね」

「は?」

 ゆっくり死に近づいている状況でも、フィセラの場違いな発言に、男はつい間抜けな表情をしてしまう。

「いやさ、すごい顔でこっち見られると、私がヤバイ奴みたいじゃん。これでも大学出てんだよ。短大だけど。いじめとかマジ許さないし、正義感あるんだよね私。流行りのゲームとかにはしっかり乗っかたりするし、まあ、そのせいでおかしなことになってるんだけどね。それもあってまいってんの、いま」

 フィセラは困り顔だがどこか惹かれるものがある。

 こんな状況でなければ惚れてしまっているほどの美しさだ。


 男はフィセラが何を言ってるのか理解できなかった。


「だから、人殺しなんてできる状態じゃないの。なのにさ~、あんた達をいくら殺してもなーんにも感じないの。これはそっちがおかしいと思うんだよね。あんたら、蟻以下なんじゃいの?」


 この女には話が通じない。人と同じ心を持っていない。

 こいつは……。

「化け物」


 ブンッ!


 男がそうつぶやいた瞬間、音を置き去りにするほどの速度で長剣が振り下ろされた。

 男の右肩から左の腰下まで、肉と骨は刃を止めることなく、長剣がするりと体を抜ける。


 男の視界が左下へとずれていく中で、フィセラが長剣を自らの肩に置く。

「だから違うつってんだろ」


 みごとな切れ味に男の下半身はいまだ立ったままだ。

 そのせいでフィセラは体の断面を見てしまった。

「うぇ、気持ちわる!」

 今日の戦闘では、ここまで近くで死体を見ることがなかったため、すぐに目をそらした。


 持っている剣に目をやると、真っ赤な液体が付いている。

 ゲームではこんな演出はなかったが、現実では当然のことだ。

 気持ち悪さからなるべく剣を顔から遠ざける。

 剣についた血と脂を払うように振ってから、ポーチにしまう。

 ――そういえば、10大強者とか言ってたよね。……覚えておいた方がいいかな。これが伏線ってやつ?

「というか私エルフじゃないし……あ、今はエルフか」


 フィセラは男を背後に残して、キャンプ地へと向かう。

 もちろん、こちらにも死体の山があるため、その景色を目に入れない適当なところで足を止める。

 ちょうど立ち止まったところで、どっと疲労感が襲ってきた。

 だが、そんな疲れるようなことはしただろうか。

「あれ?」

 自分の手を見て、グーパーと動かす。

 疲れはない。まだまだ全快のはず。

 武器に内包されるスキルを使用したので、自分の魔力も減っていないはずだ。

 そこで気づく。

 ――私じゃない。あの子たちか。

 キャンプ地でカスミオオカミがウロウロしている。

 命令を済ましてしまったので行うことがないのだろう。

 この疲労感は召喚獣と感覚を共有していたことで感じた、「活動限界」だ。


 アンフルでは、プレイヤーの視界の端にカウントダウンが出現し、カウント0で召喚モンスターは消滅していた。

 それが、この世界ではリアルな繋がりをもって、世界に存在するための体力と魔力の総量を教えてくれる。


「集合!」

 主人の号令に我先にと狼が集まる。

 不思議なことに体のどこも汚れていない。

 血や土汚れがあってもおかしくないが、召喚獣特有ではなく、カスミオオカミの特性ゆえだろう。

 フィセラが狼を触ろうとして狼の前にかがむ。

 通り抜けてしまうのでは考えたが、普通に触れた。

「ハハハッ、変な感触だ~。……お疲れさま、ありがとね」

「ワッフ」

 優しくなでていた狼が返事をするように吠えて、5匹の狼は霧散した。


 フィセラは立ち上がり、もう一度転職する。

 盗賊へと変更して、探知魔法を発動させた。

 盗賊の固有能力として探知の対象にアイテムが追加されるのだ。

 キャンプ地に良いアイテムがないかを調べようと思ったが、めぼしい反応はない。

 盗賊団の装備は村に渡す約束をしていたが、つい癖で戦闘後には何かのドロップ品がないか探してしまう。


 後方支援以外にも探索雑用も行っていた、アンフル時代の癖だ。


 森の中に独り。戦いは終わり宝はなかった。妙な虚無感に襲われる。

 恐怖や、寂しさではない。

「なんか……変な感じ」

 木漏れ日がフィセラの体を照らす。

 フィセラは木の葉の隙間から見える太陽を見上げた。

 まだ頂点に上っていない。こんな時間から外で体を動かすことなんて久しぶりだった。

 ――…………。

「ん?あれが太陽?でも……向こうにもあるよね。月かな?あ!あそこにもある?あれ~~?」


 まだこの世界になじめないフィセラが2つの太陽の下で森を歩く。

 村長たちが隠れている方向から少しずれた方向に帰っていることに気づくには、もう少し時間が必要だろう。

 

 盗賊団全滅。

 ラガート村の1か月の悪夢は今日で終わった。

 フィセラの顔さえ知らない村人がほとんどだが、それでも、彼女がもたらした希望は村人の全員が受け取ったことだろう。


 フィセラの異世界2日目は問題なく過ぎていった。

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